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▽ 残り香にキミを想う



あの日以来ナマエとの間で、ジンの話題が出ることはなかった。


この生活がいつまで続くか分からない。ある日ジンが彼女を連れ帰ってしまうかもしれない・・・、そうなったら今の俺にはどうすることも出来ない。

何かいい方法はないかと考える反面、以前のように夜中に取り乱すことはなく、身体の傷も日に日に薄くなっているナマエを見ていると、これ以上踏み込めない自分がいるもの事実だった。


───・・・気が付けば彼女との共同生活が始まって、1ヶ月が経とうとしていた。



その瞬間は突然だった。


「どういう事ですか?!」
「大きな声を出さないでちょうだい」

今日の任務はバーボンとして、ベルモットの補佐だった。任務は何の問題もなく終わり、帰りの車の中で俺は思わず声を荒らげていた。


「だからさっきジンから連絡があったの。ナマエのこと連れて帰ったって」
「・・・なっ・・・」


今朝いつも通りに見送ってくれた彼女の姿を思い出す。


「いってらっしゃい」
「はい、いってきます」
「ねぇ、バーボン。気をつけてね」


思い返せば、別れ際のナマエはいつもより少し元気がなかったように思えた。

なんであの時に聞かなかったんだ・・・・・・、今更どうすることも出来ない後悔が俺を襲う。




ベルモットを送り届けた俺は、その足でセーフハウスへと向かった。

ナマエのいた部屋を開ける。
物音ひとつせず、しんと静まり返った部屋はそこに彼女がいないことを物語っていた。


「・・・・・・っ!なんだよそれ!!!」

苛立ちから思いきり壁を殴る。


「・・・何もできなかったのか・・・、俺は・・・」

どうにかしてやりたい。その気持ちだけで、実際に彼女を助けてやることができなかった。

今すぐにジンの所へ行きナマエを取り戻したい気持ちと、潜入捜査中という立場の板挟みで俺は動くことができなかった。


・・・・・・俺ひとりの勝手で、今までの潜入捜査の全てを無駄にするわけにはいかない。

やるせない思いが、心に重くのしかかる。


ふと主をなくしたソファに目を向ける。


「あれは・・・・・・」

ソファの肘置きの間に隠すように置かれた本に目が止まる。あの本はいつもナマエが読んでいた本だ。

ソファに近づき、その本を手にとる。パラパラとページをめくると、間に1枚の手紙が挟まれていることに気づく。



手紙を読み終えた俺は、その場に立ち尽くしていた。

出会ってからから今日まで、俺は彼女を理解することが出来なかった・・・・・・。


彼女への気持ちの名前なんて分からない。けれど間違いなくここで過ごした日々は、いつの間にか俺にとって大切なものになっていた。


そんな思いを伝えることはもうできない。


さようならさえ言えずにいなくなった彼女に、思いを馳せながら俺は部屋をあとにした。


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