捧げ物 | ナノ
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▽ 1-2



私には幼なじみがいる。


気がつくと私達はいつも一緒だった。


意地っ張りで素直じゃない、けれど誰より優しい男の子。

サラサラの金髪と、海と空を閉じ込めたみたいな青い瞳が子供ながらに綺麗だと思った。


いつから彼を目で追うようになったんだろう。


泣き虫だった昔の私。

零はそんな私をよくからかってきたけど、最後はいつも私が泣き止むまで隣にいてくれた。


そんな彼のことが大好きだった。


けれど彼にとって私は幼なじみの一人。

女の子として見てくれることはなかった。


高校に入って、急に大人っぽくなった周りの友達達の恋愛話を聞きながら、いつか零に彼女ができるのかななんて想像する。


キリキリと痛む胸の奥。


零が周りの女の子に人気があることは知っていた。あの目立つ容姿な上に、スポーツも勉強もできる。いつも一緒にいるヒロくんもカッコよくて優しいとくるのだから、あの二人は学校内でも目立つ存在だった。



「降谷君と付き合ってるの?」

何回聞かれたか分からないその言葉。


「ただの幼なじみです。付き合ってなんかないですよ」

そう返すと女の子はいつも安心したように笑う。その姿に胸がぎゅっと締め付けられる。


そんな時だった。

たまたま友達に誘われ見に行ったバスケ部の練習で先輩に声をかけられたのは。


「名前なんて言うの?可愛いなって思って。・・・っ、いつもはこんな事言わないんだけど」

少しだけ恥ずかしそうにそう言った先輩。


“可愛い”

誰かにそう言われるのはどこかくすぐったい気持ちだった。


零は私にそんなこと言ってくれたことはないから。


高校に入って覚えた化粧。

周りにも可愛いって言ってもらえて、自分でも少しだけ大人になった気がした。

ヒロくんはすぐに気付いてくれて、「なんか大人っぽく見えるな。可愛いよ」と優しく笑ってくれた。

零にも褒めてもらえるかなと思って会いに行ったけれど、彼から返ってきた言葉は望んでいたものとは違った。


「なまえは化粧ってガラじゃないだろ。なんか似合ってない」

その言葉がぐさりと胸に刺さった。


「零の馬鹿」

精一杯の強がりで、ふんっと視線を逸らしながら彼の腕をぱしんと叩く。


他の人にどう思われてもいい。


私は零に女の子として見て欲しかった。



「ねぇ、ヒロくん。どう思う?私告白なんかされたの初めてで・・・」

零のいない帰り道。

私はヒロくんと二人で帰りながら、先輩から告白されたことを彼に相談した。


「なまえはどうしたいの?その先輩と付き合いたいの?」
「・・・・・分かんない。でも嬉しいなとは思ったよ」

夕陽に照らされた私達の影を見つめながら、ぽつりと呟いた。


「零に好きって伝えないの?」

真っ直ぐにこちらを見つめるヒロくん。

ずっと一緒にいたヒロくんは、私の零への気持ちに前から気付いていた。


けれど無理になにかすることもなく、いつも優しく見守ってくれていた。


「・・・・零は私の事女の子として見てないもん」
「そんな事ないと思うけどな」
「告白して、フラれて、幼なじみでいられなくなる方が辛いし怖い」


俯いた私の頭をぽんぽんと撫でてくれるヒロくん。

その手の温かさに思わず涙が滲みそうになった。





先輩と付き合うことを決めた私は、零にそれを伝えた。

少しは気にしてくれるかな、なんて打算的な考えもあった。


けれど返ってきた言葉は、「良かったな」という聞きたくないものだった。


「まぁせいぜいフラれないように頑張れよ」

笑いながらそう言った零は、私の髪を少し乱暴にくしゃくしゃと撫でた。

ヒロくんのときとは、違う涙が零れそうになる。


零にとって私は、やっぱり幼なじみでしかないのだ。





先輩と付き合いだして一ヶ月が過ぎた頃。


習慣だった零やヒロくんとの登下校も、先輩に悪い気がしてやめた。


それを二人に伝えると、零は顔色ひとつ変えずに「分かった。それもそうだよな」と言った。

その後ろでヒロくんは少しだけ困った顔で笑っていた。


少し空いた私達の距離。


学校で会えば話はするけれど、別のクラスだとそんな頻繁にあうこともないのだと改めて気付かされる。


ある日の昼休み。

珍しく私のクラスを尋ねてきたヒロくんに昼ごはんを一緒に食べないかと誘われた。


断る理由もないので、お弁当を片手に私は彼と中庭に向かった。


人の少ない中庭で、ベンチに腰かけながら他愛もない話をしているとヒロくんの声色が少しだけ真剣味を帯びた。


「すぐに噂になると思うから、先に伝えとこうと思ってさ」
「噂?」
「・・・・・・零の奴、彼女できたらしい」


その言葉に今までにないくらい胸がぎゅっと締め付けられた。

いつかは来ると想像していた未来。

けれど想像の何倍も胸が痛んだ。


「他の奴から変な噂聞く前に言いたかったんだ。ごめんな、傷つけること言って」
「・・・・・・ヒロくん何も悪くないじゃん。謝らないで・・・」

申し訳なさそうに私を見る彼の表情もどこか悲しそうで、それにもまた胸がぎゅっとなる。

ヒロくんの話では、相手は何度か零に告白してフラれた先輩らしい。

何度目かの告白。

彼女に呼び出された零は、いつものように断って帰ってくるかと思っていたらまさかの付き合うことになったとヒロくんに言ったらしい。


「・・・・・零はその人のこと好きなのかな」

自分で言った言葉に、傷付く私がいた。


気が付くと視界が歪み、頬を涙がつたう。


そんな私の肩をぐっと引き寄せたヒロくん。私の背中をあやす様に撫でてくれる。


「俺は零じゃないからあいつの気持ちは分からない。でも俺はなまえと一緒にいる零が一番あいつらしくて好きなんだ」


ヒロくんの優しさに胸の中のドロドロとしたものが少しだけ軽くなる気がした。






自分の気持ちを再確認した私は、先輩と別れることを決めた。


零に彼女が出来たことは、しばらくすると皆に知れ渡っていた。

零が彼女と一緒にいるところを見たのも、一度や二度ではなかった。


どうやらその彼女に私は嫌われているらしく、偶然会おうものならキッっと睨まれるのだから今までみたいに零と話すこともままならなかった。


「はぁ・・・」

思わずこぼれたため息。

隣を歩くヒロくんがくすりと笑う。


「幸せが逃げるぞ。吸い込まないと」

わざとらしく大きく息を吸う彼。

その姿がおかしくて思わず笑みがこぼれた。


零との時間が減るにつれて、ヒロくんとの時間が増えた。

それがヒロくんの優しさであることに気付かないほど、私は鈍感ではない。


「いつもありがとね、ヒロくん」
「手のかかる幼なじみだよ、二人とも」


こうして私の高校生活は過ぎていったのだ。


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