番外編 Love | ナノ
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▽ 1-1



side Heroine



オレンジの淡いライトに照らされた部屋で、ソファに腰掛けたベルモットの言葉に思わず声を上げた。



「えぇ!八丈島行くの?!いいなぁ・・・」
「ふふっ、貴女も一緒に行く?」
「行きたい!八丈島って鯨見れるんでしょ?この前テレビでやってた!」


飲みかけのミルクティーを机に置くと、ベルモットの隣に腰掛け彼女の腕を掴んだ。


真っ赤な唇がゆったりと弧を描き、その細い指が私の頭を撫でる。



「馬鹿言ってんじゃねぇよ。遊びじゃないんだ」
「・・・・・・ケチ」

そんな私達の会話をピシャリと遮ったのは、顰めっ面で煙草をふかしていたジンだった。


ジト目で睨んでみても彼に効果なんてあるわけなくて。くすりと笑ったベルモットに助けを求めてみても、「ジンがダメって言うなら難しいわね」なんて言うもんだからここに私の味方はいないらしい。


やがて始まった小難しい話。


遅れてきたウォッカも加わって何やら真剣に話し合う3人を横目で見ながら、すっかり氷の溶けたミルクティーを飲み干した。



ベルモットとウォッカが帰り、ジンと2人きりになった部屋。


ノートパソコンを膝の上に乗せてカタカタと操作している彼の隣に腰掛け、甘えるようにその距離を詰めてみる。


機嫌が悪い時なら睨まれるんだけど、今日はそんなこともないらしくそのままその腕に頭を預けた。



「・・・・・・鯨、見たかったな」
「・・・・・・、」
「潜水艦も乗ってみたかった」
「・・・・・・、チッ・・・」


あ、舌打ちした。


もう何年も一緒にいるわけで、彼が本気で怒っている時とそうじゃない時くらいは分かる。


今日のこれは、怒っているというよりも呆れに近いもの。



「遊びじゃないんだ。ここで大人しく待ってろ」
「・・・・・・・・・だって、」


ノートパソコンを閉じると、吐き捨てるようにそう言ったジン。いつもの真っ黒な服から、グレーのルーズネックの部屋着に着替えた彼は机の上に置いてあった煙草に手を伸ばす。


いつもは隠れてる鎖骨がちらりと襟から覗いて、かっこいいなぁなんて見惚れてしまう。


吐き出した煙の独特な香り。いつの間にかそれは私にとって落ち着く香りになっていた。




「・・・・・・寂しいもん、1人で待ってるの」


この部屋での生活に不満はない。望むものは大抵与えられてきたと思う。


よっぽどのことがない限りジンはここに帰ってきてくれるし、たまにだけど今日みたいにベルモットやウォッカもやって来て話し相手になってくれる。


それでも組織の任務とやらでジンが何日も家を空けることには慣れなくて。


この隔離された世界で1人きりみたいに思える。



鯨や潜水艦なんて建前でしかなくて。



ホントは貴方と離れたくないだけ。



そんな私の心の中なんてきっと彼にはお見通しのはずなのに。




「八丈島より先にドイツに行く用事がある」
「・・・・・・?」
「荷物になったら殺すぞ」
「っ、?!?!」


そう言うと私の腕を振り払い立ち上がったジン。その勢いでぐらりと傾いた私の体は、ソファに倒れ込む。


すぐに体を起こした私は、ばっとジンを見た。



「絶対邪魔にならないようにする!いい子にしてる!大好き!!」


大好き、に貴方が答えてくれることはないけれど。


いつも許して≠ュれるから、私はその距離に期待してしまう。


だって他の人なら貴方はこの距離を許さなさいから。



近くにあったクッションをぎゅっと抱き締めると、ジンの煙草の残り香が鼻腔をくすぐった。







ドイツ、フランクフルト。


もちろん観光なんてするわけでもなくて、付き纏うのは血の香り。


錆び付いた鉄みたいなその香りにも随分と慣れてしまった。ジンと一緒にいられるならそれでいい。


けど・・・・・・、



「狭いよね、この車の後部座席」
「黙れ。文句があるならここで降りるか?」
「ヤダ!絶対嫌!」
「俺、助手席、変わる?」
「ホント?!」


助手席にいた男の人の言葉に思わず笑顔になったけど、ギロリとジンに睨まれて慌てて後部座席に座り直す。


アレは本気で怒る数秒前の顔だった・・・、このままごねたら怖いやつだ。


せっかく一緒にいられるのに怒らせて、こんな異国の地に置いていかれたらたまったもんじゃない。


その時、車内に携帯の音が響く。



電話に出たジン。相手はウォッカのようで静かな車内に僅かに彼の声が漏れ聞こえてきた。



「そいつは何の冗談だ、ウォッカ」

ジンは、ウォッカの話を一蹴すると咥えていた煙草をぐしゃりと灰皿に押し付ける。


「シェリーはベルツリー急行で死んだはずだ」



吐き捨てるようにそう話すジン。彼の口から出たその名前に、心臓がどくんと大きく脈打つ。



シェリー


ジンが血眼になって探していた女。


組織の裏切り者だと、ベルモットが教えてくれた。


何故か彼女に拘り続けるジン。それがどういう感情の元かは分からないけど、私にとっては面白くないその存在。


彼の周りにいる女は多くはない。

あくまで仕事の付き合い。でもそのシェリーって女だけは、彼にとってそれ以上の意味を持つような気がしてならなくて。




「・・・・・・・・・・・・邪魔、だな」


ぽつりと呟いたそんな言葉は、静かな夜の闇に溶けて消えた。






「何に不貞腐れてるんだ、さっきから」


セーフハウスに着いた頃には、すっかり明け方だった。


助手席にいた男の人は何かの用意があるらしくて、どこかへ消えてここには私とジンの2人きり。


黙ったままの私の隣に腰掛けながら、ジンは深く被っていたハットを机に置いた。



「・・・・・・不貞腐れてなんかないよ」
「言え」
「っ、」

乱暴に片手で私の顔を掴むと、ぐいっと引き寄せられる。

射抜くような冷たい緑色の瞳から視線が逸らせない。



「・・・・・・・・・怒らない?」
「同じことを何度も言わせるな」
「シェリー、生きてたの?」
「誰にあの女のことを聞いたんだ?」
「ベルモット。裏切り者だったって、でも始末したって言ってた」
「・・・・・・チッ、何でもペラペラ喋る女だな」


掴んでいた手を離すと、深いため息と共にこぼれた苛立ち。


ねぇ、なんでその子に拘るの・・・?


そう聞けたら楽なのに。
きっとそれを聞いたら貴方の中の地雷を踏むような気がして怖いの。


「それを確かめるために行くんだ。生きてたら今度こそこの手であの世に送ってやるさ」


ふっと口元に笑みを浮かべながら、きっとその女の顔を思い出してあるであろう貴方。


・・・・・・私のことは殺してくれないくせに。


あの日、ソレ≠望んだときは聞いてくれなかったのに。・・・・・・他の女のことなんて考えないで。


私の頭がジンでいっぱいなように、私の事だけ考えて欲しい。そう思ってしまうんだ。



「・・・・・・好きだよ、誰よりも好き。私にはジンしかいないの」


溢れた想いは涙になってこぼれる。


彼が優しくその涙を拭ってくれるわけもなくて、怪訝そうに眉をひそめる。


そのまま彼の腰にぎゅっと抱き着く。ふわりと香る煙草の香りだけが、ここに彼がいることを現実にしてくれる。


ぐるりと反転した視界。目の前には緑色の瞳。長い銀髪が頬に触れる。


「ない頭でごちゃごちゃ考えてんじゃねェよ。お前は余計なことなんか考えなくていい」
「っ、だって・・・」
「うるせェ。それ以上喋るな」
「・・・んっ・・・」


抗議の声は、乱暴に塞がれた唇に飲み込まれて消えていく。


乱暴な物言いのくせに、いつもより私に触れる手が優しい気がして。



「・・・・・っ、・・・・ねぇ・・・」
「あ゛?」
「私以外・・・、触っちゃヤダ・・・っ、」


不機嫌そうに片方の眉を上げたジンの首に腕を回す。


その言葉に返事なんて期待していない。


今、この瞬間、この温もりを感じているのは他でもない私だから。


冷たい彼の唇が私の首筋を這う。その感触に、びくりと反応する身体。次の瞬間、思いっきり歯を突き立てられて思わず声が漏れた。



「っ、」
「面倒な女はお前だけで十分だ。余計なこと考える余裕があるなら、まだまだイけるな」


意地悪く笑ったジンの指が私の身体をなぞる。


与えられる快楽に頭の中が霞んでいく。何も考えられなくて、ただ目の前の彼が愛おしくて堪らなかった。






無限に広がる青い海が夕焼けに照らされてオレンジに染まる。


「・・・・・・っ、ここから降りるの?」
「文句があるならこのままさっさと帰れ」
「それは嫌!・・・・・・心の準備だけするから1分待って!」


セイルを海面に突き出した潜水艦の上空で、ローター音に顔を顰めながら深呼吸をする。


ヘリから潜水艦までの高さに震える私を見たジンは、呆れたように溜息をついたかと思うと被っていたハットを私の頭にぽすりと被せる。


真っ暗になった視界。次の瞬間、ふわりと体が宙に浮く。



「・・・・・きゃっ!」
「時間切れだ。耳元で喚くな」


片手で軽々と私を担ぐように抱き上げたジン。視界の端でローターが巻き起こす風が彼の銀髪を揺らす。


落ちないようにぎゅっとしがみつく私を抱えたまま、潜水艦に降り立ったジンはそっと私を降ろす。


「・・・・・ありがと」
「さっさと行くぞ」


ジンは私の頭にあったハットを取り被ると、足元のハッチをくぐり長い鉄梯子をおりていった。






シェリーを捕らえていたという部屋に彼女の姿はなく、ジンは苛立ちをあらわにした。


多分これウォッカじゃなかったらブチ切れて殺されてたパターンだよなぁ、なんて思いながら潜水艦の中を眺めて回る。


潜水艦の中には、名前も知らない組織の人間がたくさんいた。ちゃんと話したことがあるのは、ベルモットとウォッカくらいだったから。


「おい!出てこい!」

重そうな鉄の扉を叩くウォッカ。どうやらその扉の向こうにシェリーがいるらしい。


「すでに海水が注入され、開きません!残り70秒で中の人間が海へ出ます!」

乗組員の言葉にジンの手が緑色のレバーにかかる。



「それなら、2人とも殺すまでだ」

ニヤリと笑った彼がそのレバーを引こうとした瞬間、彼の手に隣にいた女の手が触れた。



「・・・・・・っ、!」

無意識にギリっと奥歯を噛み締める。



触るな。触るな。触るな。
痛いくらいに握った手のひらに爪が突き刺さる。



その女性とジンが揉めている間に開かれた魚雷発射口。どうやらシェリー達は暗い海の中へと脱出したらしい。


あーあ、消えてくれたらよかったのに。


慌ただしく動く乗組員を眺めながらそんなことを思った。

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