純白のゼラニウムを貴方に | ナノ
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▽ 薔薇


昨日の松田はやっぱり変だった。


一晩寝ずに考えた結果、私はひとつの結論に至った。


自分にだけ懐いていた犬が他の人にしっぽを振っていたのが気に入らなかった。うん、多分、いや絶対にそう。


嫉妬とはまた違う。ただの独占欲によく似た気持ち。


何となくそんな感じの気持ちだろう。



「そんなこと気にしなくても、松田しか好きじゃないのになぁ」


授業を終え、人が疎らになった中庭のベンチで流れる雲を見上げながらそんなことをぽつりと呟く。




「・・・・・・どうやったら信じてくれるワケ?」


思い出すと、きゅんと胸の奥が締め付けられる。




あんなのまるで、




ホントに好きみたいじゃん。





あー、やめやめ!考えるのやめよ!

私はいい子≠カゃないから。


松田の好きな女の子にはなれない。



諦めるつもりも、他の女に譲るつもりも一切ない。


でも松田に好きになってもらえるような子じゃないのは、誰よりも自分がよく分かっていた。




「私の好きなとこ箇条書きにして、花束持ってプロポーズしてくれたら信じる」


別にあんなの本気で思ったわけじゃない。


ただいつだったか、昔読んだ少女漫画でそんなシーンを見て憧れた気持ちを思い出しただけ。


松田は絶対にそんなことしない。あぁ、でも萩原とかならやりそう。うん、想像できた、うげ。ヒロならそれも絵になるんだろうなぁ。






「・・・・・・おい、」


もはや条件反射といっても過言ではない。

それは私の大好きな人の声。




勢いよく振り返った私の目の前に広がったのは、真っ赤な薔薇。


両手で抱えても溢れそうなそれは、私の視界を埋め尽くす。



ふわり、と鼻を掠める薔薇の香り。



「・・・・・・嘘、」

強いその香りに頭がくらくらする。


だってそうでしょ?有り得ないもん。


ベンチに座る私の前に腰を屈め視線を合わせるのは、間違いなく松田なのに。目の前の光景が現実だって信じることが出来ない。


王子様みたいに跪くなんてするはずもなくて、松田はどこぞのヤンキーみたいに足を広げ屈む。



「馬鹿なとこ」
「・・・・・・?」
「無駄にうるせェとこ。勉強できるくせに頭のネジ飛んでるとこ。自分勝手で我儘なくせに不器用なとこ」
「まつ、だ?」
「どんなに突き放しても、次の日には笑っておはよって駆け寄ってくるとこ」


淡々と言葉を並べる彼。その口調とは裏腹に、いつもより耳が赤い。


人が疎らになったとはいえ、まだ学生が多く残る学内。


私と松田が一緒にいるだけでも好奇の目が集まる。その上こんなに大きな花束を持っていたら、周りからの視線なんて言うまでもない。


それでも松田は、言葉を紡ぐことをやめない。



「何より、誰より、自分の気持ちより、俺のこと優先させるクソ馬鹿なとこ」
「・・・・・・っ、」


ぽたり、と溢れた涙。

涙腺が崩壊したみたいに次から次へと溢れるそれは止まってはくれない。



「松野とのこと、アイツから聞いた」
「・・・・・・?!」
「いっちょ前にあんな嘘ついてんじゃねェよ、バカ」
「だって・・・っ、」
「ンなことで傷つかねェし。ホントのことを分かってくれてる奴が昔も今も俺の近くにはいるから」


こんな風に優しく笑う松田を私は知らない。


くしゃり、と私の髪を撫でる温かい手も。


まるでこんなの・・・・・・、




「結婚はさすがにまだ学生だから無理だけど、お前みたいな我儘な女の面倒みれるのって俺しかいねェから。いつかもらってやるよ」
「・・・・・・ゆ、め?」
「人にこんな小っ恥ずかしいことさせといて、夢になんかしてんじゃねェよ」


頭を撫でていたその手で、むぎゅっと頬を摘まれる。


・・・・・・痛い。
その痛みは間違いなく現実のもの。



「・・・・・・私、いい子じゃないよ?」
「知ってる」
「千速さんみたいな正義感なんてないし、松田以外の人間なんてどうでもいいって思ってる」
「ははっ、たしかに」
「付き合ったら絶対絶対めんどくさいよ?手繋いでデートもしたいし、毎日電話だってかけると思う。他の女に目移りしたらそいつのこと殺しちゃうかも」
「ふっ、さすがにお前のこと犯罪者にさせるワケにはいかねェから目移りなんてできないな」



私の世界の中心。

それはいつだって目の前で笑うこの男だった。




「俺の気持ち、信じてくれたワケ?」


化粧がよれることも気にせず、涙を拭いながらこくこくと頷く。


私の膝の上に置かれた花束。


「・・・・・・二度とこんな恥ずかしいことしねェからな」
「松田が買ったの?」
「当たり前だろ。男1人で花屋とかまじで恥ずかしかったし。ぜってー萩にからかわれるやつだ、これ」


外野達によってきっと明日には噂になって広まるだろう。


そういうの苦手なくせに。



「・・・・・・っ、大好き!!!!好き!世界一、ううん、宇宙一好き!!!!!」
「っ、おわ!急に飛びつくんじゃねェよ!」



花束を隣に置いた私は、そのまま目の前の松田に飛びついた。


勢いよく飛びついたせいで、ぐらりと体勢を崩し尻もちをつく彼。でもしっかりと片手で私のことを受け止めてくれていて、それがまた胸を高鳴らせる。



ぐりぐりとその胸に顔を寄せると、松田の香水と薔薇の香りが入り交じった匂いがした。



突き放されることなく、私の後頭部を撫でる節ばった大きな手。




「・・・・・・・・大好き」


それはもう何度目か分からない告白。


子供の頃からずっとずっと大好きだった人。



「知ってる」

夕陽に照らされたせいなのか、はたまた違う何かなのか。


ふっと口元を緩め笑う松田のオレンジに染まった瞳は、今まで見たどんな彼よりも優しかった。

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