純白のゼラニウムを貴方に | ナノ
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▽ モモ



観光客や修学旅行生。たくさんの人がごった返す中で、ハッキリと耳に届いたその声に、俺は思わず足を止めた。


「離れて、近い!」

それはいつもぎゃんぎゃんうるさいみょうじの声で。声のした方に顔を向けると、そこにいたのはみょうじと萩。他の班の奴の姿はなくて2人だけ。

萩がみょうじの肩に腕を回すと、アイツは勢いよくそれを振り払う。そんなみょうじの反応を見て萩はケラケラと笑っていた。


いつも通りのやり取りのはずなのに、何故かそんな2人から目を逸らすことができなくて、隣で俺の名前を呼ぶ松野に返事をすることすら忘れてしまう。


みょうじが持っていた何かを自分の口に運ぶ萩。みょうじは眉間に皺を寄せながらその手を払い、残ったそれをでかい口で食べしまう。

その反応がおかしくて堪らないというように、ひとしきり笑った萩の手がアイツの口に伸びた。


「っ、」
「ちょっと松田?!どこ行くの?!」


気が付くと俺の足は勝手に2人の方に向かって動いていて。後ろから聞こえる松野の声に返事をする余裕もない。


萩がみょうじを揶揄うのはいつものこと。萩からすればアイツの反応が面白くて仕方ないんだろう。理解なんてできねぇけど。


それでもその2人の距離の近さとか。萩相手に顔を真っ赤にしたみょうじとか。その全てにイラついたことに違いはなくて。胸の奥からドロドロとした何かが込み上げてくる。



「萩!!」

そんな俺の声に反応したのは、萩じゃなくてみょうじ。ぱぁっと笑顔になり駆け寄ってくる姿に、何故か分からないけど胸の中のドロリとした何かが少しだけおさまったような気がした。


「おー、陣平ちゃん。よくこの人の中で俺のこと分かったなぁ。愛だねェ」
「キモいこと言うな。お前らなんで2人なんだよ、他の奴らは?」
「少し前まで一緒だったんだけどはぐれた。なまえが陣平ちゃんのこと探して子供みたいに走り回るから。てか陣平ちゃんも1人?」
「っ、子供みたいになんか走り回ってないもん!」


半歩遅れてやって来た萩は、からかい混じりに笑いながらみょうじの頭に手を置く。

いつもならすぐに振り払うそれを今日に限って払おうとしないみょうじ。1度はおさまったはずの何かがまた顔を覗かせる。


俺以外の男が近付くと怒るくせに。まして触れるなんて論外だろ。なのに何で今日に限って何も言わねぇんだよ。


そんなイラつきから思わず、パン!と萩の手を払う。


「・・・・・・まつ、だ?」


最悪だ。
みょうじはきょとんとした顔で俺を見ているし、萩は萩で笑いを堪えるように・・・いや、堪えられてねぇけど顔を背けて肩を揺らしていた。


何やってんだ、俺。


それでも声をかければ飛びついてくるみょうじの手を今日だけは何となく振りほどく気分になれなくて。

キャンキャンと高い声も、みょうじからふわりと香る甘い匂いだって、大嫌いなはずなのに。なんだ、コレ。


訳わかんねぇ・・・。


並んで買った肉寿司を食ってる間、含みありげにニヤニヤとこっちを見てくる萩。なんだよ、めちゃくちゃムカつく。

反対を見れば何がそんなに楽しいのか、みょうじはずっとヘラヘラ笑っていた。泣いたり笑ったり怒ったり、忙しい奴。


「楽しそうだよな、ホント」

緩みきったその顔が何だかおかしくて、ぽつりとそんなことを呟く。


最後の一口だった肉寿司を飲み込んだみょうじは、俺を見上げながらそのデカい目を細めて笑う。


「松田と一緒だもん。楽しいに決まってるじゃん」

コイツはホントにいつもどストレートに気持ちをぶつけてくる。何となく気恥ずかしくなった俺は、みょうじから目を逸らし鞄に入れていたペットボトルのお茶を一気に飲み干した。


「あっちにゴミ箱あったからまとめてゴミ捨ててくるよ!」
「悪ぃ、サンキュ」
「萩原は?ついでに仕方ないから行ってきてあげる」
「なまえが俺に優しいとか明日は雪か?」
「はぁ?こんな秋に降るわけないじゃん、バカ?」


心底バカにしたような目で萩を見るみょうじは、その手からゴミを受け取り人混みの中に消えていく。


ぼーっとアイツの消えた方を眺めていると、隣にいた萩が俺の肩に自分の腕を回してきた。


「っ、ンだよ・・・」
「陣平ちゃんこそ今日はどうしたんだよ。やけになまえに優しいじゃん」
「別に優しくねェし。普通だろ」
「ふ〜ん。普通ねぇ・・・」

にやけ顔を隠すことなく絡んでくる萩。ンなこと萩に言われるまでもなく分かってんだよ。

わいわいと賑やかな人混みを眺めながら、萩に揶揄われて10分くらいが過ぎただろうか?


「遅くね?さすがに。どこまでごみ捨てに行ったんだよ、アイツ」
「んー、他校生も多いし探しにいった方がいいかもな。てか1人で行かすべきじゃなかったな」
「なんで他校生が多いのが関係あんだよ」
「陣平ちゃんは何とも思わなくても、なまえは人目を引くから。変なのに絡まれてなきゃいいけど」


背中を預けていた壁から体を離すと、萩はみょうじが行ったであろう方向へと足を進める。

みょうじなら誰かに絡まれても言い返してそうだけど、なんて思いながら萩とアイツを探す。


「まじで離して!ウザいって言ってるじゃん!」

人集りから少し離れた路地から聞こえてきたその声に、俺と萩は顔を見合わせた。その怒鳴り声は探していたみょうじのもの。

着崩した制服に明るめの髪色。うちの制服じゃないし現地の学生か同じく修学旅行中の高校生だろう。不良の型に綺麗に当てはまる、そんな2人組のうちの1人に腕を掴まれたみょうじは、臆することなくソイツを睨んでいた。


相変わらず気の強ェ女。
まぁ何にしても大事になっていなくてよかった。

萩も同じことを思っているのか、その顔には安堵の色が滲む。


「可愛い顔してめちゃくちゃ気強いなぁ」
「そーゆー子タイプだわ♪泣いてるトコ見たくなる」
「私はアンタらみたいなブス、1ミリもタイプじゃないからさっさと離して」

その女の泣いてる顔なんてロクなもんじゃねぇぞ、なんて見知らぬ不良に助言してやりたくなる。

けどそんなことを考えている頭とは裏腹に、アイツの腕を掴むその男に腹の底から込み上げてくる何か。それはさっきみょうじに触れていた萩に対するモノの比じゃない。


そいつらに向かって俺が1歩踏み出すのと、ほぼ同時。腕を離したその男は勢いよくみょうじの肩を突き飛ばし、そのまま体勢を崩したアイツの顎を掴んだ。


「まじで威勢いいよね。でも男相手に喧嘩売るのはオススメしないよぉ?力じゃ勝てないんだし」

ヘラヘラと笑うそいつの目は間違いなくブチ切れていて。考えるより先に体が動いていた。


「だったらその喧嘩、代わりに俺が相手してやるよ」
「・・・っ、まつ、だ」
「はぁ?誰お前、この女のツレ?邪魔すんなよ」
「お前らに関係あんのかよ。女相手にはイキがるくせに男が来たら逃げるワケ?」
「・・・・・上等だコラ」

挑発するようにそう言えば、アホみたいにノってくるそいつら。ポキポキと指を鳴らしながら俺に近付いてくるその男達。


遠目で見ている時は分からなかったけど、近付いてみて分かった。


みょうじの瞳に恐怖の色が浮かんでいたことも、その手が小さく震えていたことも。


それが俺の中の怒りを煽った。



見掛け倒しもいいところ。5分もしないうちに決着はついて、腫らした顔を隠しながら去っていくそいつらの背中に思いっきり中指をたてた。


「陣平ちゃん〜。修学旅行先で喧嘩とか、バレたら停学モンだよ」
「うっせ。先に手出したの向こうだから正当防衛だろ」
「はいはい。なまえ、大丈夫?怪我してない?」
「・・・だい、じょうぶ」

座り込んだままのみょうじの隣に腰を屈めながら萩がその顔を覗き込む。いつもより少しだけ覇気のない声でそう返すみょうじ。

大丈夫って顔じゃねぇじゃん。


「俺ちょっと飲みもん買ってくるわ。陣平ちゃん、なまえについててやってよ」

萩はそう言い残すと少し向こうにあった自販機の方へと走っていく。俺はさっきまで萩がいた位置にどかっと腰を下ろした。


隣から視線を感じてそっちを見ると、みょうじと視線が重なった。


「・・・ンだよ」
「怪我、してる。頬っぺた」
「こんくらいかすり傷だから平気だ。てかお前ああいう時は変に相手のこと刺激すんじゃねェよ」
「・・・・・うん、ごめん」


みょうじは俺の頬のかすり傷を見て、まるで自分が怪我したみたいに顔を歪める。こんな風に素直に謝る姿なんて、いつものアイツからは想像できない。


あぁ、もううぜぇ!!!


「っ、!」
「怖かったならハッキリそう言えよ!いつも遠慮なんかしねぇくせに、こういう時だけ変に強がってんじゃねェ!」


たぶん萩ならもっと上手く慰めてやれたんだろう。でも俺はそんなことできない。


俺の言葉にみょうじはびくりと肩を揺らす。そしてじんわりと大きな瞳に涙が浮かぶ。


いつもの勢いが嘘みたいに恐る恐る俺の腕に顔を寄せると、涙を啜る音が路地に響く。


「・・・っ、怖かった・・・」
「最初から素直にそう言えよ、馬鹿」
「・・・・・・見つけてくれて、ありがと・・・っ、」


返事の代わりに俺はみょうじの頭をくしゃりと撫でた。


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