▽ ひとりの朝
────ピピピピ、ピピピピ・・・・・・
「・・・もう朝か・・・・・・」
まだ少しだるさの残る体を起こし、いつものように布団をかけ直そうとしてふと隣に誰もいないことを思い出す。
つい癖でベッドの左半分だけで寝てしまったこと、布団をかけ直してやる相手がもういないこと。
自分の行動の端々になまえの存在が色濃く残っているようで、思わず苦笑いがこぼれる。
「何やってるんだ、俺は・・・」
彼女はもうここにはいないんだった。
*
自分で食事を用意するのは久しぶりだった。
なまえはいつも俺の食事を用意してくれていた。
どんなに朝早くても彼女は、文句ひとつ言わずに俺と同じ時間に起き一緒に食事をとった。
「俺に合わせて起きなくてもいいんだぞ?」「私が起きたくて起きてるからいいの」「なまえも仕事があるのに大変だろ」「零と一緒にいれる貴重な時間だもん。大変じゃないよ」疲れていないわけないのに。
あいつはいつも笑っていた。
「・・・・・・なんだか不味いな」
久しぶりに自分で作った朝食は、どこか味気なく美味しいとは思えなかった。
*
人間という生き物は、時間と共にその環境に順応していく生き物らしい。
その言葉はきっと本当だろう。
今までもそうだった。
時が流れるにつれて全てを美化して忘れさせてくれる。
人間の記憶なんて曖昧なものだ。
夜遅くに帰ってきて彼女がいないことも、
一人でこの大きなベッドで眠ることも、
朝起きて一人で朝食をとることも、
いってらっしゃいと送り出してくれる声がないことも、
おかえりと迎えてくれる笑顔がないことも、
あと何日経てば慣れるんだろうか。
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