▽ I want to see you
「・・・・・・焦げた」
目の前にはクッキー・・・・・・、になるはずだった黒い塊。
ひと口食べてみるも、やっぱり美味しくはない。
「食べられないってほどじゃないけど・・・・・・まずい」
これだからお菓子作りなんて繊細な作業は嫌いだ。
*
自分の心が決まってからの日々は、不思議と穏やかでいられた。
これからの未来に対する恐怖より、この生活を記憶に残しておきたい・・・・・・。
きっともうこれが最後だから。
*
捨てようと思っていたクッキーを口に運んだ彼。
「美味しくないでしょ?」
「・・・・・・苦いです」
「だから言ったじゃない」
「嘘です、美味しいですよ」
笑いながらまたクッキーに手伸ばす。
嘘つき。
彼と出会ってから涙腺が緩くなってしまった。
この人が笑う度に泣きたくなるのは何故だろう・・・・・・。
*
どんなにきて欲しくないと願ったところで、約束の日はやってくる。
「約束は明日までだ」
「ええ、わかってるわ」
ジンからの電話で夢のような時間が終わる。
扉一枚挟んだ向こうにいる彼と過ごすのは今日で最後だ。
「淋しいな・・・・・・」
そんな思考を振り払うように携帯を手に取ると、ベルモットに電話をかける。
「何かしら?」
「ねぇ、ベルモット。お願いがあるの」
「・・・・・・ふっ、ジンに嫌味を言われるようなことは嫌よ」
「最初で最後よ。お願い」
最初はいつもの調子で笑っていた彼女だが、真剣な私の声に笑うのをやめる。
「・・・はぁ・・・、内容によるわ」
「ありがとう」
準備はできた。これでいい。
*
「ねぇ、バーボン。気をつけてね」
翌朝、部屋を出ていく彼に思わずそう呟いてしまう。
これで彼を見送るのは最後だ。
どうか・・・、どうか・・・、
この人の進む未来が少しでも明るいものでありますように・・・・・・。
彼の事情なんて私は知らない。
けれどこの組織に馴染むような人ではない。
あの黒髪の彼と同じ立場なら・・・・・・、ジンが彼を許すとは思えなかった。
「もっと私に力があればよかったのに」
結局私は、いつだって無力だ。
彼への手紙を書きながら頬を涙がつたう。
私の事は忘れてください。
(忘れないで)助けようなんて思わないで。
(・・・・・・助けて)書き終えた手紙を本に挟みソファの隅に置く。
「さよなら・・・・・・」
私は一ヶ月間過ごした部屋をあとにした。
(貴方に逢いたい)
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