純白のゼラニウムを貴方に | ナノ
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▽ 菫



新品の紺色のブレザー。同じく紺チェック
のスカートはばっさりと膝上で切ってもらった。淡いグレーのカーディガンに、緩く結んだ真っ赤なネクタイ。


丁寧巻いた長い髪。中学の頃よりも少しだけ濃い化粧のおかげで、いつもよりキラキラと輝く目元と淡いピンクの唇は文句なしに可愛い。


××高校の校則が緩くてよかったなぁ、なんて思いながら学校に向かう。


クラス分けが張り出されている中庭の掲示板には、人集りができていた。


小さくはないど別に背が高いわけでもない私は、その人混みのせいでなかなかそのクラス表を見ることができずにいた。


「あ、なまえ!おはよ〜」
「・・・・・・げ、」

少し後ろから聞こえてきた聞き慣れた声。

気安く名前を呼んでくる萩原をキリッと睨むと、いつも通り笑って松田に近付く。


中学までとは違う制服が新鮮だった。


ん?松田が私を見て「げ、」って言ったこと?
そんなのいちいち気にしてたらキリないじゃん。

松田が私のこと好きじゃないのなんて、ずっとずっと昔から分かってることだもん。


「クラス分けもう見た?」
「まだ。てか萩原背高いんだから丁度いいじゃん。私と松田のクラス見てよ!」
「おう、任せろ」

萩原は少し背伸びをしてクラス表を見る。私達の名前を見つけたんだろう。面白くて堪らない、そんな顔に嫌な予感がした。


「陣平ちゃんは2組、なまえは5組」
「・・・・・・はぁ、一安心」
「嘘!無理!隣ですらないじゃん!!絶対無理!!!!」
「ちなみに俺は5組でした〜」
「っ、はぁ?!何で?今すぐ松田と変わってよ!!」
「みょうじ、声デケェ。周りの奴らみんな見てるからちょっと黙れって」
「黙れるわけないじゃん!松田と別のクラスとか無理!!死ぬ!!!」
「んなことで死ぬかよ」


松田とクラスが離れた。しかもよりにもよって萩原と同じクラス。


最悪だ。

せっかく可愛くしてきたのに・・・・・・。


がっくりと肩を落とした私にチラチラと向けられる視線。


興味、好意、羨望、嫉妬。

色んな感情が入り混じったそれはもう慣れたもの。


「じゃあクラスも分かったし行こうぜ。なまえは俺とこっち〜」
「っ、離して!松田!私休み時間の度に会いに行くから!教室にいてね!絶対だよ!!」
「・・・・・・うるせぇ、まじで」


ずるずると萩原に腕を引っ張られる私を呆れたように見る松田。


5組の教室に入ると、ぱっと視線が私(と萩原)に集まる。


こいつといると無駄に目立つから嫌い。

神様の悪戯はまだまだ続くようで、萩原の席はまさかの私の隣。恨むよ、神様・・・・・。


「そんな不貞腐れた顔すんなって。いいこと教えてやるから」
「・・・・・・いいこと?」
「窓の外見てみ?」

萩原の言葉に従って窓の外を見る。


「っ、!!」

L字型になっているこの高校の校舎。私の座る席の窓からちょうど真っ直ぐ前を見ると2組の教室が見えた。


「な?いいこと、だったろ?」

肘をつきながら、にっと笑う萩原。今回ばかりは彼に感謝してもいいかもしれない。1ミリくらいだけだけど。



私は2組の窓際に松田の姿を見つけると、勢いよく窓を開けた。


大きく息を吸い込んだ私を見て、次の行動を察したらしい萩原は堪えきれないように吹き出した。


「松田ーーー!!!!!!」

大声で叫ぶと、ぎょっとしたようにこちらを見る松田。その姿がなんだか可愛くて、自然と頬が緩む。


ぶんぶんと手を振ってみるけど、もちろん松田が返事をしてくれるわけもない。聞こえないふりをしてそのまま机に突っ伏した。


「あはは!まじで面白い!最高だわ、なまえ」
「萩原に笑われるの何かムカつくんだけど」

ジト目で睨んでみても萩原は笑うのをやめない。やっぱこいつ嫌いだ。


ここに入学した時から私という存在が目立っていたことは分かっていた。


そんな私の突拍子もない行動は、入学式が終わる頃には全校生徒に伝わっていた。






何もしなくても私の地位は確立される。


それは小学校でも中学校でも、そして高校でも同じことだった。


「なまえちゃんのネイル可愛いね」
「その化粧品どこのやつ?」
「髪サラサラだよね、美容院どこ行ってるの?」

授業が早く終わり、先生が出ていくと休憩のチャイムが鳴る前だというのに私の周りに集まる女子生徒。

中学の頃より垢抜けた人が多いとはいえ、私より可愛い人なんていない。


ネイルも化粧品も美容院も、真似たところで私にはなれないのに馬鹿みたい。


内心そんなことを思いながらも、さすがに処世術とやらを少しは覚えた私はそれを口にすることはなかった。


「なまえちゃんって2組の松田と付き合ってるの?」

1人の女がずっと聞きたくて仕方なかったというように、そう尋ねると他の生徒の視線も一気に集まる。


入学式の日のあの行動に、休み時間の度に松田に会いに行く私の行動を見ていればそう思うのも無理はないだろう。


「なまえの片想いだよねぇ。もう9年目突入だっけ」

するり、と後ろから私の肩に回された腕と憎らしいその声に思わず斜め上を睨む。


「っ、萩原くん・・・!」

なんで萩原相手に頬赤らめてんの、コイツら。目おかしいんじゃないの?


萩原の登場にざわざわと色めきたつ彼女達を横目に、肩に回されていた腕を払う。


「9年!小学生の頃からってこと?」
「すごいなぁ。一途なんだね」

キラキラとした眼差しで私を見る彼女達。持て囃しながらもその瞳の奥に見え隠れするのは、私への哀れみともいえるようなもの。


そんなに昔から好きなのに報われないなんて可哀想。


なまえちゃんなら他にもいい人いるのになんで松田なの?


何度言われたか分からないその言葉。思い出すだけでムカつく。


てかそんな簡単に好きって気持ちって消せるものなの?好きになってもらえないから、はい次!ってそんな風に切り替えれる方が信じられない。


「でもそれだけ好きでいても報われないなら、相手の幸せを願って身を引くのも1つの愛情なんじゃないのかな?応えられない好意ってすごく負担で迷惑になると思うし」

1人の女がぽつりとそう呟く。




・・・・・それは私が1番大嫌いな言葉。



「相手の幸せって何?自分の幸せ考えられない奴が、他人の幸せなんて本気で願えるわけないじゃん」
「っ、なまえちゃん?」
「身を引くのが愛情とか聞いてるだけで吐き気する。私は自分の幸せが大事。相手の幸せ願うなんて逃げ≠フ言い訳・・・・・っ、・・・「なまえ、ストップ。その辺にしとこっか」


私の地雷を踏んだ女を詰めるように捲し立てていた私の言葉を、いつも通り飄々とした口調で遮ったのは萩原だった。


「まぁ色んな考え方があるからね。俺は一途なことはいい事だと思うよ」
「う、うん!そうだよね!素敵だと思う!」
「いつか絶対気持ち通じるよ!」


うるさい、黙れ。アンタ達に何が分かるの。
萩原はともかく、何も知らない他の女の言葉なんて果てしなく薄っぺらくて虫唾が走る。


そのとき、キンコンカンコンと鈍いチャイムの音が教室に響く。



「・・・・・・松田のとこ行ってくる」
「あ、陣平ちゃんに今日俺用事あるから先帰るって伝えといて!」

すくり、と立ち上がった私の背中に声をかける萩原。それに返事をすることなく、私は廊下を走った。


松田の顔が見たいと思った。

どうせいつもみたいに嫌な顔をするに決まってる。

私が会いに行く度に、松田は面倒くさそうに眉を顰めるから。


笑ってくれなくてもいい。ただ会いたい。


さっきの女の言葉が嫌でも頭の中で木霊する。

私の気持ちが松田の迷惑?負担になってる?・・・・・・そんなこと、私が誰より分かってる。


千速さんに向けるような優しい目では私のことを見てくれない。しつこく付き纏っていたせいで、あいつにとって私の存在は今ではきっとクラスの女子以下だろう。


それでも離れたくない。・・・・・・仕方ないじゃん、好きなんだもん。


冷たくされても、突き放されても、その気持ちは消えてくれないんだから。


その一心で私は2組までの廊下を走った。


いつもは勢いよく開ける2組の扉に手をかけると、らしくもなくその手は小さく震えていた。


拒絶≠ノ慣れるなんてない。

ただ慣れたふり、何でもないふり、気にしていないふりが上手くなっただけのこと。


私は小さく息を吐くと、そのまま勢いよく扉を開けた。


「松田!!今日の放課後一緒に帰ろー!」

教室にいた生徒の視線が突き刺さる。


「みょうじさん、ホント毎日松田に会いにくるよね」
「可愛いのになんか可哀想だよね、全然相手にされてないの」
「俺だったらすぐ付き合うのに〜」


うるさいうるさいうるさい。
いつもなら聞き流せる雑音が今日に限って胸にぐさぐさと刺さる。


今日もきっと松田はまた面倒臭そうにため息をつきながら、早く自分のクラスに帰れって顔を顰めるんだろう。


廊下に近い席に座っていた松田とばちりと視線が交わる。


ほら、やっぱり。
ぴくりと片方の眉を上げながら、眉間に皺を寄せる松田。

外野の雑音なんかより、その仕草は私の心を抉る。


「松田〜、その気ないならちゃんと振ってやれよー!なまえちゃんが可哀想だろ〜」
「そうだそうだ〜!」

周りの男子生徒が野次を飛ばす。

誰だよ、お前ら。勝手に名前で呼ぶな、気持ち悪い。

萩原に呼ばれることすらムカつくのに、顔も知らない奴に名前で呼ばれるなんて気持ち悪い以外の何物でもない。


私が言い返そうと口を開きかけたそのとき、耳に飛び込んできたのは松田の苛立った声だった。


「お前らうるせェよ。関係ねぇだろ」

普段はあんな戯言受け流すくせに。なんで今日に限ってそんなふうに言い返すの・・・?


「・・・・・お前、なんかあった?元気なくね?」
「っ、」


松田の馬鹿、アホ、鈍感、間抜け。

思いつく限りのそんな言葉を今すぐぶつけてやりたかった。


なんで、


なんで・・・・・・、


なんで気付くの・・・?私の事なんか見てないくせに。


「何もない。ただ松田に会いたかっただけ」
「ふーん。何もないならいいけど。てか早く教室戻れよ、チャイム鳴るぞ」

たった10分の休憩時間。
松田の言う通り、残り時間は3分程度。


「萩原が今日は一緒に帰れないって、伝えてって言ってた」
「ん、分かった」
「1人で帰るなら一緒に帰ろ?途中まででいいから!・・・・・・ダメ?」

松田の腕を掴みながらしつこく頼み込む。


惨め、なんて誰かが呟いたような気がした。


そんなの言われなくても分かってるってば。


「・・・・・・分かったよ。放課後、下駄箱で待っててやるからとりあえず教室戻れ」
「っ?!ホント?!絶対だよ!約束だからね!」
「へいへい。まじ声デケェって」
「ありがと!松田大好き!」

沈んでいた気持ちが一気に晴れる。外野の戯言なんて気にならない。惨めでもなんでも、松田の隣を手に入れられたらそれでいい。


教室に戻る足は、行きとは違って軽いものだった。

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