▽ 1-1
「・・・・・・最悪だ・・・」
一人きりの部屋に大きな溜息が響いた。
脇に挟んでいた体温計を見ると、そこには38.8度という文字。どうりで朝から身体がだるいわけだ。
だるい体を引きずるようにしながらベッドに戻る。体温計を見たせいか、先程よりもしんどさが増したきがする。仕事が休みなことが唯一救いというべきか・・・。
とにかく明日の夕方からの仕事までには、どうにかして治さなければ・・・。そんなことを考えながら、ベッドの中で目を閉じた。
*
眠りについて数分だったか、数時間だったか。遠くから携帯の音が聞こえる。熱のせいではっきりとしない思考が、夢の世界から現実へと呼び戻される。
枕元に置いたままになっていた携帯に手を伸ばし、通話ボタンを押す。
「・・・・・・もしもし」
『なまえ?今大丈夫か?』
「零くん・・・?大丈夫だよ。何かあったの・・・・・?」
『予定より早く依頼人との打ち合わせが終わったから、今からそっちに行こうかと思ったんだが家にいるのか?』
零くん、家、来る・・・・・・。ぼーっとした頭でその言葉を繰り返す。
「・・・・・・っ、駄目!今日は来ないで!・・・ごほっ・・・」
『何かあるのか?』
「ちょっと風邪気味なの。零くんに移したら洒落にならないのから・・・・・」
『風邪気味?熱は?大丈夫なのか?』
「大丈夫だよ。寝てたら治ると思うから・・・。だから家に来るのは、また今度でもいい?」
『・・・あぁ、わかった。ゆっくり休めよ』
薬飲んで寝るんだぞ、と言って切られた電話にどこか寂しさを覚えるのはこの熱のせいだと思いたい。
零くんに風邪を移すなんてあっていいわけが無いと頭でわかっていても、こうもあっさり電話を切られるとやはり心細さを感じてしまう。
一人きりの部屋で寝返りを打ちながら布団にくるまる。
「・・・・・・寂しい・・・」
ぽつりとつぶやいた言葉が、部屋に虚しく響いていた。
*
「・・・ん、どれくらい寝てたんだろ・・・」
汗ばんだ首にまとわりつく髪の毛を払いながら、体を起こし窓の方に目をやる。
カーテンの隙間から見える空は、零くんと電話で話した時には、まだ明るかったけれど今はすっかりと暗闇に覆われていた。
「四時間くらいじゃないか?」
「・・・・・・っ!?」
返ってくるはずのない言葉がキッチンの方から聞こえてきて、勢いよく視線をそちらに向ける。
そこに居たのは、お玉を片手に持ち鍋と向き合っている零くんだった。
「零くん?!なんでここに・・・」
「あんな死にそうな声のやつを放っておけるわけないだろ。あ、あと鍵はちゃんと閉めろよ。開いたままになってた」
「・・・・・・気をつけます・・・・・・、ってそうじゃない!風邪移ったらいけないから、今日は・・・っごほっごほ!」
勢いよく喋ったせいで咳き込んだ私。そんな様子を見て、零くんは料理の手を止め、ベッド横までやってくる。
私は慌てて布団で口元を隠しながら、彼から距離を取ろうとした。
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