天文世界 43

 薬に必要な材料はあと二つ。その一つ黒竜蘭は皇帝の空中庭園にしか生えておらず、リュウカンがどうしたものかと頭を悩ませていると、それを偶然聞いたフッチが相棒のブラックに乗って一人飛び出してしまったのだ。
 スラッシュに乗ってソニア達も追いかけたが、空のどこにも彼らは見当たらない。嫌な予感がしつつ、ようやく森で見つけたのは黒竜蘭を握りしめ気を失ったフッチと彼を庇うように息を引き取ったブラックの姿であった。
 月下草、黒竜蘭、竜の肝。この3つを混ぜ合わせることで竜たちを死の眠りが目覚めさせる薬は完成する。フッチの意識が戻ったのは、薬の効果が出始めたころだった。

「そ、そんな……、ぶ、ブラックが……。」

 仲間の歓声とともに、フッチは相棒の死と救われた命を知ったのである。
 それから一晩たち全ての竜が無事目覚めたところで、解放軍一行は改めてヨシュアの部屋を訪れた。

「ティル殿、改めて竜洞騎士団を代表してお礼をいいます。貴方達のおかげで竜たちは救われた。」
「それでは、ヨシュア。」
「ハンフリー、またお前と肩を並べて戦えるな。ティル殿、我ら竜洞騎士団は貴方に付き従いましょう。」
「やれやれ、これでやっと本拠地に戻れるぜ。」

 憂いがなくなった今、同盟を阻むものは何もない。頷いたヨシュアにフリックがほっと胸をなでおろす。小さく聞こえるぼやきから、彼はどうも竜特有の臭いが苦手だったらしい。

「それでハンフリー、実は頼みたいことがある。」
「……頼みたいこと?」
「入れ、フッチ。」

 ヨシュアに促されフッチが入室する。あれから時間を置いたおかげか、落ち着きを取り戻したようだ。それでも彼の心の傷が癒えたことにはならないけれど。
 それでもヨシュアは心を鬼にして彼に告げる。

「竜を失った竜騎士は竜洞を出ていかなければならない。ブラックを失ったお前をここに置くわけにはいかないんだ。」
「分かっています。ブラックは多分、あの時僕を庇って……。」

 竜騎士と竜の絆は人間同士のものより遥かに強い。一度主君と決めた人間を竜は決して裏切ることがなく、主君を失えば自ら命を経つ。そして竜騎士もまた相棒の竜を失えば引退することが義務付けられていた。

「フッチ、自分を責めないで。」
「いえ、いいんです。僕はブラックが庇ってくれたんだと信じたいんです。」

 声を震わせるフッチをミリアが励ますが、フッチは自分の責任から目をそらすようなことは決してしたくないと首を振る。

「ハンフリー、フッチを引き取ってくれないか。お前なら安心して任せられる。」
「……分かった。」
「よろしくお願いします。」

 こうしてフッチも一行と共に解放軍本拠地に移動することになった。ミリアもまたそれに付き添うこととなる。





 ティルと共に本拠地に戻ってきたテッドの姿に、城で待っていたパーンとクレオはとても喜んだ。もう死んでいたかと思っていた人との再会だ、当然だろう。その一方でロゼッタは無茶するなと怒られたのだが。事の次第を既に聞いている2人もロゼッタには感謝しているが、彼女が犠牲になっていいわけではない。ファインプレーをした本人としては不服のようだが、周囲の気持ちも理解してほしいところである。

「随分と無茶をしたようじゃな。」
「うげ、クロウリーさん。説教ならティルやクレオさんに十分にされたんで、勘弁してくださいよ。」

 クレオの説教からようやく解放されたロゼッタを引き留めたのは、クロン寺の洞窟で出会った老魔術師だった。嫌世家である彼まで説教するつもりなのかとロゼッタは露骨に顔をしかめる。

「私はただ、君にアドバイスをしたいだけじゃよ。」
「アドバイス?」

 結局それも説教なのでは、と疑心暗鬼になりながらロゼッタは首を傾げる。
 百の紋章をその身に宿すクロウリーもまた、ロゼッタの特殊性は説明されずとも理解していた。世界の法則すら書き換え、紋章を破壊しかねないその魔力の危険性も。

「君にはなにかいつも身に着けているものはないのかね。」
「身に着けているもの……。」
「道具でもアクセサリーでもなんでもいい。だができるだけ小ぶりのものがいいだろうな。」
「ああ、それなら丁度いいのがありますよ。」

 それがどうしたのだろうとロゼッタは服の下に隠したそれを取り出した。




 帝国南部の解放は完了し、残すは北部。次の作戦に備え、ティルも集められた資料に目を通していた。

「ティル、入るよー。」

 入室前に声をかけるようになったものの、相変わらずこちらが返事するよりも先に扉をあけるロゼッタをティルも何も言わなかった。流石に個人の部屋に入るときはこのような行動はとってないようだし、もはや諦めたことである。

「今日も茶ぁしばきにきやした。」
「言い方。」
「私なりの照れ隠しだよ。」

 チンピラみたいな言い方をするロゼッタをティルが窘めると、彼女はいけいけしゃあしゃあと返す。日課に何をいまさら照れると言うのだ。手慣れた様子で淹れるお茶もいつもの味である。

「今日はちょっと渡したいものもあってさ、はいこれ。」
「これって……。」

 おもむろにロゼッタから手渡されたのはティルにとっても見覚えがあるものだった。夜になると彼女がいつも月明りに照らしていたペンダントである。

「どうして急にまた。」
「んー、ちょっとクロウリーさんにティルが持っていたほうがいいって言われてさ。ほらほら、つけてつけて。」

 比較的シンプルとはいえ女性もののそれを身に着けることに少々抵抗を感じつつ、ティルは促されるままペンダントを首から下げる。クロウリーのアドバイスというのだから、何か理由はあるのだろう。

「ちょいっと失礼。」
「い゛っ!?」

 そしてロゼッタがティルの手をとったかと思いきや、思い切り爪を立ててきたのである。不意打ちに思わずティルも声を漏らし、手には血がにじんでいた。本当に今日は一体何がしたいのだと、ティルは彼女を睨みつける。

「ごめんごめん、今治すから。癒しの光を『キュア』」

 そして彼女の回復魔術が、爪痕をきれいさっぱり消し去ったのである。

「色々言いたいことはあるけど、俺にロゼッタの魔術は効かなかったはずだよね。」
「んー、簡単に言えばシークの谷の現象を再現した的な?」

 クロウリーがロゼッタにアドバイスしたのは効率的な魔術行使方法だったのだ。
 ずっと前に話した通り、彼女のペンダントは元の世界にいたころから身に着けていたものであり、彼女と同じ性質の魔力が込められている。ずっと肌身外さず持ち歩いていたのだからなおさらだ。
 そしてその魔石とロゼッタの魔力を呼応させることで、シークの谷の時と同じような現象を引き起こすというわけである。範囲こそ限定されるものの、自前の魔力だけで行うわけではないのでロゼッタの負担も少ない。

「だからいざってときのためにも、それはティルに持っていてほしいんだ。」
「そういうことなら行動する前に先に言ってくれ。ロゼッタはいつも突然すぎるんだよ。」
「あー、ごめんね?」

 へらりとしまりのない笑顔で謝るロゼッタに、ティルは反省する気はないようだとため息をつくのだった。

献身と知恵
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