▽ 傷付けたとしても
言葉が出なかった。
彼女は今までどれだけの言葉を飲み込んできたんだろう。
淋しいの一言すら言わなかった。
たった二時間、あそこでなまえを待っていた俺とは比べ物にならないであろうその気持ちになんで気付いてやれなかったんだ。
「零が仕事のことを大切に思ってるのは知ってるの。だからそれを否定するようなことは言いたくない・・・」
そうなる前に別れを選んだということか・・・?
そんなの・・・・・・、
「・・・・・・認めない」
「・・・零・・・?」
「そんなの認めない。淋しいならそう言ってくれたらいい!我儘のひとつやふたつ言われたくらいで俺は揺らいだりしない!」
「・・・っ・・・!」
確かにすべてを叶えてやることは出来ないだろう。
けれどその気持ちを一人で抱えさせるよりマシだ。
例え喧嘩になったとしても、それは隣にいるからできること・・・・・・。
一緒にいなければそれすらもう出来ないんだ・・・。
声を荒らげた俺に驚き、目を見開くなまえの腕を掴み引き寄せる。
「・・・・・・俺にはなまえが必要なんだ・・・」
部屋で抱き寄せたときとは違って、振り払われることのない腕。
もっと彼女の体温を感じたくて、そっと首筋に顔を埋める。
「・・・私は・・・」
「・・・傷つけないなんて約束は出来ない。淋しい思いもさせると思う・・・」
「・・・・・・」
「それでも・・・・・・、なまえにはあの家で俺を待っててほしいんだ」
彼女の肩が震えているのがわかる。
ああ、俺はまた泣かせてしまったんだろうか。
少し身体を離してなまえの表情を見ると、やっぱり大粒の涙をこぼしている。
そっとその涙を手で拭うと、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめる。
「好きなんだ。なまえ以外なんて考えられない」
「・・・っ・・・!・・・めて・・・だ・・・っ・・・ね」
「ん?」
嗚咽を漏らしながら涙を流すなまえの言葉がうまく聞き取れず、口元に耳を寄せる。
「はじめて・・・好きって言って・・・っ・・・くれたね・・・」
「・・・・・・言ったことなかったか?」
「・・・っ・・・なかったよ!・・・っ馬鹿!」
やっと笑顔が見れた。
涙でボロボロになって表情に、少し笑顔を浮かべる彼女。
「好きだよ。・・・・・・なまえは?」
「・・・私も・・・っ・・・好きだよ・・・」
そう言うと俺の胸に身体を預ける彼女。
そっと抱き締めると、同じく背中に回される腕に言葉で表現できないほどの幸せを感じる。
「・・・・・一緒に帰ろう」
「・・・っ・・・うん!」
Fin
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