▽ 1-2
どうせサンタクロースの衣装を着るんだったら、あのおじさんサンタみたいにもこもこの厚着にして欲しかった。なんて馬鹿みたいなことを考えてしまうくらいには、吹き抜けていく風が冷たい。
短めのスカートは容赦なく体の熱を奪っていくし、手袋を嵌めていない手はすっかり冷たくなっていた。
「うぅ、寒っ」
吹き抜けた冷たい風に震える体。二の腕を擦りながら、少しでも暖をとろうとする。
「かーわい!サンタさんだ」
「いいねぇ。プレゼントあるの?」
そんな私に近付いてきたのは、スーツ姿の二人組の男性。
覚束無い足取りに、紅潮した頬。繁華街ということもあり、時間が遅くなるにつれて酔っ払いが多くなる。
あまりにも酷ければ店長を呼ぶけれど、ある程度は無視しておけば飽きていなくなってくれる。
「良かったらどうぞー。クリスマスケーキの予約お待ちしてます」
彼らを無視して、道行く人にチラシを配る。
早くどこかに行って欲しい。そんな私の気持ちとは裏腹に、彼らは私の腕を掴む。
「っ、離してもらえませんか?」
「やーっとこっち見てくれた。可愛いねぇ」
キッと睨んでみてもそれは逆効果みたいで、近付けられた顔から香るお酒の匂いに思わず顔を顰める。
「・・・離してください。仕事中なので」
「何時まで仕事なの?一緒に遊ぼうよ」
「っ、痛・・・」
ぎゅっと握られた腕。振り払おうとしてもその力には勝てなくて、腕に痛みが走る。
店長に助けを求めようと、店内に視線を向けたその時だった。
「離してもらえませんか?」
それは聞き慣れた声。
いつもの優しい声色とは違い、地を這うように低いその声に思わずぱっと顔を上げる。
「っ、ヒロくん?!」
「これ以上しつこいようなら人を呼びますよ」
ヒロくんは冷たい視線を彼らに向けながら淡々とそう話す。その声に酔いが冷めたのか、ぶつぶつと文句を言い立ち去っていく彼ら。
その場に残されたのは、私とヒロくんの二人。
制服姿のヒロくん。どうしてここにいるのか分からなくて、驚きを隠せなかった。
「ヒロくん何でここに・・・」
「何時まで仕事?」
「あと三十分くらいだけど」
「待ってるから終わってから話そう。まだ仕事中なんだろ?」
「う、うん。分かった」
たしかにヒロくんの言う通りだ。
いつもと様子の違うヒロくんが気になったけれど、今は仕事中だ。お給料をもらっている以上、投げ出すわけにはいかない。
「なまえ、手出して」
「・・・・・・?」
言われるままに手を出すと、ヒロくんは自分がしていた手袋を外し私の手にはめた。
そして私の首元に自分のマフラーをぐるぐると巻き付ける。
「っ、ヒロくんが風邪ひいちゃうよ!」
「オレは大丈夫だから。今のなまえの格好、見てる方が寒そう」
「・・・・・・ありがとう」
温かくなった両手。マフラーから香るヒロくんの匂いにそのまま顔を埋める。
ヒロくんは何も言わずに近くのベンチに腰掛けた。
そして三十分を少し過ぎた頃。
店長に呼ばれた私は、そのまま店内に戻り制服に着替えヒロくんの元へと走った。
「ごめん!遅くなっちゃって・・・」
「とりあえず帰ろっか」
「・・・うん」
繋がれることのない手。無言のヒロくん。
いつもと違う彼の様子に、不安が胸を覆う。
そうだよね。
嘘ついてたの、バレちゃったんだもん。
気が動転していて忘れていたその事実。
もうすぐクリスマスだから。
ヒロくんに何か形に残る物を買ってあげたくて。初めてプレゼントするものは、お小遣いじゃなくて自分の稼いだお金で用意したくて始めた短期のバイト。
サプライズってことにしたかったから、ずっとヒロくんはもちろん零にも内緒にしていた。
でも隠されていた方はきっと気分が良くなかっただろう。
今更になって後悔してみても、隣を歩くヒロくんは笑いかけてはくれなくて。
「・・・・・・っ、ぐす・・・」
「・・・・・・なまえ?」
「・・・っ、ごめん・・・ヒロくん・・・っ・・・」
黙ったままだったヒロくんがこちらを見る。ぽろぽろと溢れる涙は止まってくれない。立ち止まった私に合わせて、ヒロくんも足を止める。
「何で黙ってバイトしてたの?」
「・・・・・・ヒロくんにクリスマスプレゼント用意したかったから・・・」
涙を拭いながらそう言うと、ヒロくんは小さくため息をつく。
いつもなら抱きしめてくれるはずなのに、少しあいたままの私達の距離が胸を締め付けた。
「とりあえず部屋で話そ。ここじゃ風邪ひく」
「・・・・・・うん」
そのまま腕を引かれ、ヒロくんの家に上がりそのまま彼の部屋へと向かう。
何度も来ている場所のはずなのに、今日は居心地が悪い。
「おいで、なまえ」
立ったままの私に、ヒロくんが声をかける。
私はそのままソファに座るヒロくんの前にぺたりと座り込む。
黙ったままのヒロくん。止まっていたはずの涙がまた溢れそうになる。
「疑ってごめん」
「・・・・・・え?」
「一瞬でもなまえのこと疑ってごめん。隠し事されてるって分かって、不安になったんだ」
ヒロくんは私に向かってそう言いながら頭を下げた。
謝られるなんて思ってなかった私は、慌てて彼の肩に触れる。
「私が嘘ついてたから・・・っ、」
「たしかに嘘つかれたり隠し事されたりするのは嫌だよ。でもオレの為だったんだろ?」
こくり、と頷くと優しく細められたヒロくんの瞳と視線が交わる。
「嬉しいよ。でもさ、」
「・・・・・・?」
笑っていたヒロくんの表情が真剣味を帯びる。
少し冷たい手が私の頬に触れたかと思うと、そのままぎゅっと引き寄せられる。
ずっと触れたかったその温もりが嬉しくて、その背中に腕を回した。
「あの格好はちょっと嫌かも」
「・・・・・サンタのこと?」
「うん。スカート短すぎ。チラシ受け取ってた男がチラチラなまえのこと見てた」
「・・・っ、」
「あんな可愛い格好すんの、オレの前だけにして」
耳元で囁かれた言葉に、かっと頬に熱が集まる。
ヤキモチ。独占欲。
普段のヒロくんは、大人で優しくてそんな感情を抱くのはいつも私の方ばかりだったから。
「・・・・・・ふふっ」
「笑うなよ。オレだって言っててめちゃくちゃ恥ずかしいんだから」
「ヒロくんが可愛い。激レアだ」
「・・・・・・零には言うなよ」
「言わないよ。ヒロくんの可愛いとこ見れるのは、私だけでいいもん」
私ほどじゃないけど、少しだけ赤い耳がヒロくんの髪の隙間から覗く。いつもかっこいいのに、今日はそれがたまらなく可愛くて。
くすくすと笑っていた私の頬にヒロくんの手が触れる。そしてこつん、とおでこがぶつかる。
「・・・・・んっ・・・」
「好きだよ、なまえ」
重なった唇。そして囁かれたその言葉に、どくんと心臓が脈打つ。熱っぽいその視線がまだ少しだけ照れくさい。
「でも今度から隠し事はなしにして?」
「分かった。ちゃんと話すようにする」
「うん、いい子」
よしよし、と頭を撫でられる。昔から変わらないその仕草に自然と目尻が下がった。
────────────────
「終わるまで待つのか?」
「うん。夜遅くなったら危ないだろ」
学校が終わり、今日もバイトに向かうというなまえ。そんな彼女を見送り、近くのカフェに入った俺と景。
どうやら無事に和解したようで、景はなまえのバイトが終わるまでここで待つらしい。
過保護だなぁ、なんて思わなくもないがまぁ二人が仲良くやってくれてるならそれに越したことはない。
しばらくすると昨日と同じくチラシを持ってケーキ屋から出てきたなまえ。けれどその服装は昨日とは違っていて。
「・・・・・おい、景。あいつの格好・・」
「うん、あっちの方が暖かそうでいいだろ」
「・・・ははっ、たしかに」
満足気に笑う幼馴染みを見て、思わず乾いた笑い声がこぼれた。
もこもこの長ズボンに長袖。いわゆるThe サンタクロースの格好をしたなまえ。昨日は露になっていた足だってすっぽりと隠れていて、色気とは無縁のその姿。
深めに被ったサンタ帽のせいで顔もよく見えない。
「・・・・・あんまり独占欲が強いと重たがられるぞ」
「零は好きな子が昨日のなまえみたいな格好してても平気なのか?」
「・・・・・いや、無理だな」
「だろ?」
さも当然のように笑う景。思っていたよりも独占欲の強い幼馴染み。いつも穏やかで落ち着いている景とは違うその姿が新鮮で。
二人がうまくやってくれてるならそれはそれでいいか。
俺達の存在に気付いたなまえが嬉しそうにひらひらと手を振る。
まぁ可愛いよな、あれは。
少しだけ顔を覗かせたそんな気持ちには、気付かないふりをした。
Fin
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