番外編 君ありて | ナノ
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▽ 1-1



【我儘】

自分の思いどおりに振る舞うこと。また、そのさま。気まま。ほしいまま。自分勝手。


・・・・・・・・・まさに今の私だ。






女の子は月に四回性格が変わるという。

男性には分からない女の子の事情。仕方ない、その一言で済ませるには、私のメンタルは不安定で・・・・・・。



「お前、いい加減にしねぇとさすがに萩に愛想尽かされんぞ」

呆れた顔でそう言う陣平ちゃん。その言葉はぐさりと私の胸に刺さる。


事の発端は、三人で久しぶりに昼ごはんを食べていたときの出来事だった。


大学が早く終わった私と、二人の休憩時間が被り警視庁近くのカフェで集まり食事をすることになった。


この時の私は、生理中のイライラに加えて朝からしとしとと降り続く雨で機嫌は最悪だったと思う。


「俺カレーにする。大盛りで」
「なまえは?何食べたい?」

ちらりとメニューを見るとすぐに何を食べるか決めてしまう陣平ちゃん。隣に座る研ちゃんがメニューを開き私に見せてくれる。


「・・・・・今そんなに食欲ない」
「朝から何も食ってないんだろ?食べれそうなもんちょっとだけでも食わないと」
「お前体調悪いの?」

ぼそっとそう言った私の頭をぽんぽんっと撫でながら話す研ちゃんと、眉をあげながら尋ねてくる陣平ちゃん。

普段なら二人の気遣いや優しさに気付けるのに、この時の私にそんな余裕はなくて・・・。


「じゃあ研ちゃん適当に頼んでよ。それちょっとだけもらう」
「お前言い方・・・「いいよ、陣平ちゃん」

私のふてぶてしい態度に陣平ちゃんが顔を顰め声をあげようとする。けれどそれを笑顔で止める研ちゃん。


「これとこれだったらどっちがいい?」
「・・・・・・こっち」
「じゃあ、オムライスにしよっか」

研ちゃんが店員さんを呼び注文をすませる。

食事を待つ間、いつもより口数の少ない私。二人が会話を振ってくれても、一言二言しか返さずにいた。


「なまえ、店ん中寒くない?」
「ちょっと寒い」
「ブランケットもらおっか」
「うん」

冷房の効いた店内は、私の体の熱を奪っていく。それに気付いた研ちゃんが店員さんにブランケットを頼んでくれる。


「ホントお姫様扱いもいいとこだな」
「お姫様みたいなもんだからな、俺にとっては」


そんな陣平ちゃんの小さな嫌味も、さらりと笑顔でかわす研ちゃん。



しばらくするとテーブルに運ばれてきたオムライスとカレー。



「ほら、食べれるだけでいいから」

スプーンを渡しながらそう言う研ちゃん。


ひと口、ふた口、食べ進めると私の満腹中枢は満たされたらしい。


カチャりとスプーンを置くと、そのまま研ちゃんの前にオムライスの入ったお皿をずらす。



「もういらない。甘いものたべたくなった」
「アイスとか?でも体冷やすのよくないだろ。体調治ってからの方がいいんじゃないか?」
「でも今食べたいもん」
「分かった。すいませーん!」


そんな私達のやり取りを陣平ちゃんは何も言わずにじっと見ていた。



研ちゃんの携帯が鳴ったのは、ちょうど彼がオムライスを食べ終えたのとほぼ同時だった。


「うわ、呼び出しだわ。ちょっと早めに戻らなきゃいけねぇや」

メッセージを見た研ちゃんは、はぁと小さくため息をつきながら椅子にかけていた上着をはおる。


「ごめん、先出るわ。なまえ帰り一人で大丈夫か?」
「大丈夫。早く行きなよ、仕事でしょ?」
「家着いたら連絡して。なるべく早く帰るから。欲しいものあったらメッセージ入れといて」
「ん、分かった」


陣平ちゃんにお金を渡すとそのまま小走りで店を出ていく研ちゃん。



そして話は冒頭に戻る。



「お前、いい加減にしねぇとさすがに萩に愛想尽かされんぞ」

食事を終え、アイスをちびちびと食べていた私に陣平ちゃんがそう言ったのだ。


自分でもここ数日の私が我儘の度を越してることくらい分かっていた。


それでも研ちゃんの優しさに甘えていたんだ。


「・・・・・・」
「体調悪ぃのかもしれねぇけど、ちょっと我儘すぎるだろ」
「・・・・・・」
「聞いてんのか?」
「・・・・・・てるもん」
「あ?」
「分かってるもん!だって仕方ないじゃん、自分でもコントロールできなかったんだもん!」
「っ、おい、落ち着けって」


もう嫌だ。
情緒不安定。まさにその言葉がぴったりだろう。

じんわりと涙を浮かべる私を見て、おろおろとする陣平ちゃん。

頭の中では、“愛想尽かされる”という言葉がぐるぐると木霊する。


分かってる。
いくら研ちゃんが優しくたって、こんな風に我儘な私のこと好きなわけがない。

いつか、本当にいつか、愛想尽かされてもおかしくない。


もっと素直で可愛くていい子が彼の近くにいたら・・・・・・。


「・・・っ、ぐす・・・、嫌だ・・・っ・・・」
「あーー、落ち着けって、俺が悪かった!萩がお前に愛想尽かすなんてねぇよ!」
「そんなの陣平ちゃんに分かんないじゃん!」
「うるせェ!分かんだよ!」
「分かんない!」
「分かる!」
「分かんない!」


「・・・・・・お客様、他のお客様のご迷惑になりますので、もう少しお声の方・・・」

「「・・・あ、すいません」」


私と陣平ちゃんのそんなやり取りは、店員さんの一言によって終わりを告げた。





「まぁちゃんと萩と話せ、な?」

研ちゃんのマンションの前まで車で送ってくれた陣平ちゃん。運転席の窓を開けてそう言うとくしゃりと私の頭を撫でる。


「・・・・・・さっきは嫌な態度とってごめんね」
「お前の我儘には慣れた。だから気にすんな」

冷静になるとさっきまでの自分の態度の悪さを改めて実感する。ケラケラと笑う陣平ちゃんは、そのまま手を振りながらエンジンをかける。


小さくなる車が角を曲がるのを見送ると、私はマンションのエントランスに足を進めた。






いつの間にかあがった雨。

思い出すのはここ数日の自分の行動。




「もう無理。化粧したくない、なんか髪の毛変だし・・・!学校行きたくない」
「なまえは可愛いよ。今日午前中だけだろ?送ってやるし、帰りも迎えいくから頑張ろ?な?」




「さっき食べたいって言ってたやつ、買ってきたよ。今食べるか?」
「・・・・・・なんか今プリンの気分じゃなくなった。やっぱりケーキ食べたい」
「あはは、何だそれ。じゃあ今から一緒に買いに行くか」




「お腹痛いー・・・。寝れない・・・、無理」
「おいで。大丈夫か?」
「研ちゃん明日仕事早いんでしょ?ほっといて寝ていいよ」
「ばーか。んなことできるわけないでしょ」


そう言えばあの日も、朝までずっと腰撫でてくれてたっけ。それでも不貞腐れた態度でお礼ひとつ言わなかった私。



「・・・・・・・・・最低じゃん」

後悔がふつふつと込み上げてくる。

陣平ちゃんの言う通り、これでは愛想を尽かされてもおかしくない。


ぐにゃりと歪む視界。ぽたぽたとこぼれる涙。


痛み止めを飲んだせいか、ゆるゆると迫ってくる睡魔に抗いながら、自分の我儘さにほとほと嫌気がさした。







気が付くとカーテンの隙間から見える空は真っ暗になっていた。


寝てた・・・、んだ。


薬のおかげか、睡眠のおかげか、少し楽になった体をソファから起こす。その時、ぱさりと自分の体から落ちたのは水色のブランケット。自分で羽織ったものじゃないそれ。掛けてくれる人なんて一人しかいない。


ふとキッチンから漂ってきたいい香り。それにつられるように、ゆるゆると立ち上がりそちらに向かう。






「おはよ。ちょっとは体マシになったか?」


キッチンでコンロの前に立つ研ちゃんが、いつもと変わらない笑顔でこちらを振り返る。



「シチュー作ったからさ。食べれそうならあとで一緒に食べよ」
「・・・・・・」
「あ、あとゼリーも買ってきた。お前の好きなミカンのやつ」

冷蔵庫を開けると、そこには昔からいつも私が体調を崩すと食べていたミカンのゼリーが入っていた。


それを見た瞬間、止まっていたはずの涙がまた瞳を覆う。



「・・・・・・っ・・・、ぐす・・・っ・・・」
「なまえ?どした?どっか痛い?」
「っ・・・、」


そんな私に気付いた研ちゃん。コンロの火を止めるすぐに私の前にやって来て涙を拭う。


「・・・・・・っ、ごめんなさい・・・っ」
「え?」
「我儘で・・・っ、いつもごめん・・・っ・・・」
「なまえ?」
「甘えてばっかでごめん・・・っ・・・。嫌いに・・・ならないで・・・っ・・・」


しゃくり上げるようにそう言った私。最初は驚いたように目を丸くしていた研ちゃんだったけど、次第にその目は柔らかく細められる。


そのまま腕を引かれ、ぎゅっと抱き締められる私の体。


温かい胸の中、とんとんと背中を撫でてくれる優しい手。



「そんなこと気にしてたのか?」
「そんなことって・・・っ」
「俺がお前のこと、嫌いになんてなるわけないだろ」
「っ、」
「体調悪いときくらい我儘になったっていいんだよ」
「・・・・・・私いつも研ちゃんに我儘言ってるもん」
「ははっ、そうか?」


ケラケラと楽しげに笑う研ちゃん。どれくらいそうして抱き締めてくれていたんだろうか。


そっと離れた体。こつん、と私の額を研ちゃんが人差し指で小突く。


「なまえの我儘くらい可愛いもんだよ」
「・・・・・・っ」
「それにお前はちゃんとこうやって反省できる子だし。陣平ちゃんにもあの後謝ったんだろ?」
「なんで知ってるの・・・?」
「陣平ちゃんからメッセージきてた。ちょっと言い過ぎてなまえのこと泣かせた、ごめんって」
「・・・・・・陣平ちゃんが・・・」
「ホントお前ら二人とも可愛いよなぁ」


しみじみとそう呟く彼の顔はやっぱり優しくて。目の前のこの人の優しさが、底を尽きることなんてあるんだろうか。



「それにさ・・・、」

私の体をひょいと抱き上げると、そのままキッチンのカウンターに座らせる。


先程まで見上げていた研ちゃんを見下ろす形になる。普段見上げてばかりだからなんだかその角度が新鮮で、交わる視線が少しだけ気恥しい。



「俺にだけじゃん、なまえが我儘言うの。あ、あとたまに陣平ちゃんにもか」
「・・・っ」
「だから嬉しいんだよ、俺は。さすがに度を超えてたら怒るかもしれねぇけど、今のところお前の我儘くらい可愛いもんなの。だからんなこと気にすんな」


にっと笑った彼の手が私の頬に触れる。


ぎゅっと抱き着いた私。いつもと逆にすっぽりと私の胸の中に収まる研ちゃん。


その存在がどこまでも大切で、


愛おしくて、



「・・・・・・好き・・・っ、」
「ははっ、知ってる。やっぱまだまだ泣き虫だな」


さっきとは違う涙が頬を伝う。

それを見て笑う研ちゃん。私を見るその瞳は、やっぱりどこまでも優しかった。




────────────────




あの日の幼馴染みの涙が気にならないわけがなくて、次の日喫煙所でばったり会った萩を捕まえた。


「なまえの奴、大丈夫だったのかよ」

萩にそう尋ねると、彼は咥えていた煙草を灰皿で消しながらなんてことないように答えた。


「あぁ、もう平気だよ。体調悪いといつもあんな感じだし」
「お前が甘やかしすぎなんじゃねぇの?あれじゃ嫁の貰い手なくなるぞ」

冗談めかしてそう言いながらポケットから煙草を取り出す。すると手に持っていた煙草をがぱっとなくなる。


「おい、なんでとるんだよ」
「さっきの発言は聞き逃せねぇな」
「は?」
「あいつのことは俺が責任持って嫁に貰うから他の奴になんてやるわけないだろ。だからいいんだよ」
「・・・・・・へぇへぇ、ご馳走様」

満足気に笑うと、俺の方に煙草を投げる萩。喫煙所をの扉を開け、こちらを振り返る。

「あいつのこと甘やかすのは、昔から俺の専売特許だから」


あぁ、たしかに。昔からこいつはなまえにべた甘だった。その結果、今のあいつが出来上がったと言っても過言ではない。


「・・・・・・お似合いってこったな、結局」

ふっとこぼれた笑い声が、一人になった喫煙所に小さく響いて消えていった。

Fin


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