純白のゼラニウムを貴方に | ナノ
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▽ カタクリ


松野に呼び出されたのは人気の少ない体育館裏だった。


いつもより少し緊張した松野の顔となんとも形容しがたいこのピリッとした空気感。しょっちゅう告られてる萩ほど察しは良くない俺でもさすがにこの後告げられる言葉の予想はついた。


「高校入った頃から好きだったの。卒業したら大学離れるし気持ち伝えたくて」


予想外だったことといえば、同じクラスになる前からコイツが俺の事を好きだったということ。特に好かれることなんてした覚えはないのに、俺なんかのどこが良かったのか。


気にならなくもなかったが、それをここで聞くべきじゃないことくらいは俺にも分かった。


それに俺の意識の半分以上を占めていたのは、目の前の松野じゃなくて今頃1人教室で俺らのことを勝手にあれこれ考えてイライラしてるであろうみょうじの顔で。


いつからか俺の中でアイツが占める割合がでかくなっていった。


みょうじの性格は相変わらず最悪だと思うし、今日だって俺と話したいって理由だけで他の奴に自分の仕事を押し付けようとしていた。

それでも俺が注意すれば素直に聞くし、昔に比べたら周りに噛み付くことも減ったと思う。


昔は何度突き放しても付き纏われることがウザかった。でも今はあの頃ほどの煩わしさをアイツに感じることはなくて、むしろ・・・、



「松田?」
「っ、悪ぃ」
「ううん、大丈夫。・・・・・・返事だけ、聞かせてもらってもいいかな」

名前を呼ぶ松野の声でハッと意識を戻す。何考えてんだ、俺。

俺達を包む空気が重苦しくて、なんと伝えるべきか考える。でも答えは俺の中で決まっていて。



「ごめん。今は付き合うとか考えらんねェ」
「・・・・・・そう」
「せっかく伝えてくれたのに悪・・・「みょうじさんが相手でも同じ答えを言うの?」

言葉の最後は松野の言葉によってかき消された。

俺を見るその瞳には薄らと涙が滲んでいた。その涙が一瞬、みょうじの泣き顔と被って見えて言葉に詰まる。


っ、何でこんな時にまでアイツの顔がでてくんだよ。


小さく息を吐きみょうじの顔を頭から追い出す。



「当たり前だろ。てかアイツが俺に好き好き言ってくんのはいつもの事だし、その度に俺がなんて言ってるかなんか同じクラスなんだからよく知ってんだろ」
「・・・・・・なんか変わったよね、松田。前ほど拒否らなくなった。あの子のこと」
「何が言いたいんだよ。別に俺は何も変わってねぇし」
「・・・っ、嘘!2年の冬くらいからずっと・・・ッ・・・!」


瞳の縁に溜まっていた涙が荒らげた声と共に地面に落ちた。その言葉に苛立ちを隠せない俺は、そのまま近くにあったでかい木に背中を預け、松野から距離をとった。


すっかり冷たくなった風が俺達の間を吹き抜けていく。


「ずっと好きだったのに・・・っ・・・、なんであんな子・・・」
「みょうじは今関係ねぇだろ」
「あんな風に好きって喚くだけの女の何がいいの?」
「・・・・・・あ゛?」
「松田の気持ちも、周りの気持ちも、全部無視して自分の気持ち押し通してるだけじゃん!知らないの?松田のこと好きだった女の子がみょうじさんに遠慮して気持ち伝えることすらできなかったこと!」
「・・・・・・ンだよそれ。遠慮?みょうじがそいつらになんか言ったわけ?」
「それは・・・っ、」
「仮に言ってたとしても、そんなの気持ち伝える勇気がなかっただけのことだろ」


最後の一言は、自分に向けた言葉だった。

俺は好きだと思った女にその気持ちを伝える度胸がなかったから。拒絶されて今の関係が変わることが怖かった。

だから逃げただけのこと。


「・・・・・・はぁ。行くわ、俺。萩待たせてるし」
「待たせてるのは萩原じゃなくてみょうじさんでしょ」


俺がその場を立ち去るより前に、吐き捨てるようにそう言った松野は俺に背中を向けた。

一瞬だけ見えたアイツの目は俺への負の感情が浮かんでいた。好きだと言った次の瞬間にあんな目を向けられるのは、俺の胸の奥に小さな傷を残した。


しばらくその場を動くことが出来なかった。


人間の感情なんて一瞬で変わるもの。
向けられる好意がでかければでかいほど、それが報われなかったときの失望は計り知れない。


「おはよ!松田!」

頭によぎるのは何故かみょうじの声で。


アイツは俺がどんなに理不尽に怒りをぶつけても、拒絶しても、次の日には笑って駆け寄ってきた。

たしかにウザいくらいしつこい奴だけど、気持ちを返さない俺を責めることだけは1度もなかった。


「・・・・・・変な女だよな」

ぽつり、と呟いた言葉には僅かに楽しむような響きが含まれていたことにこの時の俺は気付いていなかった。






嫌いじゃない


その言葉に嘘はなかった。


少なくともあの光景を見るまでは。



青筋をたててブチ切れてるみょうじと、床に座り込む松野。松野の顔は赤く腫れていて、みょうじがアイツを叩いたことは一目瞭然だった。

俺が名前を呼んだあとも、みょうじはその綺麗な顔を怒りで歪めて松野に掴みかかろうとする。


たしかにキレっぽい奴だけど何もなしに手をあげるような奴じゃない。俺は松野を庇いながらみょうじに理由を聞いた。



「別に。松田のこと好きだったとかふざけたこと言うからムカついただけ」
「っ、お前そんなことで手あげたわけ?」
「だったら何?松田は私のだもん。手出そうとしたこの女が悪い」


それは何度も見た自分以外の奴を見下すような冷たい目だった。


自分の中で何かが急速に熱を失っていく。







・・・・・結局お前は何も変わってないんだな。



「前からブスのくせに私にごちゃごちゃ偉そうに言ってくるのもウザかったんだよね。ムカついたから叩いた。それだけだよ」


目の前のこの女はやっぱり性格が終わってる。周りの人間の気持ちなんて考えれないし、自分のことしか考えてねぇ。


昨日のみょうじの姿が嘘のように頭から消えていく。



「・・・・・・お前まじで最低だわ。ちょっとでも気許した俺が馬鹿だった」
「っ、」
「昨日のアレも前言撤回しとく。俺はお前だけは絶対好きにならねェし、まじでもう関わんな」


俺が馬鹿だった。

お前なんかに気を許すべきじゃなった。


情に絆されかけてただけのこと。
今の俺の心を占めるのは、みょうじへの軽蔑でしかなくて。


俺の言葉にやっぱり今日も傷付いた顔を見せるみょうじ。・・・・・・ンだよ、その顔。


そんな顔するくらいなら最初から近付いてくんじゃねぇよ。


この日を境に、みょうじ なまえは俺にとって二度と関わりたくない存在になった。

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