天文世界 06

 育ちの良さを感じられる顔して帝国に目をつけられた大将軍の息子もビクトールの興味をひいたが、彼の連れである少女もまた興味深い存在だった。一見儚げな印象を与えるロゼッタはその実、下手な男より肝が据わった異国の紋章使いである。鞭の扱いこそ素人の域を出ないものの、光の盾で攻撃を防いだり光球で魔物を吹き飛ばしたりと戦うことに迷いがない。おそらく手袋の下には破魔の紋章が刻まれているのだろうが、連続で光の球をくりだしたときは目を見張るものがあった。本人曰くこの程度の術ならあまり魔力を消費をせずに済むからだそうが、並大抵の紋章使いではそうはいかないだろう。
 この二人が仲間になればきっと面白いことにりそうだ、とビクトールは胸を躍らすのだった。



 レナンカンプまでの道中で発覚したことだが、以前まで効いていたロゼッタの回復魔術がティルに弾かれるようになった。テッドの時と同じ現象にソウルイーターが原因だろうと推測できたが、テッドもそれに気づいて今までロゼッタに気持ちだけでもうれしいといっていたのだろうか。それはそれで、あの時テッドがロゼッタにティルを任した理由が分からなくなってくるのだが。
 レナンカンプは赤レンガの落ち着いた佇まいの町だった。既にグレッグミンスターで逃亡者がでたという噂話は流れているものの、まだ情報は回り切っていないらしい。街にいる帝国兵はあいつが犯人ではないかと通る人通る人を疑っているようだが、ティル達がその人物だと気づいた様子はない。
 ビクトールとはしばらく別行動をとることになり、一行は町で薬の補充や装備品の新調をすることにした。なんせ突然の脱走劇にろくな準備もせぬまま屋敷を飛び出したからだ。
 そこで活躍するのがロゼッタのカバンだ。多めに買った薬や携帯食料が難なく入ったそれは、肩に下げても買い物前と重さがまったく変わらない。錬金術とやらで作られたものらしいが、ティル達の理解が及ぶ代物ではない。持ち主のロゼッタもカバンの中が異空間であることしか分からず、細かい理屈は知らないので当然と言えば当然である。ともかくこの旅の荷物持ちはロゼッタとなりそうだ。
 買い物を終えた一行はビクトールに紹介された宿にむかった。どうやら部屋の手配も彼がしてくれていたようで、大部屋に案内される。せっかく手配してくれるなら男女別にしてほしかったが、代金も払ってもらっている以上文句はいうまい。それに連日野宿だったため、ベッドがあるだけでもありがたい。

「ふかふかお布団〜。」
「ロゼッタさん、はしたないですよ。」
「ぐえっ」

 部屋に入ると即座ベッドにダイブしようとしたロゼッタの首根っこをグレミオがひっ捕まえる。ティルがどこか大人びているもあるが、彼と同い年の彼女は時折幼い行動にでるので、グレミオとしては彼女も目が離せない存在だ。せっかく清潔にされたシーツを汚さないためにも風呂や着替えをすませてから横になったほうがいいだろう。
 一方ティルは部屋全体を見渡したあと、大きな振り子時計をじっと見る。厳密には時計の足元だ。クレオがそんな彼に声をかける。

「坊ちゃん、何か気になることでも?」
「ここの床、妙にすり減っ」

 ティルがそれに応えようとしたとき、部屋の外が騒がしくなった。目撃情報をえた帝国軍が宿におしかけてきたのである。それも声の数からして一人二人ではない。いくら手配書が出回っていないとはいえ堂々としたのが原因か。どうやら宿屋の主人が足止めしているみたいだが、それも長く持たないだろう。

「ああ、もう!あんな男信用するんじゃなかった!」
「グレミオ、今はそれよりここからの脱出方法を考えないと。」

 裏切られたと騒ぐグレミオをティルが窘める。それにもし彼が裏切ったなら、既にグレッグミンスターで憲兵に差し出しているはずだ。

「だけど窓の外にも兵士の姿が見えるし、この数を正面切って戦うのは厳しいものがあるよ。」
「詠唱時間さえかせいでくれたら前みたいに目くらましできるけど。」

 深刻な顔をするクレオにロゼッタが提案するが、同じ手が続けて通用するか怪しいものがある。一度に多人数全員に目くらましするのは確率的に難しいものがあるし、相手も二度目となればなんらかの対策もしているだろう。
 絶体絶命だ。

「貴方達、こっちよ!早くして!」

 4人しかいないはずの部屋に知らない女性の声が響いた。一体どこから聞こえてくるのだときょろきょろするグレミオとロゼッタに対し、ティルははっとした顔をする

「グレミオ、時計だ!時計を動かすのを手伝ってくれ!」
「は、はい!」

 グレミオとティルが二人がかりで時計を動かすと地下に続く階段があり、亜麻色の髪の女性が立っていた。

追っ手と救いの手
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