番外編 もし出会 | ナノ
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▽ 1-1



※ 夢主以外の女の子sideのお話になります。他の女の子ととの絡みが苦手な方はご注意ください。(紺青の拳編の前あたりの時間軸)



降谷さんってどんな人?

そう聞かれたなら彼の周りの人間からは、“厳しい”だとか“怖い”だとかそんな言葉があがるだろう。


そんなことを言いながらも彼の周りの人間は、皆あの人のことを尊敬していた。


他人にも厳しいけれど、それ以上に自分に厳しい人だから。


強い信念を持ち、真っ直ぐそれに向かって努力を惜しまないあの人はまさに警察官の鏡のような人だった。


これはそんな私の憧れの人のお話。






風見さんの部下として公安に配属されて気が付くと三年の月日が流れていた。



「まだ残っていたのか?」

積み上がった書類と睨み合っていると、仮眠室から戻ってきた風見さんが眼鏡を直しながら隣のデスクに腰掛けた。


「お疲れ様です。これだけ終わらせてから帰ろうかなと思って。少しは休めましたか?」
「あぁ。大丈夫だ」


大丈夫、そう言いながらもうっすらと目の下に滲むクマが彼の疲れを物語っていた。


私達の仕事量は多い。新人に毛が生えた程度の私ですら毎日残業ばかりなのだ。風見さんの仕事量は計り知れない。


それにしても最近の彼は仕事を詰め込みすぎな気がして、その理由が少しだけ気になった。


「最近ずっと忙しそうですよね、風見さん」
「ん?あぁ、月末に降谷さんがまとまった
休みをとるからな。その関係であの人にチェックしてもらわなきゃいけないことが色々あるんだ」
「降谷さんがまとまった休み・・・」


結びつかないその二つの単語。

ぽかんとした私を見て、風見さんはくすりと小さく笑った。


「あの人が休みを取ることがそんなに意外か?」
「っ、いえ。そういうわけでは・・・!」

露骨に態度に出してしまったそんな心の声に恥ずかしくなり慌てて首を振る。



「僕だって休みくらいとるさ。上からもしつこく言われてたしな」

背後から聞こえてきた声にどくんと大きく心臓が跳ねる。

それは隣にいた風見さんも突然の降谷さんの登場に驚いたように肩を揺らす。


「二人ともちゃんと休む時は休めよ」

片手に持っていたコンビニ袋を机に置くと、スーツのジャケットを脱ぎ風見さんの隣の席に腰かけた。


そしてそのコンビニの袋を風見さんに手渡す。

ちらりと見えた袋の中には、お茶や缶コーヒー。そしておにぎりとチョコレートが入っていた。


「何も食べてないんだろ?......もまだ残って仕事するなら何か食べてからにしろよ」
「ありがとうございます」
「っ、お気遣いありがとうございます」


風見さんと私がほぼ同時に頭を下げるのを見て、降谷さんはふっと口元を緩めた。


優しい人。


厳しいけれどちゃんと頑張りを見てくれる人だからついていきたくなるんだ。


そんな彼を好きになるのに時間はかからなかった。


手の届くような人じゃないから。

たまに顔を見ることができたらそれだけで嬉しかった。こうして話せたらもっと幸せで。私の日常の中に、降谷さんがいてくれるだけで毎日が色鮮やかになる。



上司二人の話に加わるのもな、と思って降谷さんと風見さんが話す声を聞きながら、おにぎりをかじる。

降谷さんとこんな風に一緒にいられるタイミングなんてなかなかないので、嬉しい気持ちを隠しきれずにいた。



「降谷さんは食べないんですか?」

食べ物には手をつけず缶コーヒーを飲んでいた降谷さんに風見さんが尋ねる。


「あぁ、僕はいい。さっきなまえのところで食べてきたんだ」
「そうだったんですね」


降谷さんの口から出たなまえという名前。

風見さんも何も言わず、するりとその名前を受け止めていた。


降谷さんが仕事以外で女の人の名前を出すのを初めて聞いた私は、思わずおにぎりを食べていた手が止まる。


そのとき、机の上に置いていた降谷さんの携帯が鳴る。


缶コーヒーを置き、携帯を手に取った降谷さんはそのまま立ち上がり部屋を出ていった。


風見さんと二人きりになり、少しだけ緊張がほぐれた私は彼に尋ねた。


「さっき話してたなまえさんってどなたですか?」
「降谷さんの恋人だよ。隠してはいないらしいし聞いたことはないか?」


さらりとそう告げた風見さんの言葉を脳みそが上手く処理してくれない。


降谷さんに恋人?
あの人は仕事が恋人な人だと思っていた私は驚きを隠すことが出来なかった。


同時に込み上げてくるのは真っ黒でモヤモヤとしたなんとも形容し難い感情。


「・・・・・風見さんは会ったことあるんですか?その人に」
「あぁ。何度かな」
「どんな人なんですか?降谷さんとその人って捜査の一環とかじゃなくて、普通に付き合ってるんですよね?」
「彼女は一般人だしな。優しくて強い女性だと思うよ。降谷さんが選ぶだけのことはある人だ」


その人を思い出しているのか、風見さんの雰囲気が和らぐ。


一般人。

それを聞いて一番に浮かんだのは、『なんで?』という感情。


あの人の隣に並ぶ人が普通の人なんてありえない。


それなら私の方が・・・・・っ、


そこまで考えた時、電話を終えた降谷さんが戻ってくる。


首をポキポキと鳴らすと再びパソコンに向き合う彼。真剣なその横顔はやっぱり凡人に手が届くものではなくて。


それから一時間ほどがたった頃。



「二人ともそろそろ帰るんだ。あとは纏めて僕の方で明日やっておく」
「ですが、」
「風見。いつも言っているだろ、健康管理も仕事のうちだ。まとまった休みを取るとはいっても連絡がとれなくなるわけじゃない。睡眠時間を削ってまで無理しなくていい」
「降谷さん・・・」

風見さんがここ数日無理をしていることに気付いていたんだろう。ぽんっと彼の肩を叩くと、椅子にかけていたジャケットを羽織る降谷さん。


彼の視線が私の方に向けられる。


「風見は車だろ?……は終電もうないんじゃないか?」
「あ、はい。でもタクシー捕まえて帰るので大丈夫です」

時計を見ると十二時を少し過ぎたところ。

残業をすると決めた時点で終電に乗ることを諦めてタクシーで帰るつもりだった私。


「送る。たしか米花駅の近くだったろ?帰る方面は同じだし」
「それなら私が……を送りま・・・「君は早く帰って寝ろ。その目の下のクマをどうにかするのが先だ」

慌ててそう言った風見さんの言葉をぴしゃりと遮る降谷さん。そこに滲むのは彼への優しさで。

風見さんだってそれが分からないわけじゃない。少しの沈黙の後、分かりましたと答える。



「……もそれでかまわないか?」
「っ、はい!ありがとうございます」

手間をかけてしまうことへの申し訳なさ以上に思いがけず二人でいられることへの嬉しさが勝った私の声は思わず上擦る。


降谷さんによく似合う真っ白な彼の愛車。風見さんと三人で乗ったことはあっても、二人きりは初めてで自然と心臓の音がはやくなる。


助手席と運転席の距離ってこんなに近かったっけ。


ハンドルを握る彼の横顔を盗み聞みながらそんなことを考えていると、赤信号で止まった車。

手が届くその距離にいるのに、彼の存在は随分と遠い。



「降谷さんって彼女いたんですね」
「ん?あぁ、風見から聞いたのか?」
「少しだけ。なんだか意外でびっくりしました」
「ははっ、僕に恋人がいるのがか?」
「降谷さんが恋愛するイメージがあまりなくて・・・。どんな人なんですか?その彼女さんって」
「そうだな・・・・・・、普通の人だよ」


突然そんな話を振った私に嫌な顔をするどころか、楽しげに笑う降谷さん。

いつもより柔らかなその空気は、私には居心地の悪さを少しだけ感じさせるもの。


決して私といるからじゃない。
その彼女を思い浮かべているからこそのものだと分かるから。


多くは語らない。その短い言葉からでも伝わる彼女への深い愛情に、ぎゅっと胸の奥が締め付けられる。


「・・・・・素敵な人なんですね」
「あぁ」

優しく下がった目尻。その横顔を見ているのが苦しくて、私は窓の外に視線を向けた。

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