番外編 カミサマ | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


▽ 1-1



小さなストレスも積み重なると心にずっしりと重くのしかかってくる。


『今日の最下位は天秤座のアナタ!何をしてもうまくいかない1日になるかも。今日は大人しくしておいた方がいいかも』


そんな私の心に追い打ちをかけるような朝のニュース番組の占いに、大きなため息をつく。


ど平日に大人しくなんてしてられる社会人がどこにいるんだ、なんて心の中で毒づきながら家を出た。


意識をしているせいか、はたまた本当に占いが当たったのか。どちらにしてもその日の私は散々だった。



余裕を持って乗ったはずの電車が遅延して、慌ててタクシーに乗ったら渋滞に巻き込まれた。おかげで上司に嫌味は言われるし、たまった仕事は終わらない。

昼休み返上でパソコンと向き合っていたけど書類の山は一向に減ってはくれなくて、気がついたら定時はとっくに過ぎていた。


「これも頼むよ。みんな帰っちゃったしみょうじさんならすぐ終わるでしょ」

やっとのことで終わった書類達を上司に渡すと、新たにぽんっと渡された新しいファイル。


データの打ち込みだけの単純作業だが、時刻はすでに八時過ぎ。


そんな気持ちが思わず顔に出てしまったんだろう。上司は怪訝な顔で私を見る。


「何?なんか予定でもあるの?そもそもこの時間までかかったのは、みょうじさんが遅刻したからでしょ?」
「・・・・・・わかりました」
「じゃあ俺は帰るから終わったらデスクの上に置いといて。お疲れさん」


私の肩を軽く叩くとそのまま鞄を手に取り去っていく上司。


あのハゲ親父、なんて本人に言えるはずもない悪口を心の中で呟く。



集中力が切れかけていたせいもあるんだろう。半分ほど終わったところで入力ミスに気付きやり直し。全てが終わる頃には、時計は十時半を過ぎていた。



「・・・・・・疲れた・・・」

とぼとぼと駅までの道を歩きながら携帯を取り出す。画面をタップしてもそこに明かりがつくことはない。



「嘘、充電切れ?」

真っ暗のままの画面に深いため息をつく。


携帯を諦めた私は電車に揺られ、最寄り駅に着くと自宅までの道を一人歩く。


街灯の少ない道は、薄暗くて私の心みたい。


ふと見上げた空にも星はなくて、ぼんやりと雲の向こうから月が鈍い光を放っていた。


疲れているせいだ。


頭では分かっていても、一人ポツンと取り残されたような気持ちになってしまう。



やっとのことで帰ってきた自宅。


ガチャリ、と鍵を開けると部屋には明々と電気が灯っていた。



「おかえり、なまえ。連絡したけど返事なかったから駅まで行こうかと思ってたよ」

そこにはちょうど上着を羽織ろうとしているヒロくんの姿。


私の帰宅に安堵したような顔を見せて笑う彼の姿を見ていると、ぎりぎりで堪えていたなにかがぷつんと切れそうになる。


駄目。

ヒロくんの方が疲れてるんだ。


警察学校を卒業したヒロくんは何かと忙しい。こうして顔を見るのも十日ぶりのこと。それでも仕事の合間をぬって、ヒロくんが私との時間を作ってくれていることは分かっていたから寂しいなんて言えるわけがなかった。

それに私なんかの比じゃないくらい大変な仕事をしている彼に、こんな愚痴なんて言えるはずがなかった。



鞄を持っていた手にぎゅっと力を入れると、私は笑顔を作り彼を見た。


「ごめんね!携帯の充電切れちゃってた。ヒロくんが来てくれてたならもっと急いで帰ってくればよかった」
「俺も少し前に来たとこだったんだ」

ヒロくんは羽織かけていた上着を脱ぐと、ソファに座った。


私は鞄を置くとそのまま寝室に向かい部屋着に着替えた。


リビングに戻ると真剣な顔をして携帯を触るヒロくん。きっと仕事の連絡だろう。


隣に座りたいな、なんて思ったけど仕事の邪魔をしちゃいけないと踏みとどまる。


そんな私に気付いたヒロくんは、携帯を机に置くとそのままソファの隣を叩き両手を軽く広げた。


「おいで、なまえ」

その声が優しくて。昔から変わらないその声色と瞳に胸の奥が締め付けられた。





帰ってきたなまえの顔を見た瞬間、きっとなにかあったんだろうなって思った。



普段は甘えたなくせに、変なところで強がる奴だから。


特にオレが仕事を始めてからそれは顕著で、遠慮してるんだろうなんてことは分かっていた。


ゆっくりとソファに腰掛けたなまえの腕を引き、そっと抱き締める。


その体温を感じるのは久しぶりのことで、ずっと欠けていた何かがしっくりとはまるようなそんな感じ。


腰に回された手がぎゅっと俺の服を掴む。


「何かあった?」
「・・・っ、」
「仕事で何か嫌なことあった?それとも別のこと?」

ぴくりと跳ねた肩。でもなまえはすぐに首を横に振った。


「何もないよ。ヒロくんに会えて嬉しいだけ」

下手くそな笑顔でそう言うなまえ。

何年一緒にいると思ってるんだ。分からないわけないだろう?


腕の力を緩めると、そのままなまえの頭に手を置きそっとその髪を撫でた。



「本当は?」


“本当に?”


そう聞けば彼女はきっとその泣きそうな顔で頷いてしまうから。


大きな瞳がゆらゆらと揺れた。まるで今にも泣き出してしまいそうな不安定さ。


「っ、」
「なまえが泣きそうなことに、オレが気付かないと思う?」

くすりと笑うと、その瞳からぽとりと一粒の涙が溢れた。


そっと指でその涙を拭うと、そのまま緩めていた腕でもう一度その体を抱き寄せた。



「っ、ぐす・・・っ・・・、今日占いが最下位だった・・・」
「占い?」
「朝から電車遅れるし、タクシーは渋滞に巻き込まれるし・・・っ・・・。私のせいじゃないのに上司に嫌味言われるし・・・」

堪えきれなくなったんだろう。

しゃくりあげながら話すなまえの言葉に耳を傾ける。


「仕事終わんなくてこんな時間なっちゃって・・・・・・っ。外暗くて一人ぼっちだし・・・、ヒロくんが来てたならもっと早く帰れば長く一緒にいれたのに・・・ッ・・・」

きっと色んなことが重なって、爆発してしまったんだろう。

子供みたいに泣くなまえの背中を、昔からよくやってたようにぽんぽんと一定のリズムで宥めるように叩く。


「・・・・・・っ、ごめんね・・・」
「なんで謝るの?」
「ヒロくんの方が疲れてるし、しんどいのに・・・っ・・・」


それは彼女なりの優しさで。


“寂しい”や“しんどい”を必死に押し殺していたんだろう。

そんな姿に自然と頬が緩んだ。






「なまえ」

名前を呼ばれ顔を上げると、ヒロくんの唇が私の瞼に軽く触れた。


「オレ相手に変な遠慮しなくていいから」
「・・・・・・、」
「辛かったりしんどかったりしたらいつでも言っておいで?寂しいときは素直に言って欲しい」


昔からヒロくんは私に優しい。

それは今でも変わらなくて。


「オレはなまえに会えなくて寂しかったんだけど、なまえは寂しくなかったの?」


私の弱いところをすくい上げてくれる人だから。


昔からそうだ。
ヒロくんは私を甘えさせるのが上手いんだ。


「・・・っ、寂しかった・・・ッ・・・!」
「よしよし。素直に言えてえらい」

大きくて温かい手が私の頬を包む。


こつん、と当たったおでこ。至近距離で交わる瞳。


「明日休みだろ?オレも休みだから、久しぶりにゆっくりしよ」
「一日一緒にいれるの?!」
「うん。そのつもりだったけど、なまえの予定は大丈夫?」
「大丈夫!ヒロくんより大事な予定なんかないもん!」


嬉しくなった私はそのままヒロくんの胸に顔を埋めた。


そんな私を見て小さく笑うヒロくん。


「仕事の愚痴でもなんでも聞くよ」
「んーん。せっかくヒロくんと一緒にいられるのに、あんなハゲ親父のこと考えるなんて時間がもったいない」
「こら、そんなこと言わないの」


諌めるようにそう言いながらも、その声色は優しくて。


さっきまでの仕事のイライラも、寂しかったモヤモヤも、ヒロくんの一言で吹き飛ぶんだから我ながら単純な奴だと思う。


「ねぇ、なまえ」

名前を呼ばれ顔を上げると同時に、重なった唇。思わず目をぱちくりとさせる。


「会いたかった」

その言葉と共に向けられるのは、少しだけ熱を孕んだ優しい瞳。


彼にそんな風に見つめられるのは、きっとこの世界で私だけだから。


カーテンの隙間から見える空は相変わらずどんよりとした雲まみれの夜空だったけど、私の胸の中はさっきまでとは違い澄んだものだった。


Fin


prev / next

[ back to top ]