ビクトリーズの総合練習の帰り。 丁度夕食時で腹が減った権田は帰宅途中カシミールに立ち寄った。
「あ、権ちゃ〜ん。」
軽快なベルの音と共に扉が開くと、カウンターに座り奈津姫とたわいのない話を交わしていた桜子がこちらに気が付き駆け寄って来た。
「お、桜子。お前もカレー食いに来たのか?」 「私はね。ま、権ちゃんはどうだかって感じだけど…。」
桜子は意味深な言葉の後ちらりと奈津姫の姿を盗み見た。 権田はその意味を理解すると一瞬顔を赤らめ「阿呆か。」と桜子の額を軽く小突いた。 権田が奈津姫に思いを寄せていたのは最早過去の話だ。 全く未練がないかと言うとそういう訳ではないのだが、もう彼女には大切な人が出来てしまいつつある。 その為自ら身を引いたのはまだ権田の記憶に新しい出来事だ。
「奈津姫、カレーと卵頼む。」 「はい、今すぐ作ります。」
権田はなるべく奈津姫を意識せず注文を取ると、席に戻った桜子が隣のイスをポンポンと叩いていたので渋々彼女の隣の席に腰を降ろした。
「ねっ、聞いてよ権ちゃん。私、アルバイトしてるって話したでしょ?」 「ん…ああ、近所の喫茶店だろ。」 「そうそう。そこにね、面白いお客さんがいてね…。」 「はい、権田さん。カレーと卵。」 「サンキュー。……で、面白い客?」
権田は奈津姫からカレーと卵が置かれたトレイを受け取ると、テーブルの隅で生卵を割りルーの真ん中にそれを落としながら桜子の話に耳を傾ける。
「うん。最近よく来るようになったんだけどねお店でずっとパソコンを触ってるんだ。」 「ふーん。まぁ、そーゆー変わった奴もいるだろ。ウチのチームにだっているぜ?ずっとパソコン弄ってるピッチャーが。」
彼が言うビクトリーズのピッチャーというのは最近助っ人で入って来た電視炎斬の事であろう。 権田の認識では変わり者揃いのビクトリーズ助っ人の中でも屈指の変人である。
「でね、その人にね何してるんですか?って聞いてみたんだ。そしたら、よくわかんないんだけど"僕と君の恋愛シミュレーションゲームを作ってるんだ"って。」 「ふーん…………恋愛シミュレーション?」 「その恋愛シミュレーションってのがよくわかんなくてチラッと見せてもらったんだけど、私と先輩にそっくりな女の子2人がね、その人にそっくりな男の人と抱き合ってて"ご主人様いっちゃう〜"って言ったりしてた。」 「ブッ!!……ゴホッ…げほゲホッ、」 「どしたの?権ちゃん。急にむせ返ったりして…よしよし。」
桜子の言葉に動揺した権田はカレーを喉に詰まらせ盛大にむせた。 そんな権田の大きな背中を桜子は小さな手で摩って少し落ち着いた所で水を差し出してやる。
「お、お前…、…意味わかって…、」 「よくわかんないんだけどー、その人その画面見てる時すっごく息苦しそうで。」
喘息持ちなのかな…?と、本気で心配そうな顔をする桜子に権田は呆れたように額に手をついた。 あぁもう…何でこんなにも鈍いんだ。 度が過ぎる天然に哀れんだ目で桜子を見つめ彼女から受け取った水を一口飲むとカウンター越しでやり取りを見ていた奈津姫は権田に近付いて耳打ちをした。
「ねぇ、権田さん。なんとかしてあげられませんか?彼女は何とも思っていないみたいですけどこれってれっきとしたストーカー行為のような気がして心配で…。」 「うーん。そうだな…、確かに少し心配だしな……オイ桜子。もう面白半分でその男に近付くな。」 「えーどうしてどうして?電視さん凄く面白いのに…。」 「……………おい今なんて言った?」 「え?電視さん面白いって…。」 「電視?」 「うん。そのお客さんの名前。権ちゃん知り合い?」
この翌日グラウンドにて、権田がバット片手に電視のパソコンをバラバラにしようとした事件が発生したのは言うまでもない。
(ど、どーしたんですか権田さん!) (るせー、のりお邪魔すんな。電視!そのパソコンのくだらないゲームのプログラムをさっさと消せ。でないとパソコンごと抹消する。) (きいぃぼぉぉぉどぉぉぉ!僕と桜子さんを引き離すなんて誰にもさせない!) (あーあ、電視め。鈍感な桜子がゲームの事を知っても問題ないが権田に伝わるとマズイと言ったのに…。)
end...
メイドキラー電視炎斬。 電視のゲームは全年齢対象なので権ちゃんはいかがわしい意味で捉えましたがそういう意味ではありません。
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