▽ 1-3
少しだけ冷たい風が私達の間を吹き抜ける。
「ありきたりな言葉かもしれないけどさ、」
そう前置きした萩原は、言葉を続ける。
「全部。あいつの全部が俺には特別で大切なんだ」
紡がれる言葉から伝わるみょうじさんへの愛情。自分に向けられているわけじゃないのに、胸の奥が温かくなるような気がした。
言い淀むこともなく、はっきりとそう言い切る彼がかっこいいと思った。
「ふふっ、ご馳走様」
「何だよ、自分から聞いたくせに」
二三言話すと、エンジン音と共に去っていく車。小さくなっていく車を見送る。
「・・・・・・、羨ましかったんだろうな」
ぽつりとこぼれた独り言。
ずっとみょうじさんが嫌いだった。
無条件に愛されて、全てを受け入れてもらっている彼女が妬ましかったんだろう。
今思えばそれは子供じみた嫉妬。
誰かの“特別”になりたかった。ただそれだけのこと。
先程よりも傾いた夕陽が、そんな私の背中を照らしていた。
*
*
*
「おかえり!研ちゃん!」
玄関を開けると、ニコニコとしながら飛びついてくるなまえ。リビングから漂う美味そうな匂い。自然と目尻が下がる。
可愛い。
何年一緒にいてもその気持ちは変わることはなくて、むしろ日々増しているような気すらする。
「ただいま。美味そうな匂いしてんな」
「ハンバーグ作ったの。着替えたら食べよ!」
幸せ。
きっとそれはこういう時間のことを言うんだろう。
不意にさっき会った同級生の言葉が頭に響く。
「みょうじさんのどこが好きなの?」どこが好きかなんて、改めて考えてみても全部としか言いようがなくて。
キッチンに立つなまえに近づくと、そのまま後ろから抱き締める。
「っ、研ちゃん?どうしたの?」
「ん?抱き締めたくなっただけ」
「ははっ、今日は研ちゃんが甘えただ」
鍋に入ったスープを温めていたなまえがくるりとこちらを振り返り笑う。
そっとコンロの火を止めると、ぎゅっと抱き締め返してくれる彼女。
「なぁ、なまえ」
「ん?」
「お前は俺のどこが好き?」
女々しいな、俺も。なんて心の中で自嘲的な笑みがこぼれた。
なまえの気持ちを疑ったことはない。でも圧倒的に俺の気持ちがでかいから。言葉としてそれを聞きたくなった。
「全部。研ちゃんの全部が私の特別で大事」
それは少し前に自分が言った言葉と同じ。
「ははっ、そっか、全部か」
「研ちゃんは?私のどこが好きなの?」
「んー、我儘でガキみたいなとこだろ?あと素直じゃなくて、不貞腐れると面倒くさくて・・・・・・「それって嫌なとこじゃん!」
態とらしく頬をふくらませたなまえがジト目で俺を見上げながら睨む。
あぁ、幸せだ。
この時間がたまらなく大切で愛おしい。
「そういう所も含めて、お前の全部が好き」
「っ、」
文句を言おうとした口をそっと塞ぐと、赤くなる頬。
こんなやりとり、陣平ちゃんが見たら呆れて笑うんだろう。
昔からずっとキミだけが俺の特別なんだ。
Fin
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