▽ 1-2
あれから一日署長について研ちゃんが触れることはなくて。
私も自分から聞くのもな・・・、ってその話題に触れることなく時間が過ぎていく。
そして彼女達が一日署長として勤務する日がやってきた。
てかそもそも研ちゃんとあの人達が会うかどうかすら分からないじゃん。多分あぁいうのって偉い人が色々と案内してたイメージだし。
たまたま大学が休みだった私は、出勤の用意をする研ちゃんの後ろ姿を眺めながらそんなことを考えていた。
「あ、そうだ!研ちゃん!」
「ん?どした?」
上着を羽織ろうとしていた研ちゃんに駆け寄り、少しだけ早起きして作ったお弁当を差し出す。
「これ、お弁当!今日大学休みだったから作ってみたの」
「まじ?サンキュ!すげぇ嬉しい!」
研ちゃんはくしゃりと目を細めて笑うと、そのままお弁当を受け取り反対の手で私の頭を撫でてくれる。
嬉しい、って感情がひしひしと伝わってきて私も頬が緩む。
「じゃあ、行ってくる。夕方には終わるから署まで来るんだっけ?」
「うん!研ちゃんが仕事終わるくらいの時間にそっちまで行くよ」
「迎えに帰ってくるから家で待っててもいいのに。せっかく休みなのにわざわざ来るのしんどいだろ」
「私が早く研ちゃんに会いたいからいーの!」
玄関までお見送りの為に着いて行った私は、靴を履き終えた研ちゃんにぎゅっと抱きついた。
今日は研ちゃんの仕事が終わったら2人でご飯に行く約束をしていた。
家まで1度帰ってくるって研ちゃんは言ってくれたけど、なんとなく今日は早く会いたい気持ちが勝っていて。
いつもとは逆で私が署まで行くことになっていた。
子供みたいにそう言った私を見て小さく笑った研ちゃんは、そのまま軽く唇を重ね部屋を出ていった。
*
お昼過ぎ、研ちゃんから届いた1通のメッセージ。
『めちゃくちゃ美味かった!ありがとな。おかげで午後からも頑張れるよ』
添付されていたのは、空っぽになったお弁当箱の写真。
自然と目尻が下がる。
間違いなく愛されていると、そう分かっているのに。
「こんなんだから陣平ちゃんに我儘って言われるんだよね・・・」
研ちゃんの優しさに甘えすぎてる。そんなこと誰よりも自分が分かっていた。
夕方のニュースで特集されていた一日署長の彼女達。
ぼーっとその画面を眺める。
可愛らしいアイドルの衣装じゃなくて、警察官の制服を身に纏うその姿。
「・・・・・・可愛いよね、やっぱり」
駆け出しとはいってもやっぱり芸能人。オーラというか、纏うものが別格だった。
そんなことを考えているとあっという間に研ちゃんとの約束の時間が近づいていて、慌てて私は用意を始めた。
*
『もうすぐ終わるから車のとこでまってて!』
警察署の前に着くのとほぼ同時、研ちゃんからそんなメッセージが届く。
言われた通り、彼の車が停められている駐車場に向かい見慣れた車の近くで研ちゃんを待つ。
15分ほど経った頃。
コツコツと近付いてくる足音に、携帯から顔を上げ辺りを見回す。
「・・・・・・っ、・・・」
まるで喉に何かが引っかかったみたいに、上手く言葉が紡げなかった。
車の方に歩いてくる研ちゃんの隣には、あの茶髪のアイドルの姿があったから。
「せっかく皆で打ち上げなんだから、萩原さんも行きましょうよ!」
「さっきも言ったけど約束あるんだよね。だから美香ちゃんは皆と楽しんでおいでよ」
「えぇ、萩原さんいなきゃつまんない!」
警察官の制服を脱いで黒のスキニーに淡いグレーのニット姿の彼女は、研ちゃんの隣を歩きながら彼に声をかける。
美香ちゃんって言うんだ、あの子。
彼女の名前を呼ぶ研ちゃんの声を聞きたくなくて。
私に向ける笑顔とは違う。頭ではそう分かっていても、他の子に向けて笑って欲しくない。
「なまえ!待たせてごめんな」
私の姿を見つけた研ちゃんが駆け寄ってくる。
その少し後ろからやって来た“美香ちゃん”は、まるで品定めするみたいに私のことを頭から爪先までぐるりと見る。
「この子が待ち合わせの相手?」
「そうだよ。だから打ち上げの件、ごめんね」
「つまんないの〜。じゃあまた今度!約束だから!」
私から視線を外し研ちゃんを見た彼女は、にこりとその綺麗な顔で笑うとそのままくるりと踵を返して署の中へと戻っていく。
黙ったままの私を現実に呼び戻したのは、他でもなく研ちゃんで。
「なまえ?」
「っ、」
「一日署長で来てた子に打ち上げ行こうって誘われて、ここまで着いてきちゃって。嫌な思いさせてごめんな」
研ちゃんは腰を屈め私に視線を合わせながらそう言った。
どこまで本気か分からないけど、あの子から滲む研ちゃんへの好意。そして私を品定めするように見てたあの瞳。
研ちゃんがそれに気付かないわけがない。
だからこそこうして謝っているんだろう。
「・・・・・・研ちゃん」
「ん?」
「今日やっぱり家でご飯食べたい。ダメ?」
早く2人になりたくて。
このモヤモヤとした気持ちを早くどこかに吹き飛ばしてほしくて。
「いいよ。俺の家でいい?」
ダメ、なんて研ちゃんが言うわけない。
こくり、と頷いた私の肩を抱いてそのまま助手席のドアを開けてくれる研ちゃん。
家に着くまでの間、何を話していいか分からなくて流れていく窓の向こうの景色を眺めていた。
prev /
next