純白のゼラニウムを貴方に | ナノ
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▽ デンドロビウム



大きな目はこれでもかってくらい見開かれ、グロスだか口紅だかを塗った唇は少しだけ震えていた。

そんなに傷付いた顔をするなら、さっさと俺になんて見切りをつければいいのに。


萩の隣を駆け抜けていったみょうじの横顔が頭から離れない。


てかあれはどう考えてもアイツが悪いし、俺も俺の後ろの席の女も間違ったことは言ってない。


「松田ってあんな人が好きなの?」
「あ゛?誰が誰を好きだって?」
「入学した頃からずっと一緒だよね。初めて喋ったけど、性格に問題ありすぎでしょみょうじさん」

後ろの席の女、名前はたしか松野だったっけ。

たしかに松野の言う通りだと思う。みょうじの性格は問題あるなんて可愛い言葉では片付かないほど歪んでる。


「別に好きじゃねェよ、あんな女」
「無視すればいいのに。相手にするから声掛けてくるんじゃん」
「無視して諦めてくれるような女なら、10年近くも追いかけ回されてねぇよ」
「10年ってやばすぎ。もうストーカーだよ、それ」


心底軽蔑するとでも言いたげな目つきでみょうじが出ていった教室の扉を見る松野。

分かる、めちゃくちゃ分かる。

多分俺も似たような目でみょうじを見たことが何度もあるから。


そのはずなのに何故か松野の言葉に苛立つ自分がいて。


無視したところでアイツが諦めてくれるとは思えなかった。それどころかギャンギャン喚くのがオチだろう。

それなら適当にあしらっていた方がマシだと思ってこれまで接してきた。


「優しくしすぎだよ、松田は。その気がないなら拒絶すべき」
「・・・・・拒絶ねぇ」

今でも十分してるつもりなんだけどな。足りてねぇの?わかんねぇ・・・。


授業が始まってからも松野の言葉とみょうじの顔が頭から離れなくて、ロクに内容なんて入ってこなかった。



放課後、みょうじは何食わぬ顔で萩と一緒に俺のクラスに現れた。


「何で萩原までついてくんの!」
「俺はいつも陣平ちゃんと帰ってるもん」
「〜っ、ムカつく!」
「怒った顔も可愛いなぁ」

あぁ、いつも通りだ。
傷付いた顔なんてあの一瞬だけ。

俺はあれこれずっと考えていたのに、みょうじは何一つ変わらない。いつも通り騒がしくて耳が痛い。


「分かったでしょ?あの人は何も気にしてない。そういう人種なんだよ、自分のことしか考えてない」

教室の入口で萩と言い合いをするみょうじを見ながら、松野はため息混じりに呟いた。


こいつの言う通りなのかもしれない。
なんで俺あんな女のことで頭悩ましてたんだろ、アホらしくなってきた。


机の横にかけていた鞄を手に取ると、そのまま立ち上がり萩の元へと向かう。


「さっさと帰るぞ」
「おう。あ、俺帰りに本屋寄りたいんだけど陣平ちゃん付き合ってよ」
「5分でいいなら」
「私も一緒に・・・「無理。まじで鬱陶しいってお前」

いつも何だかんだみょうじは俺の後ろをついてくる。何回跳ね除けてもそれは変わらなくて、いつからだったか諦めていた。

でも今日は違う。


いつもより低い声でみょうじの言葉を遮り、振り返ることなく足を進める。


まるでその場に足を縫い付けられたかのように立ち尽くすアイツに、何故か罪悪感みたいな気持ちがふつふつと込み上げてくるんだから俺もおかしくなったのかもしれない。


たった1回、拒絶したところで明日になればアイツはまたいつもみたいに笑って俺に駆け寄ってくるんだろう。



「よかったの?なまえのこと」
「あ゛?」
「そんなに不機嫌になるならあんなこと言わなきゃいいのに」

本屋からの帰り道。
目当ての雑誌を買った萩は、何もかもを見透かすような目で俺を見る。

不機嫌?俺が?そんなわけねぇだろ。


「どうせアイツは何言ったって堪えねェんだから関係ないだろ。明日になればまた纏わりついてくるんだから。マジでメンタル鋼すぎ」
「まぁそれはそうだろうけど、」


オレンジ色の夕陽を浴びて、アスファルトに伸びる影がゆらゆらと揺れる。


「なまえはちゃんと毎回傷付いてるよ」
「・・・・・・、」
「今日も陣平ちゃんのクラスから帰ってきたあと何か元気なかったし」
「・・・・・何でそんなにアイツの肩持つわけ?」


萩は基本的に誰にでも優しい。
相手が女だと特にだ。

それでもこいつは曲がったことは嫌いな奴だから。

みょうじみたいな性格の奴は嫌いなはずなのに、何故かアイツのことをいつも気にかける。


「肩持つわけじゃないけど、さすがにあんなに一途に頑張ってる子見たら応援くらいはしたくなるでしょ」
「はっ、一途ってかストーカーだろ、あれは」

松野の言葉が頭を過り、嘲笑混じりにそのまま口にすると萩は僅かに眉を寄せた。


「陣平ちゃんらしくないね、そんな風に言うの」
「は?」
「たしかになまえの性格に問題があるのは認めるけど、ストーカーなんて言うの陣平ちゃんらしくないんじゃねェの?」


責めるようなその口調に苛立ちが募る。

俺が悪ぃのかよ。
どう考えても付き纏ってるアイツが悪いだろ。


家に帰ってからもその苛立ちは消えてくれなくて、本屋で買った漫画の内容なんてこれっぽっちも頭に入ってこない。


漫画を枕元に投げ捨てた俺は、そのまま布団を頭まで被った。


「・・・・・・どいつもこいつも好き勝手言ってんじゃねェよ」


真っ暗な布団の中にそんな呟きが溶けて消えていった。




机の上で充電器に繋いでいた携帯が鳴る。起き上がる気力もなくて、無視しているとコール音が途切れた。

そしてまたそれはすぐに鳴り始める。


「っ、うっせーな!誰だよ!」

鳴り止まないコール音にキレた俺はそのまま体を起こし、携帯を充電器から抜きその画面を見た。


そこに表示された名前に、さらに苛立つとも知らずに。



『みょうじ なまえ』

しつこく強請られて、何かない限り連絡してこないことを条件に連絡先を教えた過去の自分を恨んだ。


意外にもみょうじはその条件を忠実に守っていて、メッセージこそたまにくるが(もちろん返したことなんてない)、電話がかかってくるのは初めてのことだった。


このままだと出るまで鳴り続けそうな携帯。はぁ、とため息をつくとしぶしぶ通話ボタンを押した。


「・・・・・・何だよ」
『っ、ごめんね、電話して・・・。連絡しないって約束してたのに』
「別に。なんか用でもあんの?」


謝るなんてらしくない。
少しだけ震えるその声も普段のみょうじからは、かけ離れていた。

殊勝な態度のみょうじなんて、明日は大雨でも降りそうだ。


『・・・・・今、松田の家の近くの公園にいて・・・。少しだけ会って話せないかな』

前言撤回。
やっぱりコイツは自分本位で何も変わってねぇ。


「話なら電話でいいだろ」
『お願い・・・!少しだけでいいから』

カーテンの隙間から窓の外を見ると外はもうすっかり日が落ちて真っ暗だ。

あの公園の辺りは人通りが少ない。


チッ、っと舌打ちをすると電話の向こうでみょうじは小さく息を飲む。


「・・・・・・今から行くから5分くらい待ってろ。話し終わったらすぐ帰るから」
『っ、うん!ありがとう!!』

電話を切ると部屋着のままポケットに携帯と財布だけ入れ家を出た。


まじ何なんだよ、あの女。
自分勝手にも程がある。
普通こういう時は、家の近くに来る前に行ってもいいか確認するのが常識だろ。


まぁ確認なんてされてたら受け入れるわけないか。


そんなことを考えながらも、公園に向かう足はいつもより少しだけ早足で。別にみょうじだからじゃない。ただ俺を待ってたせいで変な事件に巻き込まれたとなれば、さすがに寝覚めが悪い。


・・・・・・ただ、それだけだ。



公園に辿り着くと、ぽつんと街灯に照らされたベンチに座るみょうじの姿があった。


みょうじは制服姿のまま、じっと俯いて地面を見つめていた。



地面を踏みしめる音に反応したみょうじが、ぱっとらこっちを見る。


そこにいつもの笑顔はなくて、まるで怒られることに怯える子供のように眉を下げてその大きな瞳を揺らしていた。



「話って何?てか急に呼び出すな、人の迷惑考えろよ」
「・・・・・・ごめん」
「はぁ。で?何の話なわけ?」


調子が狂う。
いつもなら、「部屋着の松田とか超レア!写真撮りたい!てか撮っていい?」とかって騒ぎそうなものなのに。

自分で言ってて気持ち悪ぃな、これ。


黙ったままのみょうじの隣に少しだけ間をあけて腰掛ける。



「・・・・・・あの女のこと好きになった?」
「は?」

小さく紡がれたその言葉に、俺は思わずなんとも間抜けな声を漏らした。


アホだ、アホだとは思っていた。
コイツが恋愛脳なことなんて、身をもって知っている。


万に一つもコイツが自分の行動を悔いるなんてないだろう。昼間のことを反省して謝るなんてことはないとは思っていたけどそんなことを聞かれるなんて思っていなかった。


「あの女って松野のこと?」
「名前知らない。松田の後ろの席に座ってたショートのブス」
「・・・お前そうやってすぐ人のことブスって言うのやめろよ」


しかも別に松野はブスではないだろ。
わかんねぇけど。てか今それは関係ないか。

俺がそう言ったことでみょうじの中でのその疑問が確信に変わったようで、その大きな瞳に薄らと涙の膜が張る。


「っ、はぁ?!なんで泣いてんだよ!」
「・・・っ・・・、松田が他の子好きって言うから!」
「言ってねぇし・・・。てかお前、千速の時は泣かなかっただろ。なんで今回は泣くんだよ」

俺の前でみょうじが泣くのは初めてのことだった。

いつもどんなに酷く突き放しても、傷付いた顔こそすれど涙は見せなかったくせに。


その瞳の縁に溜まった涙がぽたり、またぽたりとみょうじの頬を流れていく。


「千速さんのことは、私が松田に出会う前からのことだもん・・・っ・・・!でもアイツは違うじゃん!私から松田のこと盗るなんて絶対許さない!!!」

何だよ、その理屈。
てか俺はいつからお前のモンになったんだよ。

子供みたいに感情を露わにするみょうじに、頭を抱えたくなった。


涙でいっぱいだったその瞳は、今やメラメラと燃えるような怒りに染まっていた。


「その理屈だと、俺これから先誰のことも好きになれねェじゃん」
「なれるよ!」
「へぇ。誰なら許してくれるわけ?」

気が付くとみょうじのペースにのせられていた。


「私。てか私以外認めない。松田が他の女なんか選んだら、絶対その女との仲引き裂いてソイツのこと地獄に堕としてやる」

学校でコイツのことを可愛い可愛いって褒め称えている男連中に聞かせてやりたい。

おっかない顔でこんな理不尽なことを言う女のどこが可愛いんだよ。


「俺はみょうじのこと好きじゃない。諦めろって何回も言ってるだろ」
「知ってるよ、そんなこと。でも私は好きだもん」

悪びれる素振りもなくそう言い放つみょうじに、常識なんて通じるはずもない。

なんか疲れてきたかも。
何度目か分からないため息が口からこぼれる。


「・・・・・俺の幸せ願って身を引くとか、そういう考え方ってお前の中にはないの?」

よくあるだろ。
主人公のために自分の気持ちを押し殺して身を引くヒロイン。相手が幸せならそれでいいってやつ。


「ない。私は私が幸せになりたいもん」
「・・・・・まじ自分勝手だな」
「それに自分の幸せを願えない人が他人の幸せなんて本気で願えるわけないじゃん。そんなの偽善だと思う」


はっきりと言い切るその横顔から不覚にも目が逸らせなかった。それは俺にはない考え方だったから。

かといって間違えていると切り捨てることもできなくて。


「・・・っ、そんなことより!好きなの?好きじゃないの?あの女のこと!」
「だから好きじゃねェって」
「ホントに?これからも好きにならない?」
「そんなの誰にもわかんねぇだろ」
「っ?!」
「てかなんでそんなに松野のこと気にすんだよ」

コイツは自分に絶対の自信がある奴だから。
今までこんな風に他の女に露骨な敵対心を見せるなんてなかった。


うっ、っと息を飲んだみょうじは俺から目を逸らすと何度か口を開きかけてはやめるを繰り返す。


「何だよ、気持ち悪いからはっきり言え」
「・・・・・・てるから」
「は?なんて?」
「似てるから!!千速さんとあの女、何となく似てる気がしたから!松田の好きなタイプじゃん!」


千速と松野が似てる・・・?
2人の顔を思い浮かべてみるけれど、似てるとこなんてひとつも思い浮かばない。


「どこが?全然似てないだろ」
「・・・・・・っ、外見じゃなくて雰囲気とか性格の話!あの無駄に正義感強いところとか!」
「あぁ、そういうことか」

みょうじの言いたいことを何となく察した俺は、ぐっと両手を空に向けて伸ばしながら欠伸をした。


「・・・・・・似てねぇよ。千速は陰で誰かのことを悪く言う女じゃない」

あぁ、そうか。
だから俺は昼間、松野に苛立ったのか。

すとん、と胸に落ちてきたその答え。


「・・・・・・じゃあホントにアイツのこと好きじゃない?」
「しつこい。あと1回聞いたら今すぐ帰るぞ」
「っ、ヤダ!ごめん、もう聞かない」
「てか話ってそれだけ?終わったならもういいいだろ」


立ち上がった俺に続いて、みょうじも慌ててベンチから立ち上がる。

隣で俺を見上げるその表情は、さっきまでの涙と怒りが嘘みたいに笑っていて。


ホント、変な奴。


「じゃあ私向こうだから!来てくれてありがとね!また明日!」

公園の出口で俺とは反対方向に向かって歩き出そうとするみょうじ。俺はそんなアイツに背中を向けて数歩、家に向かって歩くとそのままくるりと踵を返した。


分かってる。俺が甘いし、馬鹿だ。


「・・・・・・送る。お前目立つし、帰りに何かあったら寝覚め悪ぃから」
「っ、!大好き!!!」
「引っ付くな!歩きにくいだろ」

腕にまとわりつくみょうじを払い除けながら歩く街灯に照らされた路地。

なんでコイツのことを突き放せないのかなんて、俺にも分からなかった。

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