番外編 君ありて | ナノ
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▽ 1-2


研二が幼馴染みの女の子を好きなことには、割と早く気付いたと思う。


それもそうだろう。


彼が特別≠与えるのはあの子だけだったから。


どういう理由があるのかは知らないけれど、研二はあの子の代わりを探しているだけ。


ううん、代わり≠ネんて大それたものじゃない。


面倒くさくなくて、踏み込んでこない、都合のいい関係。


結局彼が求めているのは、そんな存在だろう。


その証拠にみょうじさんの目の届く範囲でべたべたしたり、彼女面をする女の子はすぐ彼に関係を切られていた。割り切った関係でいる限り、彼はどこまでも優しかった。


他の女の子と遊んでいても干渉しない。
大学では必要以上にべたべたしない。
みょうじさんのことには一切触れない。


エトセトラ、エトセトラ。私が研二と一緒にいる時、色んなことに気をつけていることを彼は知っているんだろうか。


幸い、今のところ私は彼の地雷を踏んではいないらしい。


だからこうして私は切られることもなく、彼とこの関係を続けてこれているんだろう。





ある日の飲み会でのこと。


普段よりハイペースで飲んでいた私は、いつにも増して酔っ払っていた。


二次会でやって来たカラオケは、イマイチ盛り上がりに欠けていて隣で態とらしく距離を詰めてくる男にイライラが増す。


くらくらと霞がかかったみたいな脳内。きっといつもの私ならそんなことはしなかったはず。


隣にいた男の腕をするりと解くと、そのまま鞄を持ちカラオケの外にある喫煙所に向かった。全室禁煙ってホント喫煙者に優しくない世界だ。


ぽつり、ぽつりと街灯に照らされた暗いその場所は、胸の中を蝕む孤独を煽る。



寂しい。


酔いに支配された頭はマトモな思考回路を崩していく。


ポケットから取りだした携帯を操作し、聞こえてくるのは無機質なコール音。時刻はもう既に2時を回った頃。寝ているかもしれない。もしかしたら他の女の子といるかも。


ぷつん、と途切れたコール音。



『もしもし』
「っ、研二?」
『うん、俺だけど。先輩から電話してくるなんて珍しいね』


小さく笑う彼の声に、きゅんと締め付けられる胸。
何故か目の奥がツンとなり涙が溢れそうになった。


たしかに私から電話するなんて今までなかったことだ。


「今ね、飲み会終わりにカラオケ来てて」
『おー、カラオケか。楽しそうじゃん』
「ちょっと飲みすぎたから帰ろうと思ったんだけど、もう終電なくて」


一度開いた口は止まってくれない。
吹き抜ける風の冷たさが少しだけ酔っ払った頭を冷やす。冷静さを取り戻した脳が警笛を鳴らす。


踏み込みすぎ、だと。



『どこのカラオケ?』
「・・・・・・え?」
『迎えに行くよ。位置情報だけ送っといて』
「いいの?」
『ははっ、そのつもりで電話くれたんじゃないの?もう遅いし着いたら連絡するからどっか中入ってなよ』


いつも通り、飄々とした様子で電話を切った彼。30分ほどすると見慣れた車が私の前に止まる。


いつものように後部座席に座ると、ふわりと彼の車の芳香剤の香りが鼻を掠めた。


「はい、水。どっか中で待ってろって言ったのに」
「・・・・・・ありがと」
「どういたしまして♪」



ねぇ、研二。

優しくしないで・・・・・・?


勘違いしそうになるから。



渡されたミネラルウォーターをこくりとひと口飲むと、すっと身体に染み渡る。


ただのセフレなのに。


頭では分かっている。きっと彼は相手が私じゃなくてもそうしただろう。ただ優しい≠セけだから。






少しだけふらつく足元。
研二に支えられながら、部屋に入りベットに腰を下ろす。


「んじゃあ、俺は帰るね。ちゃんと水飲んで寝なよ」
「っ、待って・・・」

背中を向けた研二のシャツの裾を思わず掴んでしまう。

きょとんとした顔で振り返った彼。すぐにその顔には、いつもの余裕のある笑みが浮かぶ。



「酔っ払って寂しくなった?」
「・・・・・・泊まっていかないの?」


ギシリ、と2人分の体重に沈むベッド。夜の暗闇に慣れた目。間近に迫る彼の首に手を回す。


それは唇が重なる寸前のこと、


静かな部屋に私のものじゃない携帯の音が響く。



「ちょっとごめんね」

そう言うと研二は、私から離れ携帯を見た。この状況でも電話出るんだ、なんてモヤモヤとした感情が込み上げてくる。画面を見た彼の表情を見た瞬間、その相手を察した自分が嫌いになった。



「なまえ?どした?」
『研ちゃん・・・っ、』
「っ、お前今どこいんの?」


静かすぎる部屋で、電話から漏れ聞こえるみょうじさんの声。

僅かに震える彼女の声に、研二の声も焦りを帯びる。


・・・・・・私の電話の時は、あんなに冷静だったのに。



『・・・・・・家。夢見て・・・っ、研ちゃん・・・に会いたくて・・・』
「すぐ行く」


たった一言。そう言うと電話を切り机の上に置いていた車のキーに手を伸ばした研二。



お姫様は、悪夢ひとつで彼を呼びつけることができるんだね。


自分の中で何かが音を立てて崩れていくような気がした。



「先輩ごめん、俺行くわ」
「・・・・・・・・・ねぇ、研二」


こんなに近くにいるのに、やっぱり貴方は遠いね。









「行かないで」



研二の顔が僅かに歪む。

ぴくりと片眉を上げたかと思うと、一気にその表情は色をなくす。





「・・・・・・今までありがとね、先輩」


きっとここで問答してる時間も惜しいんだろう。


そう告げると、彼は振り返ることもせず部屋を出ていった。


一人ぼっちの部屋に残された、彼の煙草の吸殻がぽっかりと空いた胸の奥をちりちりと焦がす。


そういえばいつだったか、喫煙所で研二と話していた時にみょうじさんが声をかけてきたことがあった。



「研ちゃん!授業もう終わり?」

喫煙所の扉を開け、中をちらりと覗く彼女は女の私から見ても可愛いなって思った。


まだ長さの残る煙草を躊躇なく灰皿に押し付けた研二は、白い煙を宙に吐くとそのままみょうじさんの背中を外に押した。



「喫煙所なんか入るな、バカ」
「えー、研ちゃん見つけたから声掛けただけだよ?」
「副流煙は体に悪いの。なまえちゃんに何かあったら俺泣くよ?」


冗談めかしてみょうじさんの頭をくしゃくしゃと撫でる研二の横顔が鮮明に思い出された。


深い意味はなかったのかもしれない。

私の前では平気で煙草を吸うくせに。


まるで宝物みたいに、お姫様を大切にする姿は私の胸を抉った。





研二と私の関係は、あの夜を機に終わりを告げた。


大切に、してはくれていたんだと思う。



たったひとつ、1番欲しかったものをくれなかっただけのこと。


Fin



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