04



「じゃぁ神田くん、私バイト行ってくるから帰りたくなったらこの鍵かけて新聞受けのとこに入れて帰ってね。」

「…わかった。バイトは何時に終わるんだ。」


…帰る気ないんかい。


「8時に終わるよ。」

「夜飯は?」

「…………。」


知らないよ。自分でやってくれ。というか帰ってくれ。家出か反抗期か尾崎豊かわからないけどとりあえず帰ってください。ちょっと悪になりたい時はあるだろうよ。私だってあったさ。しかしだね、その悪になりたい時に私を巻き込まんでくれ。
夕飯はカップ麺を食べてください。かっぷめん?とカップ麺を知らない神田くんにコレにお湯を入れて三分待つだけですと伝えて私は家を出た。(最近の子はカップ麺も知らんのか。ってあれなんかおかしくない?)


今日はバイトを早く終わらして警察に行こう。神田くんについて相談しに行こう。あんな性格して育ってるんだからさぞいいとこの坊っちゃんなんだと私は考えた。捜索願いとか出てるよきっと。私はバイトの準備をさくさく進めてバイトの制服と夜から雨が降るということで折りたたみ傘をいれた鞄を持って玄関に手をかけた。


「じゃぁ行ってくるからね。戸締りしっかりしてくれればいいから。」


と言って玄関まで見送りに来てくれた神田くんに言った。…見送り、してくれるんだ……。…なんか、もっと嫌な子かと思ったけどそうでもないらしい。さっきも、ご飯食べたあと「馳走になった」って言ってたし。でも馳走になったと言う時点で上から目線。だけどまぁ、見送りしてくれるとは…。意外に優しいところもあるのかなと思ってると神田くんが何かを言いかけた。


「…おい。」

「ん?なに?」

「……いや、…なんでもない。」


な、なんだ…?
何か言いたそうだったけど、神田くんはそれ以上何も言わなかった。いったい、なんだったんだ。





「すみません。そういうことなので早退させていただきます。」


バイト先の店長に多分家出だろう少年が私の家にやって来て身元不明だし明かそうともしないので今日近くの交番に行きたいと言えば店長は同情したように「そりゃぁ大変だったね、いいよ。」と言ってくれた。それから最近三歳になったばかりの娘さんを持つ店長は一時間前よりちょっと早く私を上がらしてくれた。多分、子供を持つ親として色々心配してくれたんだろう。(神田くんにも、私にも。)今日バイト被ってた人達に事情とお礼を言って私はバイト先を出た。


帰りはやはり雨だった。

いつもより早めに上がったけど明かりのない夜の時間には変わりなくて、しかも雨も降っているし、あたりは街灯が寂しく光るだけの真っ暗な夜道だった。この道は人通りも少ないし街灯も少ない真っ暗な道。こんなに真っ暗だとお化けも怖いだろうな。そんな呑気な考えをしながら歩いている私だけど、夜道は怖いと感じる。
後ろから雨を弾きながら自転車が通るだけでも心臓を氷らせて大袈裟に驚いてしまう。雨で足早に家路に帰るサラリーマンの足音さえ、怖い。ううん、違うな。夜道が怖いんじゃないんだ。後ろから急に人が現れるのが怖い。どきっとする。変な汗をかく。後ろから誰かが来るとわかると大袈裟に驚いて、その人を逆に驚かせてしまう。こういう一人の夜道は、尚更怖い。びくびくしてしまう。無駄に驚いてしまう。


そう、今だって。誰かが後ろからやってくる足音が、怖い────



「おいお前っ」

「っ……ぅ、ぇ……」


足音は私の背後で止まって、私を見上げていた。まるで夜に溶け込むような黒髪だな、なんて思った。


「…神田くん……?」

「お前、女一人でこんな暗い道歩いてんじゃねぇよ。」


私を見上げたびしょ濡れの黒髪は、神田くんだった。腕を組んで、まだ小学生くらいだろうなのに睚が上がっていて私を呆れたような目で見上げていた。彼の切り揃えられた前髪がぐっしょりと濡れて額から雫を零している。本当、この子…目付きが悪い。


「どうして…。」

「お前の護衛をしてやるって言ったから、ずっといた。」


これがあと10歳プラスされたら間違いなくストーカーだな、という言葉を飲み込んで、私はゆるゆると溜め込んでいた息を吐いた。あせった。ちょっとびっくりした。私の頭には、こんな道でいつだったか怖い思いをしたことを思い出していて、またあれかと思った。だけど違った。私の後ろにいたのは茶髪の彼じゃなくて、真っ黒な髪をした、神田くんだった。


「バイトはどうした。8時に上がるんじゃなかったのか。」

「あっと、えっと…、早退させてもらって。この先に用事が…、」


というかその角曲がったところなんだけどね、そこにね、交番があって、キミのことについて話があるから。とは言えなかった。だって、護衛って……。冗談とか例えみたいな部類で片付けてたのに。まさか、ずっといたって……、ずっとここにいたってこと?私がバイトやってるとき、こんな雨の中、キミ何してたのよ。

まさか…、ねぇ。

私は神田くんの手をとった。「なんだ、勝手に触るな」とすぐに弾かれたけど、伝わってきた冷たさは結構なもので…この子…私がバイト上がるまでずっと外にいたの?嘘でしょ。雨降ってるんだよ。自分の家に帰る気がないなら私の家にいればよかったものを。なにこの子。いい子なのか嫌な子なのかサッパリわからない。
神田くんを見つめながら私がボケーと立っていると神田くんは先を歩みだした。


「この先に用事あるんだろ。さっさと済ませて早く夜飯作れ。」


わけ、わかんない。


一日経てば結局寂しくなって帰ると思ったのに。本当に護衛しに来ちゃったよ。こんな雨の中、体冷やして、何やってるんだよこの子。


もしかすると、本当に?


本当にヴァチカンの黒の教団ってとこから来て、行くところがないの?帰る場所がわからないから私の家に一日もいたの?テレビがわからないって本当だったの?カップ麺も知らないって本当だったの?キミの妄想話は、本当だったの?


なら、


本当にそうなら、


この先の角は曲がっては駄目だ。



「…待って神田くん…!」

「…なんだ。」


と振り返った神田くん。
…本当、目付き、悪い。私は神田くんの目付きに気負けしたように、彼に向かって伸ばした手を引っ込めた。な、何、手なんか伸ばして引き止めちゃってるんだろう、私。

…でも、


「……用事、やっぱいいや。」


私は彼へと一歩近付いて、せいぜい定員一名の折りたたみ傘の中に入れた。ノースリーブの神田くんの服から覗く腕が、ひどく寒く見えた。(いや、現に今日はとても寒い。)鞄からタオルを出して、神田くんの顔を拭いてあげれば「触るな」と言われたけど、さっきみたいに弾かれることはなかった。


「帰ろっか。」


男の子にしては長い彼の前髪を左右に分けてそう言った私に、神田くんは、「変な女。」と包み隠さず言ってくれた。やっぱり警察に押し付けようかと思った。でも、その後神田くんがくしゃみをして、私は小さく笑った。


雨に濡れて私を待ってくれた彼の瞳を、少しだけ信じてみようかな、と思ってみた。


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