▽ 1-2
side Kir
ジンが連れてきたのは、この場に似つかわしくない女。
真っ白な肌に長い黒髪。作り物のように整ったその顔立ちが目を引いた。
そういえばジンが囲っている女がいると、前に誰かが話していた気がする。組織のメンバーというわけでもなく、ただいつからか彼の1番近くにいたという彼女。
きっとこの子が・・・・・・。
私がジンの手に触れたあの瞬間、背中に感じた刺すような殺気はあの子からだった。
無表情でこちらを睨むその瞳は、その視線だけでぞくりと背中が粟立つもの。
「ねぇ、さっきの子は何者なの?」
ベルモットから告げられた老若認証の欠陥に、潜望鏡の柱を殴り発令所を出て行ったジン。そんな彼の後を追いかけた彼女の背中を視線で追いながら、近くにいたウォッカに尋ねる。
「あぁ、なまえか?アイツはアニキのお気に入りだから下手に近づかねぇ方がいいぞ」
「お気に入り?」
「俺もなまえの素性は知らねェ。ただアニキともう何年も一緒に暮らしてるから、まぁそういう関係なんだろ」
なまえ・・・・・・。
初めて聞くその名前。
それよりジンがあの子と一緒に暮らしているという事に驚きが隠せなかった。
誰にも隙を見せないあの男が、誰かと一緒に暮らしているなんて想像できない。
一体何者なの、あの子。
*
side Heroine
ジンを追いかけて昇降口の鉄梯子を上がると、上甲板で煙草をふかす彼の姿を見つけた。
「ジン!」
「・・・・・落ちても助けねェぞ」
揺れる足場のせいでふらつきながら彼に近付いた私。ぐらりと傾いた体を、ジンの腕が掴む。
吐き出した白い煙がゆらゆらと消えていく。
私は彼の手を取るとそのままその手を自分の頬にあてた。
「何のつもりだ?」
「・・・・・・消毒」
「ふんっ、くだらねェ」
私の行動に呆れるように鼻で笑ったけれど、彼がその手を振りほどくことはなくて。さっきまでの苛立ちが和らいでいくのを感じた。
「アニキ!ここにいたんですかい」
後ろからウォッカの声がして振り返る。
「なんだ」
「万が一のための最後の手を、使ってくれとのことですぜ」
「あぁ・・・わかった」
口の端にニヤリと笑みを浮かべたジンの瞳が、さっきまでとは違い冷たい色を宿す。
「クソシステムもろとも沈めてやるよ。黒鉄色の海底にな」
夕日に照らされたその横顔は、見惚れるほど綺麗で目が逸らせなかった。
「なまえ」
「なぁに?」
「俺かウォッカの傍にいろ。分かったな?」
「うん、分かった」
私が頷くと手を振りほどき潜水艦の中へと戻っていくジン。
彼の心の中なんて分からないけれど、特別に思ってくれてると少しだけ自惚れたくなった。
*
side Kir
地鳴りのような腹に響く爆発音。大きく揺れる艦内。
発令所にいた私達は咄嗟にそばにあるものに掴まった。
「っ、!?」
ジンの隣にいたなまえという女の体が衝撃でぐらりと揺らぐ。
咄嗟に支えようと手を伸ばしたけれど、私が触れるより先にその体を支えたのはジンだった。
「っ、ありがと」
ジンがそんな彼女に言葉を返すことはない。それでも彼の腕はしっかりと彼女の腰を支えていて。
こんな状況だというのにその光景に驚き、視線が逸らせなかった。
ジンという男は、血も涙もない冷酷な奴。
それが彼を知る者の共通認識だったから。
たとえ女でも容赦しない。
ズキリと痛むこの肩が何よりの証拠だ。
そんな彼が・・・・・・、
「エンジン出火!」
「発電機から浸水!」
「速力低下!」
「モーター停止!」
乗組員達が次々と叫ぶ。
「サブ電力に切り替えろ!」
「ダメです!繋がりません!」
スクリュー音が徐々に弱くなる。
やがて止まったスクリュー音。この潜水艦は終わりだ。
*
side Heroine
ぐらぐらと揺れる艦内、ジンに支えられながらやって来た小型の潜水艇。
腕を引かれてそこに乗り込むと、さっきまでの潜水艦とは違い狭い艦内は乗組員でいっぱいだ。
「破壊したんですかい?」
「あの潜水艦には組織の秘密が詰まっているからな」
「ピンガには伝えたのよね?」
「さぁ・・・・・・、どうだったかな」
さっきまでの揺れが嘘みたいに静かな海の中を進んでいく潜水艇。
ジン達の会話を聞きながら慌ただしく右往左往する乗組員達を眺めていると、その中の1人とぶつかる。
「っ、」
「すいません、失礼しました!!」
ぶつかったのが私だと分かると、乗組員は真っ青な顔で頭を下げた。
いや、こんな所で突っ立って邪魔になってたの私だし逆に申し訳ない。
「・・・・・・チッ」
その時、隣から聞こえてきた舌打ち。目の前の乗組員の顔色がより一層青くなる。
この舌打ちは多分本気でイラついてるやつだ。
「ジン?」
「ふらふらしてんじゃねェ」
ぐいっと引き寄せられたかと思うと、私の体はジンとウォッカの間におさまる。
チラリと見上げた彼の顔はいつもと変わらない。でも腰に回された腕が解かれないことが、嬉しくて自然と口角が上がった。
*
少ししか空けていないのに、久しぶりに帰ってきた我が家。
「やっぱり落ち着く〜!」
「お前が着いてくるって煩いから連れて行ってやったのに、ひでぇ言い草だな」
勢いよくベッドに倒れ込んだ私を見て、ジンはふんっと鼻を鳴らした。
地面が揺れないって幸せだ・・・。
初めて乗った潜水艦は、決して乗り心地がいいとはいえなくてしばらくはもう遠慮したい。
同じくベッドに腰掛けたジン。2人分の体重に、スプリングが音を立てる。
「・・・・・・ずっと一緒にいれたから嬉しかった」
唇が重なる寸前、そう呟いたその声は彼の耳に届いていたのかな?
私は組織のことも、ジンのことも、知らないことが多い。
それでも目の前のこの人を手離したくないから。
ずっと、ずっと、ずっと一緒にいたいから。
たとえそこに愛情なんてなくてもいい。
彼がくれる痛みも、熱も、その全てが私の存在理由だった。
Fin
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