番外編 君ありて | ナノ
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▽ 1-1



寝なきゃいけない。そう思えば思うほど、人間というのは目が冴えてしまうのだ。



時刻はもう二時を過ぎていた。

しんと静まった部屋。時間を刻む時計の音だけがチクタクと響く。


明日は朝早くから仕事だし、こんな時間まで起きていたら絶対に明日しんどい。


ふと隣を見ると、研ちゃんは気持ちよさそうに眠っていて。その寝顔に自然と目尻が下がる。


そっと腰に回されていた腕をのけると、彼を起こさないように静かにベッドを出る。


向かったのは、誰もいないリビング。


ソファに座り何をするわけでもなく、ぼーっとしていると背後で扉の開いた音がした。



「っ、」
「ふぁ〜、なまえどした?寝れない?」

突然の物音にびくりと反応した私。慌てて振り返ると、そこにはスウェット姿で眠そうに欠伸をする研ちゃんの姿があった。


「ごめん、起こしちゃった?」
「んーん、平気」

眠そうな目。それもそうだろう。研ちゃんの仕事は神経も使うし、肉体労働でもある。私なんかの何倍も疲れているはず。


起こしてしまったことを申し訳なく思っていると、研ちゃんは私の隣に腰掛けた。


「なんかあった?」
「何もないよ。ただなかなか眠れなくて」
「そっか。そんな日もあるわな」
「研ちゃんも明日仕事でしょ?先に寝といていいよ!私も眠たくなったら行くから」


彼も明日は朝から仕事のはず。夜更かしに付き合わせるわけにはいかない。

慌ててそう言った私の頭に、研ちゃんの手がそっと触れる。


寝起きのせいかいつもより少しだけ高いその温度。


「ココアでも飲む?あったかいもん飲めば眠くなるかもだし」
「っ、だったら自分でやるよ」
「いーの。俺も飲みたいし、ちょっと待ってて」

そのままくしゃりと私の頭を撫でると、研ちゃんはキッチンに向かう。


カチャカチャという食器の音。そして漂ってくる甘い香り。


しばらくすると両手にマグカップを持った彼が、再び隣に座る。


「熱いから気をつけろよ」
「・・・・・・ありがと」


マグカップからゆらゆらとたちのぼる白い湯気。ひと口、口に運ぶと広がる優しい甘さ。


「久しぶりに飲むとうめぇな、ココア」
「・・・・・・ごめんね、付き合わせて」

優しい彼のことだ。
リビングに私を残して自分だけ寝るなんて選択肢は彼の中に存在しないんだろう。


申し訳なさから、しょぼんと肩をすくめる私を見て研ちゃんはくすくすと小さく笑う。


「反対だよ」
「・・・・・・え?」
「なまえが隣にいないと俺が寝れないの。だから気にしなくていい」
「っ、研ちゃん・・・」


一人ぼっちだったリビング。隣に研ちゃんがいるだけで、ほっとするこの気持ち。


半分ほど飲み終えたマグカップを机の上に置くと、ぎゅっと彼に抱き着く。


研ちゃんも飲みかけのマグカップを机に置き、そのまま私の体を抱き上げ膝の間に下ろし抱きしめてくれる。



「たまにはこうやって夜更かしもいいもんだな」


髪の毛を梳く指の感触。耳を寄せた胸から聞こえる心音。耳に馴染むその優しい声。


全てが安心感を与えてくれる。


ゆるゆると迫りくる睡魔。あんなに冴えていたはずなのに、瞼が重くなる。



「研ちゃん」
「ん?」
「いつもありがと。研ちゃんの腕の中が一番落ち着く」
「俺もお前がこうして腕の中にいてくれるのが一番落ち着くよ」


柔らかく笑う研ちゃんの手が私の目を覆う。


「おやすみ、なまえ」


その言葉を最後にぷつんと途切れた意識。


その日見た夢の内容は思い出せないけれど、温かくてふわふわしていて、とても幸せなものだったような気がした。




────────────────




すぅすぅと聞こえてきた小さな寝息。閉じられた瞼にかかる長い睫毛。


安心しきったその表情に、自然と口元が弧を描く。


そっと起こさないようになまえの体を抱き上げると、そのまま寝室に向かいベッドの上に彼女をおろす。


自分もベッドに潜りながらなまえに布団をかけてやると、そのままもぞもぞと俺の方に擦り寄ってくる彼女。


「・・・・・・んん、・・・けん・・・ちゃん・・・」
「ったく、ホント可愛い奴」


むにゃむにゃと俺の名前を呼ぶ姿がたまらなく可愛くて、そのままぎゅっと抱き寄せる。


願わくば、この幸せな時間が永遠に続きますように。

夢の中の彼女が、少しでも幸せでありますように。


そんなことを考えながら目を閉じるのだった。




Fin


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