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「おはようございます…。」


放課後…私的理由で部活に遅れた大神は、夕日でオレンジに染まった校舎が幻想的な雰囲気を醸す頃部室の扉を開いた。
彼が入部し見違える程綺麗になったその部屋で彼の目に飛び込んだのは、机に突っ伏し力なく顔を上げてこちらを見据える女の姿。


「あ……おーがみくん……はよー…。」
「…桜子先輩?どうしたんですか?」
「ちょっと…気分悪くて…。」


突っ伏していたのは他でもない彼の一つ先輩で部のマネージャーでもある雛芥子桜子その人。
もともと雪のように白い肌だが、それでも健康的に見えるいつもとは違い今日はいかにも具合が悪そうといった様子だ。
少し心配になった大神は扉を閉めると桜子に近付いてゆっくりとその手を彼女の額に当てた。
伝わってくる体温は正常…熱はないだろう。一先ずホッと息を吐く。


「先輩、あれ程言ったじゃないですか…落ちてる物を拾い食いするのはよくないって。」
「おい。そんなわけないでしょ?なに?バットで殴られたいわけ?今なら私ホームラン打てる気がする。」


そう言ってふらつく身体で立ち上がり、部室の壁に立て掛けられたバットへ手を伸ばす桜子を見て大神は慌てて「ジョークですよ。」と付け足した。
なんとかバットから手を離してはくれたもののすっかりご機嫌ななめになってしまった桜子に大神は頭を掻き、何か思い出したかのように鞄に手を伸ばすとペットボトルを取り出し桜子に手渡した。


「水…よかったら。まだ口つけてないんで…。」
「…………へへ、ありがと!」


さっきまでの膨れっ面がみるみると煌びやかな笑顔に変わる様に大神もつい笑みを零した。
たかだか水一本でこんな笑顔が見れるなら儲けものというやつだ。
にしてもなんて単純な人…だがそこが桜子の魅力であり、また大神もそんな彼女を憎からず思っていること…認めたくないが正直自覚を持っていた。


「で、先輩なにか心当たりないのかい?」
「心当たり?うーん…」


自分の気持ちをはぐらかすように話を戻すと、ふと何か思い出したように声をあげる桜子に大神は何か思い当たる点があるんですか?と尋ねると、物々しい雰囲気を漂わせながら真剣な面持ちでこちらを見据える桜子の口から衝撃の一言が飛び出した。


「う、うまれる……。」
「…………は?何が?」
「赤ちゃん。」
「……………お邪魔しました。」


大神は回れ右して部室の扉へ向かうが、その華奢な身体のどこに隠し持っているんだとツッコミたくなるような怪力で腕を掴まれ身動きが取れない。


「離してくれ!僕は先輩の茶番に付き合う程暇じゃないんだ!」
「待ってよ。ねぇ今から真面目な話するから聞いて?」
「真面目な話…?」


「実は…この子…大神くんの子なの…。」


その言葉に大神は一瞬瞬きどころか呼吸をすることすら忘れていた。
そして酸素の行き届かない頭で必死に考える。

………は?……いやいや。
落ちつけ僕。
そんな訳あるか。あるもんか。
やってない。僕は何もしていない。
なのに僕の子?ないないない…そんなことは絶対にない。
ありえな……、


「ね、この間のこと…忘れちゃったの?」


うっすらと頬を染め上目遣いで問う桜子のその言葉に大神は背筋が凍り付いた。
そして、その意味を察すると鍛え上げられた脚力を発揮し一目散に逃げ出した。

違う違う違う…なんかの間違いだ絶対違う。そんな事実ある訳ない…怖い…逃げなければ…この部屋を脱出しなければ…。

大神がドアノブに手をかけたと同時に彼の背中に重みと温もりが感じられ、女らしいフローラルの香りが鼻腔をくすぐった。
今の大神にとってこれほどホラーなことはないだろう。
後ろから首に回された細くしなやかな両腕が何かと思うと、振り返ることもノブにかけた手を動かすことも出来ない。
背中に柔らかいものが当たっているとか彼の意識はそんな所にはなく、ただ恐怖と抗争していた。


「大神くん病院連れてってー!」
「やめろ!僕にさわ………おっもっ、」
「なっ!レディーに向かって失礼じゃないこのボンボンめ!……はっ!」
「っ…今度はどうしたんですか?」
「はしゃいだら…もう、うまれる!」
「はぁ?な、何言って……」
「あ…うまれた。」


そう言って桜子が大神の前に差し出したものに彼は目を凝らした。
ガチャガチャのカプセルくらいの大きさをした丸くて黒っぽい塊。

こ、これが僕の子孫だというのか…?
いや確かにこの形、色…僕がパパから受け継いだこの額のトレードマークと似て………ってそんな訳があるか!!!!


「なにこれ?」
「山田くんのチョコエッグ。」
「は?チョコエ……うわああぁあ!!」


バタリと床に崩れ落ちる大神もとい重度のチョコレートアレルギー患者。
その叫び声が止むと同時に部室の扉が乱暴に開かれ、そこには高らかに笑う島岡の姿があった。


「はっはっはっ、やったぜ!」
「ごめんね大神くん。島岡くんが大神くんに一泡吹かせてやらないと練習しないってきかなくて。」
「安心しろそのチョコは偽物だ。あー楽しかった。」
「もー!島岡くん、納得したならさっさと練習行ってよね!」


うつろな意識の中でも大神は全てを理解していた。
この茶番の首謀者は島岡であり、桜子の話は全て作り話で大神が想像した"この間のこと"など無論存在しないこと。
そして島岡は別に自分に嫌がらせをしたくてこのような計画を企てたわけではないということ。
随分とひん曲がってはいるが彼にとっては一種のコミュニケーションなのだろう…何故そんな事がわかるのかと言うとどちらかというと大神も彼と同じタイプだからだ。

…いや、それにしても悔しい。
騙された事にもだが、いくら条件を持ちかけられていたといえ桜子が島岡の肩を持ったこと…そして何よりも桜子を前にすると少なからず油断をしてしまう自分を島岡に気がつかれていたことに…だ。
しかし、今、後頭部に感じる桜子の膝の柔らかさと温もりが本物であれば全て許せてしまう…そう思えた。
たとえそれも島岡の思惑通りだったとしても構わなかった。





end...



薄い内容なのにどうしてもダラダラと長い文章になってしまう。




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