純白のゼラニウムを貴方に | ナノ
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▽ シュウカイドウ


あの日から私はずっと松田の背中を追いかけていた。


だからこそ知っていた。
彼が私になんて少しも興味がないってことを。


「おはよ!昨日の宿題難しかったよね」
「次のグループワーク一緒の班にならない?」
「放課後、一緒に図書室で勉強しよ!」
「今日の給食のデザート好きって言ってたよね、あげる!」


・・・・・・・・・えとせとら、えとせとら。


思い出せばキリがない。
あの日から私はことある事に松田に絡むようになった。


松田は他の男子とは違って、私が話しかけても喜ばない。頬を染めないし、他の女子と話すのと大差ない対応しかしてこない。


それどころか「俺の周りちょろちょろすんな、鬱陶しい」なんて、ばっさり言われたこともあったっけ。


なんで?私が声掛けてるのに。

数キロ先まで伸びていたであろう私の鼻は、彼によっていとも簡単にポキリと折られてしまった。


「ねぇ、みょうじって陣平ちゃんのこと好きなの?」

いつも松田の隣にいた萩原にそう聞かれたのは、たしか小学校を卒業する少し前だった気がする。放課後、日誌を書いていた私の前に萩原が腰掛けた。


「だったら何?萩原に関係ないでしょ」
「相変わらず冷たいなぁ。せっかくいいこと教えてあげようと思ったのに」
「いいこと?」
「陣平ちゃんの好きな人、知りたくない?」


その頃、私が松田を好きということは周知の事実となっていた。

それもそうだろう。誰が見ても分かるほど、私は露骨に彼に好意を示していたし、好きだと伝えたことも何度もあったから。


私は萩原のその言葉にガタリ、と椅子から立ち上がる。


「っ、誰?この学校?」
「んーん、隣の中学」
「・・・・・年上なんだ」

松田って年上好きなんだ。

チクリ、と痛む胸の奥。
それを萩原に悟られるのは悔しくて、ぐっと下唇を噛み締めどうにか堪える。



「俺の姉ちゃんなんだよね、その人」


時が止まる。

目の前の男は、声色ひとつ変えずにそう言った。


「・・・・・・萩原のお姉さん、?」
「そう。2つ上の俺の姉貴。ガキの頃からずっと陣平ちゃんは姉貴に惚れてる」
「・・・っ、」
「一目惚れらしいよ。まぁ俺に似て美人だしなぁ。あ、俺が姉貴に似てんのか」


萩原の言葉がうまく耳に入ってこない。


萩原の姉の存在は、私でも聞いたことがあった。萩原と似た整った容姿、サバサバとしたその性格。同じ学区だから見かけたこともあったけど、たしかに綺麗な人だとは思った。


そんな人が松田の好きな人・・・・・・。


「みょうじ?大丈夫?聞こえてる?」

ひらひらと私の顔の前で手を振る萩原。


うるさいうるさいうるさい。
そんな話聞きたくない。


私は涙が溢れそうなのを堪え、キッと萩原を睨む。


「っ、だとしても私には関係ない!子供の頃の初恋なんて、叶いっこないんだから!」
「わお、盛大なブーメラン」
「〜〜っ!萩原なんか大嫌い!!!」


飄々としているこの男のことは元々嫌いだった。性格が元々合わないんだろう。それに加えていつも松田の隣にいることも気に食わない。


そして今日、こいつの嫌いなところがひとつ増えた。


松田が好きだという女の人によく似たその顔。


・・・・・・萩原なんか大嫌いだ。





月日が流れるなんてあっという間。


小学校を卒業した私達は中学生になった。

クラス発表の前日、神社で“松田と同じクラスになれますように”とお祈りした効果なのか、見事に同じクラスになれた私は朝からルンルン気分だった。



「松田!今日の放課後時間ない?駅前にできた新しいカフェ一緒に行かないかなーって」
「行かねぇ。何でいつも俺の事誘うんだよ、他の奴と行けばいいだろ」

松田はぴしゃりと私の提案を跳ね除けると、机に突っ伏して寝始める。


昼休み、教室に残っていた数人の生徒からチラチラと向けられるのは、私に対する哀れみのような視線。


「みょうじさんからの誘い断るとか勿体ねぇ・・・」
「なまえちゃんってホント松田のこと好きだよね」
「あんだけ突っぱねられても声掛けれるなんてメンタル強すぎ」


おいコラ、最後の一言言った奴誰だよ。
イラつきを隠す事なく周りにひと睨みすると、そそくさと視線をそらされる。



・・・・・・相手にされていないことなんて、私が1番分かってるっての。

ちくり、と胸の奥が痛むような気がした。



「じゃあ俺と行く?」
「死んでも嫌!萩原と行くくらいなら帰って勉強する方がマシ!」
「あはは!相変わらずひでぇなぁ」


神様。松田と同じクラスがいいとはお願いしたけど、この男まで一緒にして欲しいなんて頼んでないです。


心の中で神様への恨み言をぶつくさと吐きながら、ふと窓から見える中庭に視線を向けた。


「っ、」
「姉貴の奴、また告られてんのか」

そんな私の視線に気付いた萩原は、同じく窓の外を見ながら感心したように呟く。


ガタリ、とその言葉に反応したのはさっきまで机に伏せて私との会話なんて放棄していた松田だった。


「誰だよ、あのチャラチャラした男」
「バスケ部のキャプテンじゃなかったっけ、あれ」
「っ、距離近すぎだろ!アイツ!!」

萩原のお姉さん、千速さんにその男の手が触れた瞬間、露骨に怒りを露わにする松田。


その姿にキリキリと音を立てて締め付けられる心臓。見たくない、そう思うのに視線を逸らすことが出来なくて。


「姉貴のタイプじゃないから大丈夫だろ。あ、ほらな」

萩原の言う通り、その男の手をパンっと払うとそのまま踵を返して校舎に戻っていく千速さん。


松田はそれを見てほっとしたような顔を見せる。中学に上がってから、こんな気持ちになるのはもう何度目なんだろう。


千速さんが告白されてるのを見ると松田は怒る。彼女が楽しげに男子と話していたら不貞腐れる。その目はいつもあの人を追いかけていた。


きっと私は誰より松田のことを見てきたと思う。だからこそ彼の視線の先に誰がいるかなんて、この学校の誰より分かっていて。その度に性懲りもなく傷付くんだから、我ながら馬鹿だと思う。


途中から数えるのをやめてしまったから分からないけど、少なくとも両手に収まる回数ではないはずだ。


私が告白されてるところに松田がたまたま居合わせたときなんて、「あ、悪い。邪魔したな」って顔色ひとつ変えずに背中を向けたくせに。



「私の方が好きなのに」

不貞腐れたように無意識に呟いた私の言葉は、しっかりと松田の耳にも届いたようだった。


こういう時に限ってお喋りな萩原は、携帯を触ったまま会話に加わろうとはしない。



「・・・はぁ、何回も言ったろ。俺はみょうじのこと好きじゃねぇって。だからいい加減諦めろよ」

怒るわけでも、声を荒げるわけでもない。

ただ淡々と事実を語る。


いくら松田が鈍感とはいっても、さすがに私の気持ちに気付かないほど鈍くはない。


好き≠フ反対は嫌い=H

ううん、違う。

好き≠フ反対は無関心=B


松田にとって私は、嫌い∴ネ下の存在だった。



好きだ≠ニ伝えても彼は顔色ひとつ変えない。


その度に返ってくる言葉は同じ。

「ごめん」
「みょうじのこと、そういう風に見たことない」
「邪魔だから付き纏うな」
「いい加減他の男探せよ」
「俺の周りちょろちょろすんな、鬱陶しい」



あれ?なんか回を重ねる事に酷くなってない?

その事実にまたぐさり、と胸に何かが突き刺さる。


年上が好きだという松田の好みになろうと、必死に背伸びをしてきた。


親からのお小遣いは全て美容やお洒落に使った。2週間に1回は美容院でトリートメントをしてもらっているサラサラの髪の毛。背伸びして覚えた化粧。スタイル維持の為の毎晩のランニングに食事制限。


全部、全部、全部、松田の目に止まりたい。ただその一心だった。


そのおかげか、街でナンパされることもスカウトされることも増えた。知らない学校の奴が校門で待ってて告白されたことも何度もあった。同じ学校の男子からは、高嶺の花≠ネんて言われていることも知っていた。


けど肝心の松田の目が追いかけるのは、化粧っ気なんてなくてすらりと背の高いあの人で。てかすっぴんなのに美人ってムカつく。嫌いだ。



「いい加減に諦めたらいいのに」

いつの間にか夢の世界に旅立った松田の隣で、携帯を触ることをやめた萩原が私を見た。


あの人と似たような顔で私のこと見んな、バカ。


「うるさい。萩原に関係ないでしょ。てかその顔で見んな」
「ははっ、口悪ぃなぁ。黙ってれば可愛いのに」

私の悪態なんて気にもとめない萩原から、ふんっ!と顔を背けて前髪のかかる松田の横顔を見る。

机に伏せているせいで閉じた目元が少しだけしか見えない。それでも心臓はどくん、どくん、と早鐘を打つ。


小学生の頃は私より小さかったくせに、いつの間にか抜かされた身長。昔はしょっちゅう誰かと喧嘩して傷を作ってたその顔は少しだけ大人びた気がする。私とは違う節のある男の人の手。


色んなものが変わっていく中で、松田の想い人だけは月日が流れても変わらなかった。

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