純白のゼラニウムを貴方に | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


▽ ローダンセ


ひらひらと舞う桜の花びら。慣れないスーツ姿で写真を撮る新入生達。


高校生の頃みたいに煩わしい校則に縛られることがない生活。


キラキラとしたその世界に、漠然と憧れていたあの頃が今では懐かしくすら思える。


私が何度も想像したキャンパスライフの隣には、いつも松田がいたから。





「なまえちゃんって萩原くんと同じ高校だったんだよね?」

ある日の大学内なあるカフェで、ぼーっとミルクティーの入ったストローを咥えていた私に向けられた羨望を孕む視線。


大学に入学して1ヶ月。何もしなくても今までと同じで私の周りには人が集まってきた。例えそこに損得勘定が見え隠れしたところで、気にする価値なんてない。オトモダチ≠ヘ多い方が色々と便利なんだから。



今日もそのオトモダチ£Bと他愛もない話をしていると、聞きたくない名前が出てきて思わず顔を顰めた。


「そうだけど、アイツがどうかしたの?」

いつの間にか空になったグラスの中。残っていた氷をくるくるとストローで回しながら問いかける。



「今まで萩原くんが付き合ってきた子ってどんな子だったの?どうやったら仲良くなれるかなぁ」
「話しかけたら答えてくれるけど、いまいち踏み込めないんだよね」
「分かる!いつもふわっとかわされてる感じするよね」


わぁわぁと盛り上がる彼女達。


・・・・・あの男の何がそんなにいいんだか。


たしかに顔の造りがいいのは認める。断じて私のタイプじゃないけど。誰にでもヘラヘラしてて優しくしてる姿を見ると、なんとも言えない嫌悪感が込み上げてくるのは私の性格が悪いから?


私と正反対な萩原の性格。

だから松田は萩原と仲良いのかな、なんてまた頭に浮かんできた松田の顔。



思わずこぼれそうになったため息を飲み込み、彼女達の言葉に耳を傾けた。


「なまえちゃんから今度の飲み会に萩原くん誘ってみてくれないかな?」
「・・・・・・は?」


来週末に予定されていた同じ学部の新入生の飲み会。


てかそもそも私だって参加するなんて言ってないし。


ピキリ、と眉間に皺を寄せた私を見て3人は態とらしく両手を合わせながら頭を下げた。


「「一生のお願い!!」」


絶対に嫌だ。大学に入学してから、アイツの周りにはいつも違う女がうじゃうじゃと群がっていた。

萩原が私に話しかけてくるだけで睨んでくるような連中。直接文句を言う度胸なんてないくせに、刺すような視線を向けてくる不細工な女達。そんな奴らに囲まれた萩原に自分から声をかけるなんて、面倒なことになる予感しかしない。


嫌だ、と言おうとしたその時、頭に過ったのは卒業式の日から1度も話していない松田の顔だった。



あの日から私は松田に付き纏うのを辞めた。


その姿を見かけても駆け寄ることもなければ、名前を呼ぶこともしない。


それでも人混みの中でアイツを探す癖だけは治らなくて。その背中を見つける度に触れたくなる。名前を呼んで、「・・・ンだよ」ってダルそうに振り返ってくれることを望んでしまう。



正真正銘ストーカーになってしまったような自分に呆れてしまうけど、好き≠チて気持ちはなくなってくれない。



「・・・・・・飲み会の日にちと場所伝えるだけならいいよ」


私の言葉に感謝を口にしながら喜ぶ彼女達。ありがとう、なんて言わなくてもいい。

だって貴女達のタメじゃないもん。







その日の夕方。

私は大学の中庭の近くで探していた人の姿を見つけて声をかけた。


「萩原!ちょっといい?」

今日もいつもと変わらないヘラヘラとした笑顔で先輩らしき派手な女と話していた萩原が振り返る。


その女がキッと私を睨んできたけど、そんなの知らない。だいたい化粧濃すぎだっての、オバサン。


「なまえから声掛けてくるの珍しいじゃん。どうした?先輩ごめん!ちょっとコイツと話あるから飯はまた今度ってことで」


ひらりと派手女の腕を解きこちらにやってくる萩原。


ざまぁみろ、なんてその女に心の中で舌を出しながら萩原の方に向き直る。



「来週の金曜日、20時から駅前の居酒屋で飲み会やるって」
「あぁ、俺もそれ聞いた。なまえ行くの?」
「・・・・・・私が行くと思う?」
「ははっ、絶対行かねぇと思う。でもなんでわざわざ俺に言いに来たわけ?」


ジト目で睨んでみてもそんなこと気にもとめずケラケラと笑う萩原。


やっぱりコイツといると調子が狂うから嫌いだ。



「アンタのこと誘ってきてって頼まれたの。ホントみんな趣味悪いよね」
「相変わらずひでぇなぁ。優しい優しい萩原くんにそんなこと言うのお前くらいだよ」
「自分で言うな、キモイ」
「それで?なまえはお友達の為にそんなこと言いに来るような優しい奴だったっけ?」


ニヤリ、と笑った萩原が私の耳元でそう囁く。


そっと肩を引いて距離をとりながら無駄に身長の高い萩原を見上げた。



「・・・・・・飲み会、松田は来るのかなって」

私らしくない小さな声。でも萩原の耳には届いたようだった。


萩原は目を細めて小さく笑うと、くしゃりと私の頭に触れた。


「陣平ちゃんと話す気になった?」
「・・・・・・話さない。少しの時間でいいから同じ空間にいたいと思っただけ」
「ホントらしくないな、最近のなまえは」


困ったように笑うと萩原は私の頭から手を離す。


松田に付き纏うのを辞めたことに、松田の1番近くにいた萩原がそれに気付かないわけがない。

何度かその理由を聞かれたけど、私がそれに答えることはなかった。


次第に萩原がその理由を聞いてくることはなくなった。松田と私の関係が凍りついたあとも、萩原は良くも悪くも私に対して変わらない$lだった。



「連れてくよ、陣平ちゃんのこと」
「っ、」
「だからお前も来いよ?たまにはちゃんと友達作りしなきゃな」


私がまだ松田のことを好きなことなんて、萩原にはお見通しなんだろう。


・・・・・・やっぱり萩原なんて嫌いだ。





約束通り、萩原は飲み会に松田と共にやって来た。


ダルそうに欠伸をする松田の肩に腕を回しながら、キャーキャーと騒ぐ女達にニコニコと笑顔を向ける萩原。


そんな2人から少し離れた隅の席に座った私は、ちらちらと松田を盗み見る。



同じ空間に松田がいるなんて久しぶりのこと。少しだけ伸びた前髪、欠伸をしたせいで潤んだ眠そうな瞳、近くにいた奴と楽しげに笑うその声。


全部が好き。大好き。


口に出せないその想いは、私の中に積もっていくばかり。



「ねぇ、なまえちゃんって彼氏いないの?」

そんな私の思考を遮るように隣から聞こえてきた男の声。


いつの間にか隣にいた女友達は、萩原の隣に移動していてその代わりにいたのはチャラチャラとした茶髪の男。


そいつの言葉を無視して目の前にあったオレンジジュースを飲む。



「俺にも1口ちょーだい」
「・・・・・・自分で頼めば?てか近い、離れて」
「ははっ、怒った顔も可愛いなぁ」

机に置いた私のグラスに手を伸ばしたそいつを睨むも、全く効果はないみたいでへらりと笑うばかり。


気持ち悪い。本気で無理。


肩に僅かに触れているそいつの腕の感触に込み上げてくる嫌悪感。体を引きそいつと距離をとるけど、ぐいっと腕を引かれまた距離が縮まる。



「っ、まじで無理、離・・・「嫌がってる奴にダル絡みすんじゃねェよ」

背後から聞こえてきた声に、掴まれていた手の力が弱まる。


聞き間違えるはずのないその声。


たった一言。それだけで積もり積もった好き≠ェ溢れそうになる。



「何だよ松田、邪魔すんなって」
「うるせぇな。さっきあっちの女達がお前と話したいって言ってたからせっかく呼びに来てやったってのに」
「え、まじ?どの子?」

男の意識が私から離れ、松田が指さしたゲームをやっている席の女達に向く。


男と入れ替わるように松田はそのまま私の隣に腰を下ろすと、小さくため息をついた。



そのため息に思わずびくりと肩を揺らす。



「・・・・・・男に言い寄られるのが嫌なら飲みの場で1人になるなよ」
「っ、」


数ヶ月ぶりに私に向けられた松田の言葉。他の誰かじゃない、たしかに私に話しかけてくれている。


その事実に心臓が早鐘を打つ。


「聞いてんの?」
「っ、聞いてる・・・!・・・・・・助けてくれてありがと・・・」
「・・・・・別に。目の前であんなダルそうなやり取り見てたら飯が不味くなるから止めただけ」


それでもいい。松田の意識の中に私が存在してたなら、その事実だけで嬉しいって思うの。


すぐ近くに感じる松田の存在。少し手を伸ばせば触れられる距離なのに、やっぱりそれはどこまでも遠い。


話しかけていいの?
嫌な顔される?
迷惑だって思う?


松田との距離のとり方が分からない。


他人なんてどうでもいい。傷つけたってそんなの知らない。そんな私が唯一、大切なのが松田だから。



「ねぇ、松田くん。良かったら連絡先交換しない?」


無言のままの私の耳に入ってきたのは、甘ったるい女の声。


私の反対側の松田の隣に腰掛けたその女は、艶っぽさを孕んだ瞳で松田を見上げながら携帯をチラつかせた。



ぴくり、とこめかみに皺が寄る。ぎゅっと握った拳。綺麗にネイルを施した爪がギリギリと手のひらに刺さる。


松田に話しかけてくんな、ぶりっ子女。そう口に出せたらどれだけ良かったか。


昔の私なら迷わずその女に食ってかかっていただろう。


でも今の私にそれはできなくて。それをしてしまえば、松田にどう思われるか。昔の私が考えなかったことを今は考えてしまう。


松田なら断るはず。だいたい松田の好きなタイプは、こんなぶりっ子女じゃない。

心の中でそう言い聞かせながら、叫びたい気持ちを押し殺す。





「・・・・・・別にいいけど。俺返事とか遅せぇよ?」



ぐしゃり、と心臓を握り潰されたような痛みが全身を巡る。


握りしめていた拳には青く血管が浮かび上がっていた。



「やったぁ!嬉しい!」

女の喜ぶ声が私の中のどす黒い何かを煽る。


聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない!!!!



バン!っと勢いよく立ち上がった私に2人の視線が向けられる。


「みょうじさん?」
「・・・・・・、」

不思議そうに私の名前を呼ぶ女と、黙ったままの松田。


私は2人を見ることなく机の上に置いていた携帯だけを持って席を離れ、わいわいと騒がしいテーブルへと向かった。




・・・・・・松田の馬鹿。


中途半端に優しくしないでよ。



助けてくれて嬉しかったくせに、そんな風に思ってしまう自分が嫌い。


あんな女と連絡先を交換する松田なんか嫌い。


松田に近付く女なんて全員大嫌い。


ぐちゃぐちゃになった感情。叫びたいその気持ちを声に出すことはできなくて。



「なまえ、なんか機嫌悪い?」
「・・・・・・別に」

大学で唯一オトモダチ≠カゃなくて友達≠フ香織の隣に腰を下ろすと彼女は持っていたグラスを置き私の顔を覗き込んだ。


香織は所謂私と同類。
私より少し明るい髪色に整った顔立ち、そしてサバサバとした性格。スクールカーストがあるならきっと上位に位置するだろう。私達が2人でいれば目立つし、モブキャラは寄ってこない。

利害の一致。純粋に一緒にいて嫌な気にもならないことから、大学で一緒にいる時間が1番長いのが香織だった。


「せっかくの飲み会なんだし、ほら」

香織は飲みかけのグラスを私に差し出した。


「・・・・・オレンジジュース?」
「なまえって変なとこ純粋だよね」


くすりと小さく笑うと、「お酒」とだけ答え近くにあった同じ色の液体の入ったグラスを手に取った。


このテーブルの人達のテンションが高かった理由は、どうやらひっそりと飲んでいたお酒らしい。



お酒なんて飲んだことない。そもそも未成年だし。多分松田ってそういうことする女って嫌いだと思うもん。


そこまで考えて、ふるふると頭を振る。


・・・・・・松田に嫌われるのなんて、ずっと前からそうだったじゃん。


私は香織から受け取ったグラスに入っていたお酒を一気に飲み干した。


ふわふわとした酩酊感。霞がかかったみたいな頭の中。覚束ない足元。


初めて飲んだお酒は、ほとんどオレンジジュースみたいな味で思っていたより飲みやすかった。イライラも相まってどうやら飲みすぎた結果、しっかりと出来上がったらしい。



「私先帰るね」
「大丈夫?タクシー乗り場まで送ろうか?」
「ん、平気。近いし歩いて帰る」


居酒屋を出て二次会に行く行かないでわいわいと騒ぐ集団から少し離れた場所で、香織が心配そうに私の顔を覗く。


そんな香織の背後に、萩原と話す松田の姿を見つけ意識を奪われる。



「やっぱりかっこいーなぁ」
「・・・・・?もしかして萩原くん?」
「は?んなわけないじゃん」

私の視線の先に気付いた香織。てかなんで私より香織の方が飲んでるのにケロッとしてるの。


「この世でかっこいーって思う男なんて、松田だけだもん」


お酒のせいだ。


久しぶりに心のままに素直に紡いだ言葉。


そんな松田の隣にはあのぶりっ子女がしっかりとまとわりついていて、ムカついて仕方ない。


それでも今の私にできることなんてなくて。



「・・・・・またシラフのときに聞かせてよ、その話。ホントに1人で帰れるの?」
「だいじょーぶ。ほら、香織は二次会行くんでしょ?楽しんできて」


何かを悟ったように私を見る香織の背中を押す。


「あんなぶりっ子女よりアンタの方が可愛いから安心しなよ」

振り返った香織は、にっと口元に笑みを浮かべながらそう言った。


何故だろう、その言葉に少しだけ泣きそうになったんだ。






薄暗い道を等間隔に置かれた街灯がぼんやりと照らす。


思い出すのはさっきの香織の言葉。



「・・・・・・可愛くたって意味なんかないよ」


頭では分かっていた。


あれは香織なりの励ましの言葉。


でも松田は可愛い、可愛くないで誰かを好きにならない。


きっと松田が好きになるのは、真っ直ぐで正しい私の正反対みたいな人。



私の好きは優しい松田の負担でしかなくて。


卒業式の日の辛そうな松田の顔が頭を過って、ぐにゃりと視界が歪む。


好きで、好きで、好きで仕方ないのに。



1度溢れた涙は止まってくれなくて。涙の粒は、ぽたぽたと頬を伝いアスファルトに落ちていく。







「大丈夫?今日もまた泣いてるんだね」


俯いていた私の頭上から降ってきたのは、柔らかい男の人の声。聞き覚えのある声に思わず顔を上げる。



「・・・っ、」
「久しぶり。元気・・・、ではなさそうだね」

困ったように眉を下げながら、小さく笑ったのはいつかの猫目の彼だった。






「とりあえず涙拭こっか。・・・・・・あ、やべ、今日鞄ないや」

近くの公園のベンチに私を座らせると、彼はあの日と同じく少しだけ間を空けて隣に座った。


制服姿のあの日とは違って、部屋着のようなラフなスウェット姿の彼。その手には財布だけ。きっと住んでいるのが近所で、少し買い物に出たといったところなんだろう。


少しだけ悩む様子を見せた後、彼は「ごめんね」と言い服の袖で私の涙を拭ってくれた。


不思議とその距離に嫌な気はしなくて、その手を受け入れた。


きっとそれは目の前の彼に変な下心なんて1ミリもないからだろう。



「泣いてた理由、俺でよければ聞くよ?」
「・・・・・・、」
「ゆっくりでいいからさ。誰かに話せば少しは気持ちも楽になるかもしれないし」


黙ったままの私に嫌な顔ひとつすることなく、くしゃっと目を細めて笑う彼の声がどこまでも優しくて。

お酒のせいで感情の振れ幅が大きくなっていたこともあるのだろう。その優しさが張り詰めていた心に染み渡る。




「・・・・・好きな人に好きって言えないのが辛い・・・っ・・・、」


ぽつり、ぽつりと、しゃくり上げるように涙を流しながら話す私の言葉を彼は黙っまま聞いてくれた。


今思えば、話の順序もめちゃくちゃで彼からすれば訳が分からない部分も多かっただろう。

それでも彼は私の話を最後まで聞いてくれた。



ひとしきり話し終えると、沈黙が私と彼を包む。


少し冷静さを取り戻した頭。見ず知らずの人相手に取り乱してしまったことが恥ずかしくて、どうしていいか分からなかった。




「君にとってその人はすごく大事な人なんだね」
「・・・・・・っ、」
「大丈夫。君の選択は間違えてない。いつかその彼も分かってくれるよ」



間違えてない


誰かに肯定してもらいたかったわけじゃない。それでも彼のその言葉に、1度は止まっていたはずの涙が溢れ出す。


私の行動原理の全ては、松田のため≠ナしかなくて。


どんなに報われなくても、松田が他の人を好きでも、気持ちをぶつけることができたのは私が松田を幸せにする自信があったから。


でもあの日、私のせいで辛そうな顔をしている松田を見て自分の中の何かが崩れ落ちた。




好き≠伝えることが怖くなったんだ。






「女の子は笑ってるのが1番可愛いよ」


ぽんっと頭に触れた温かい手。ふわりとその手から伝わる安心感。



男に触られるのは嫌い。

萩原に頭を撫でられることこそもう慣れたとはいえ、こんな風に安心感を感じるのは初めてのこと。



「あ、ごめん。女の子に気安く触っちゃダメだね」

彼は、ハッとしたように私の頭から手を離すと申し訳なさそうに眉を下げた。



「・・・・・・別に嫌じゃなかったから平気」
「ふふっ、なら良かったよ。そういえば名前なんて言うの?」
「なまえ。みょうじ なまえ」
「オレは諸伏 景光って言います。改めてよろしくね」


何をよろしくするんだよ、って他の男になら言っていたんだろう。


でも目の前の彼にそんな風に噛み付く気はさらさら起きなくて。



「諸伏・・・くん?」
「ヒロでいいよ。零・・・あ、この前一緒にいた奴ね。アイツもそう呼ぶから」


真っ直ぐに私を見て笑うヒロの瞳は今でもはっきりと覚えてる。


私にできた初めての男友達がヒロだった。

prev / next

[ back to top ]