▽ 1-2
一人きりの部屋。いつもよりゆっくりと時間が流れているような気がして、テレビの音がだけがその静けさをかき消してくれる。
「ただいま〜」
「っ、研ちゃん?!」
玄関が開く音がしたかと思うと、いつもより少しだけテンションの高い研ちゃんの声が聞こえてくる。
慌てて玄関に向かうと、いつもと変わらない優しい瞳で私を見て笑う彼がいた。
久しぶりに同期と飲み会があるから行ってきていいかと聞かれたのは数日前。駄目だ、なんて言う理由もなく快諾した。
ただなんとなく、仕事以外でこの時間に研ちゃんが隣にいないことに慣れなくて。研ちゃんにその気はなくても、彼の周りには人が集まる。きっと飲み会でも女の子に囲まれてるんだろうな、なんて少しの不安。
不安と嫉妬。
子供みたいなそれを堪えることが出来なくて、少しだけ・・・と電話をかけたのは三十分ほど前だろうか。
「もしもし、研ちゃん?」
『もしもし。どした?』
ワンコールで電話に出てくれたことに頬が緩む。聞こえてくるのは優しい声と風の音。
「久しぶりの飲み会だから研ちゃんや陣平ちゃんがベロベロになってないかなーって」
『もうちょっとしたら帰るよ。寂しくなっちゃった?』
私の強がりなんて彼にはお見通しなんだろう。いつ帰ってくる?なんて素直に聞けない私は、そんな理由でしか電話をかけられないから。
「大丈夫だもん。・・・・・ちょっとだけ、だし」
『ははっ!ホント可愛い』
それでも彼はやっぱり私を甘やかすから。その優しさに甘えてしまう。
「楽しんできてほしいって思ってるんだよ?」
『うん、大丈夫。わかってるから。いい子で待ってて』
決して彼の行動を制限したいわけじゃない。ただ声が聞きたかっただけ。
そんな私の心を見透かすように、電話の向こうの研ちゃんは笑っていた。
思っていたより早い帰宅。
焦がれていたその顔を見た瞬間、やっぱり嬉しさを隠せなくてぎゅっとその胸に飛び込んだ。
「せっかく久しぶりの飲み会だって言ってたのに・・・・・・」
「いーの。俺がなまえに会いたくなっちゃったんだもん」
素直に嬉しいって思う気持ちと、せっかくの飲み会だったのに私のせいで・・・・・という後悔。
でもそんなモヤモヤを研ちゃんはすくい上げて受け止めてくれる。
「また陣平ちゃんに怒られるやつだ」
「ん?なんで?」
「お前は萩に甘えすぎだ!って。想像できたでしょ?」
呆れたようにそう言う陣平ちゃんの顔が研ちゃんの脳裏にも浮かんだんだろう。くすりと笑みをこぼす。
「それを言うなら俺が甘やかしすぎだって怒られるんじゃねぇの?」
「ふふっ、それは一理あるかも」
昔から変わらないそんなやり取りが容易に想像できて、つられて私も笑ってしまう。
そんな私の顔をじっと見る研ちゃん。小さく首を傾げると、冬の寒さのせいで少し冷たい彼の手が頬に触れた。
「声聞いたら会いたくなった」
「研ちゃん・・・・・」
「お姫様に寂しい思いさせるわけにはいかないしな」
そのままくしゃりとその手が髪を撫でる
私は腰に回していた腕の力を強め、そのまま擦り寄るように胸元に頭を預ける。
彼がいつも使っている香水の匂いに混じる煙草の匂いがふわりと鼻腔をくすぐる。
それは私に安心感をくれるもの。
「研ちゃん、だいすき」
俺も、と即答に心酔。
ただこの時間が幸せで。
当たり前なんかじゃないその愛情を、深く、深く感じた。
Fin
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