▽ 1-3
「・・・・・千速さんに見られたくないから・・・、家デートに変えたんでしょ・・・?」
自分で言った言葉が、ぐさりと胸に突き刺さる。
ひとしきり笑った松田は、そのまま私の涙をそっと親指で拭った。
「ばーか、そんなんじゃねェよ」
「なっ、バカじゃないもん!!」
「いや、お前はバカだよ」
子供みたいなやり取り。私の背中に回されていた松田の手が、そっと腰をなぞる。
素肌をなぞるその感触に、思わずびくりと身体が反応してしまう。
「こんな格好してるお前を外に出したくなかっただけ」
「っ、」
「男ってお前が思ってるより単純だから。こんだけ肌見せてたら、自然と目がいくンだよ。自分の女がそんな目で見られるなんて、俺は無理だから」
どこか不機嫌そうなその視線。腰を撫でるその手は、ゆっくりと背筋を這う。
その熱に絆されそうになりながらも、頭を過ぎるのは千速さんと楽しげに笑っていたさっきの松田の姿で。
「んで、あとは千速だっけ?」
「・・・・っ・・・ん・・・ッ」
ちゅっというリップ音と共に、私の首筋に寄せられた彼の唇。
軽く首筋を舐めると、その唇は離れ私の額に松田の額がこつんとあたる。
まつ毛が触れそうな近い距離。
「たまたま久しぶりに会ったから話しただけ。別に今は千速のことは、ただのダチの姉ちゃんとしか思ってねェよ」
「・・・・・・、」
「嫌な思いさせたのは、ごめん」
ひとつひとつ、丁寧に私の中でぐちゃぐちゃに絡まった糸を解いていく松田。
松田はどちらかと言えば短気だし、こうやって想いを言葉にするようなタイプじゃない。それでもキレずに向き合ってくれているのは・・・・・・、
「俺はお前のことが好きなんだけど、」
きっとそう言うことなんだろう。
一気に熱を帯びた頬。自分でも顔が真っ赤なのがよく分かった。
ぐるり、と反転した視界。背後にあったベッドに押し倒された私の視界には、天井の白と間近に迫る大好きな人の顔。
角度を変えて何度も重なる唇。慣れることのないそれは、私の心音を加速させる。唇を割って咥内をなぞる舌は熱くて、脳みそがドロドロに溶けていくみたいな感覚。
「・・・っ、はぁ」
息を乱した私を見て、松田は小さく笑う。そしてそのまま目元にかかっていた私の前髪をそっと払った。
「もっと自信持てよ、バカ」
悪戯っぽいその笑みは、堪らなく色っぽくて。やっぱりまだまだこの距離に慣れそうにはなかった。
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久しぶりに家に帰ってきた姉ちゃん。家族水入らずで、晩御飯を食べた俺はコンビニに行くという姉ちゃんに付き添って外に出た。
すっかり暗くなった辺りは、ぼんやりとした街灯に照らされていた。
その時、ガチャという音と共に開いた陣平ちゃんの家の玄関。出てきたのは、陣平ちゃんとなまえだった。
ちらり、と姉ちゃんの顔を見たなまえはすっと陣平ちゃんの背中に隠れる。
まぁそりゃそうか。なまえの昔を考えれば、その行動も理解出来た。
「よう、陣平!今日はよく会うな。出掛けるのか?」
2人に気付いた姉ちゃんは、いつもみたいに陣平ちゃんに声をかけた。
助け舟を出すべきか。一瞬そんなことを考えたけど、すぐにそれは俺の取り越し苦労だと知ることになる。
「そ、彼女家まで送ってくる」
くしゃり、となまえの頭に手を置きながらそう言った陣平ちゃん。「彼女できたのか!おめでとう!」なんて姉ちゃんは嬉しそうに笑っていたけど、俺は違った意味で笑みがこぼれた。
陣平ちゃんの過去≠ずっと気にしていたであろうなまえ。陣平ちゃんもあんな風に、わざわざはっきりと周りになまえを彼女だということはなかったから。
きっとそれはなまえの不安を取り除くための言葉で。
小さく頭を下げて俺達に背中を向けたなまえと、そんななまえの隣を歩く陣平ちゃん。
余所行きの綺麗な格好をしたなまえが羽織っていたのは、陣平ちゃんがよく着ていたパーカーで。なんともおかしなその組み合わせに、自然と目尻が下がる。
「やっぱお似合いだよな、あの2人」
Fin
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