純白のゼラニウムを貴方に | ナノ
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▽ 銀木犀



私には好きな人がいる。



「ずっと可愛いなって思ってて・・・。俺と付き合ってもらえないかな?」


もちろん、その相手は今私の前で照れくさそうに頬を赤く染めながら頭を下げる彼・・・・・・ではない!!!!


てか、誰?この人。

スリッパの色が緑だから、多分3年生なんだろう。


うちの中学は学年によってスリッパの色が違う。1年は赤、2年は黄土色、3年は緑。てか黄土色ってダサすぎよね、と自分の足元を見て改めて思う。


「ダメ、かな?」
「好きじゃないから無理です」
「っ、そっか。じゃあまずは友達からってことでさ、ね?」


・・・・・・しつこい男は嫌われるって小学校で習わなかったのかな、この人。

はっきりとそう言った私にまだ食い下がってくる目の前の名前も知らない彼。


だいたい私が呼び出されてここまで来ただけでも褒めて欲しいものだ。


遠くでチャイムが聞こえる。


「チャイム鳴りましたよ。先輩戻らなくていいんですか?」
「あ、やべ。とりあえずまた声掛けるからよかったら仲良くしてよ、友達としてさ!」


爽やか≠人間にしたらあんな感じなのかな。

フラれた直後だというのに、人当たりのいい笑顔でひらひらと手を振り校舎に戻っていく彼の背中を見てため息をついた。


「・・・・・・鬱陶しいな」
「ぷはっ!ひでぇ女だなぁ」

ぽつりと呟いた本音。ちょうど死角になっていた木の影から聞こえてきた笑い声。


聞き覚えのあるその声にぴきり、と眉間に皺がよる。


「萩原だってこの前女の子振ってたじゃん」
「俺は鬱陶しいなんて言わないもん」
「言わないだけで思ってるくせに」


萩原研二。
小学校から何故か同じクラスになることが多くて、気がつけば中学2年になった今は腐れ縁のような男。


いつもヘラヘラと笑っていて誰にでもいい顔をするいけ好かない奴。




「ホント陣平ちゃん以外の男に冷たいよなぁ、なまえって」
「っ、名前で呼ばないでっていつも言ってるでしょ」
「いいじゃん、別に。減るもんじゃないんだし」
「萩原に呼ばれるくらいなら松田に呼ばれたいの!!!」
「ははっ、俺フラれた?」
「アンタなんか神様に土下座されたって絶対嫌」


べーと、舌を出した私を見て萩原はケラケラと声を上げて笑う。


男なんて嫌い。
面倒臭いし、勝手に好きになってきて断ったらあることないこと吹聴してまわる。


たった一人、松田陣平以外の男なんて私にとって石ころみたいなもんだった。


そして目の前のこいつは、そんな私の好きな人のたった一人の幼馴染み。今日も萩原は、私が大嫌いなその顔で楽しげに笑うのだった。






松田のことを好きになったのは、私が小学2年生の頃。


昔から両親はもちろん、周りの大人達に可愛い、可愛いと持て囃されて育てられた。

私に向けられる可愛い≠ヘ、お世辞でも子供に向ける愛らしいという意味の可愛いでもない。


ホンモノの可愛い。

大きな目に長い睫毛、周りの女の子よりも小さな顔。同じ歳の子達と並ぶと、皆私が1番可愛いと言った。


頭がいい。スポーツができる。背が高い。

人より優れているところなんて皆それぞれあるんだろう。


私の場合は、顔がいい≠アとだった。


それだけでたくさんのことが許された。


小学校に入学してすぐ、私はクラスの女の子と喧嘩になった。理由なんて今考えたらくだらないもの。

私と彼女が図工で書いた絵がよく似ていたことがきっかけだった。

どっちかが真似した、そんな言い合いから派手な喧嘩になった。


「みょうじさんが私の真似したんでしょ!」
「・・・・・・っ、私・・・真似なんかしてない・・・」
「嘘つき!私の方が先に書いてたもん!」

俯きながら小さな声でそう言った私に食ってかかってきた彼女の名前は何だったっけ。あぁ、もう忘れてしまった。

そんな私達に近付いてきた先生。そしてチラチラと見てくるクラスメイト。


「なまえちゃんはそんなことしてないと思います!」

不意に教室に響いたそんな声。それは私とよく一緒に帰っていた女の子のもの。

「そーだよ!みょうじがなんでお前の絵パクるんだよ」
「言いがかり、ってやつだよ!」

そんな彼女に同調するクラスメイト達。どんどんとその声は大きくなり、私を責めていた女の子の声が小さくなる。


「なまえちゃんが可愛くて人気者だからって真似しちゃダメなんだよ」

それは正論ぶった凶器みたいな言葉。


私は俯いたままその言葉を黙って聞いていた。


「・・・・・・違・・・っ・・・、」
「皆静かに!みょうじさんがしてないって言うなら先生はそれを信じるから、ね。田中さんもお友達とは仲良くしなきゃダメよ?」


そうだ、田中さんだ。
ふと思い出したかつての同級生の名前。


クラスの皆も、先生も、私の味方だった。


可愛い≠ゥら許される。

それを実感するには十分すぎる出来事だった。


だって、絵を真似したのは私だったもん。

それでも責められたのは、田中さんだったから。


ただ、彼女は私よりも可愛くなかった。
私より大人しくていつも教室の隅で本を読んでいるような子だった。私より、目立つ存在じゃなかった。ただそれだけ。

スクールカーストなんて言葉、その当時は知らなかったけど彼女はそれに当てはめるなら私より下の人間。


学校なんて狭い世界では、そのスクールカーストが全てだった。

先生だってそれによって態度を変える。



私はいつもその頂点にいた。


私のことを嫌いな人もいたと思う。でもそれを口に出すなんてタブーだったから。



「なまえちゃんって可愛いけど性格悪いよね」
「分かる〜!いつも偉そうだし!」
「何様?ってなるよね!あの子といたら目立てるから一緒にいるだけなのに」


私のいない所で繰り広げられるそんな会話。今ならそんな戯言に傷付きはしないだろう。

でもずっと人の悪意になんて触れずに育っていた私に、その言葉は鋭く刺さった。


放課後の教室、扉の前で固まっていた私の隣にひとつの影が立つ。


「・・・・・・っ、」
「何してんの?」

大抵の男子は私と話す時、ヘラヘラと媚びるか頬を赤らめながら揶揄ってくるかの2択だった。でもその影は顔色ひとつ変えず、私の顔を見た。


それが松田だった。


いつも隣にいる萩原はいなくて、松田ひとり。


「でも2組の佐藤くんがなまえちゃんのこと好きらしいよ!」
「えぇー!趣味悪い〜」
「性悪なのバレたらきっと皆に嫌われるよ、あんな子」

ケラケラと響く下卑た笑い声。言い返せない悔しさと自分の弱さに思わずぎゅっと拳を握る。


松田も状況を理解したんだろう。
彼は小さくため息をつくと、勢いよく教室の扉を開けた。



「「っ、!」」

突然の松田の登場に、びくりと肩を震わせた彼女達。それは一瞬のことで、現れたのが私じゃなかったことに安堵の表情を見せた。


松田は何も言わず自分の席に向かい、机の横にかけていたランドセルを手に取った。


「・・・・・・お前らさ、」

教室を出る直前、松田は彼女達の方を振り返った。



「1回鏡見てみろよ。悪口言ってる時の顔、すげぇ不細工だから」
「なっ、」
「なんで松田にそんなこと言われなきゃいけないのよ!」


松田の言葉に顔を赤くしながら言い返す彼女達は、お世辞にも可愛いとは言えない。


「少なくとも今のお前らよりは、性悪って言われてるみょうじの方がマシ」


そう言うと松田は、私に何か言うこともなく隣をすり抜けていく。


小さくなるその背中。教室からは悪口の矛先が変わり、松田のことをあれやこれやと貶す声が聞こえてくる。


でもその時の私の耳にはそんな声は聞こえなくて。


大きく脈打つ心臓。熱を持つ頬。ぴりぴりと震える手。


好きになる理由なんてそれで十分だった。


松田はきっとこの日のことなんて覚えてない。


それでも私は目を閉じれば昨日の事のように思い出すことができるんだ。

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