番外編 君ありて | ナノ
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▽ 1-1


急な事件のせいで(まぁ事件はいつも急だけど)、残業になりなまえの家に着く頃にはすっかり深夜だった。



何故かえらく上機嫌な彼女は、俺が部屋に入るなりニコニコとしながら抱きついてくる。



「けんちゃん〜!おかえり!!!」
「ん、ただいま。ご機嫌だな♪」
「ふふっ、そーお?」


へらり、と笑う彼女の後ろにあるテーブルには赤ワインのボトルとグラス。半分以上なくなったそのワイン。すぐ横にコルクが転がっているのを見る限り、コイツ1人で飲んだな、これ。


「なまえちゃん酔ってる?」
「んーん、酔ってないよ〜」
「そっかそっか。あのワインどうしたんだ?」
「じんぺーちゃんが貰ったやつを貰った!萩と飲めってくれたの」
「あぁ、なるほど。陣平ちゃん赤ワイン苦手だもんな」
「へへっ、けんちゃん遅いから先飲んじゃった♪」


ソファに腰掛け、ワイングラスに手を伸ばす。ひと口だけ残っていたワインを口に運ぶと、ふわりと果実の重い香りが広がる。


そこまで酒に強くないなまえがこんだけ飲んだらそりゃ酔うわな、なんて心の中で呟く。


「けんちゃん、だっこは?」
「可愛いなぁ。ほら、おいで」
「ん!」

足元のラグの上にぺたりと座り俺を見上げるなまえの瞳は、酒のせいもありうるうると艶を帯びていた。


両手を広げると、俺の膝の上に跨りぎゅっと抱き着いてくるなまえ。


いつもより高い体温と、熱っぽい吐息。甘えるように首筋に顔を寄せるなまえは、たまらなく可愛い。


落ちないように片手で腰を支えながらなまえの髪を梳く。


懐っこい猫みたいにその手に擦り寄ってきたかと思うと、なまえの両手が俺の頬を包む。


「どした?」
「ただいまのちゅーは?」
「この酔っ払い。誘ってる?」


八の字に眉を下げそんなことを言う彼女。頬に触れる手が熱くて、その熱が俺にも伝染る。



「・・・・・・んっ・・・ッ・・・」
「っ、はぁ・・・、満足した?」
「んーん、もっと・・・っ、」


どちらの物か分からない熱っぽい吐息。乱れた呼吸を整えるように小さく息を吐くと、なまえは物欲しそうな顔で俺を見ながらそんなことを言う。


酔っ払いって奴はたちが悪い。そう思うのに、やっぱり相手がなまえだとそれすら愛おしいと思えてくるのだから惚れた弱みとやらはすごいものだ。


これ、明日には覚えてないんだろうなぁなんて少し残念に思いながらも身体の中で燻る熱は増すばかり。


そんな俺を煽るように、なまえの唇が俺の首筋にそっと触れる。そしてそのまま生暖かい舌が首筋を這う。


「っ、」
「すき」


僅かに顔を顰めた俺を見て小さく笑うなまえ。色香を醸し出すその笑顔に理性の糸が切れる。


「ベッド行こっか」
「・・・・・・・・・ん、」
「なまえ?」
「・・・・・・すぅ、・・・」







・・・・・・・・・・・・・・・マジか。

ぽすり、と俺の胸に頭を預けると電池が切れたみたいになまえの体から力が抜ける。


そして聞こえてきたのは気持ちよさそうな寝息。



ガキの頃から変わらないあどけない寝顔がそこにあった。



その寝顔を見て、盛大なため息をついた俺は悪くないはずだ。


煽るだけ煽って寝るとか・・・、なんの拷問だ、これ。


なまえの腰を支えていたのとは反対の手で、わしゃわしゃと自分の前髪を乱す。



「・・・んんっ・・・、けんちゃ・・・ん・・・」

起こしたか?と一瞬思ったけれどそれは寝言。長い睫毛がぴくりと動いただけでその瞼が開く気配はない。


そんななまえを見ていると、自然と目尻が下がり笑みがこぼれた。



「起きたら覚えとけよ、酔っ払い」


幸い、明日は俺もなまえも休みだ。
ゆっくり時間はある。


起こさないようにその体を抱き上げ、ベッドに運びそっとおろす。


布団をかけてやると、むにゃむにゃと言葉にすらなってない何かを呟くなまえ。

目にかかっていた前髪を手で払い、そっと頭を撫でると幸せそうになまえの頬が緩む。



それだけで仕事の疲れが嘘みたいに消えていく。



可愛いお姫様が幸せな夢を見れますように。



────────────────



「・・・・・・んっ、」
「おはよ、なまえ」
「研ちゃん・・・?おはよ」

カーテンの隙間から差し込む太陽の光。その眩しさに目を瞬かせながら上半身を起こし隣を見ると、にっこり笑顔の研ちゃん。


あれ、私昨日どうやってベッドまで来たんだろう・・・。ていうか研ちゃんいつ帰ってきたんだっけ。


脳内で始まった記憶探しの旅。
たしか陣平ちゃんに貰ったワインを飲んでたら・・・・・・、あぁ、何だかやらかしてしまったような気がする。


途切れ途切れの記憶が蘇ってくる。その記憶達と、いつもに増して笑顔の研ちゃんを見れば何となく色々と察しがついた。


「思い出した?昨日のこと」
「・・・・・・途切れ途切れに。酔っ払ってた?私」
「かなり、な。人のこと煽るだけ煽って、なまえちゃん寝落ちしちゃったから、俺寂しかったなぁ」
「っ、!?」


研ちゃんに押し倒され、再び私の身体はベッドに沈む。


「煽った責任、とってくれるよな?♪」

悪戯っぽい笑みを浮かべながら、私を見下ろす研ちゃん。


言葉とは裏腹に、重なる唇はたまらなく優しくて。


「ねぇ、研ちゃん」
「ん?」
「大好き!!」
「やっぱり煽ってる?」



甘くて幸せな時間は、始まったばかり。


Fin


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