06



***.



「あ、王子あのグラマーな女は?俺的にストライク!」

「テメェーの好みなんて聞いてねぇ。」

「王子あちらは?あれはドップ家のご息女、キャッシュ・ドップですね。家柄的に問題ないですよ。」

「容姿に問題あるだろう。」

「抱きつきたくなる腹さ!」


眩しそうに、うっとりとこちら二階席を見上げる女性陣に神田とラビとアレンは表情だけ繕い女性吟味をしていた。舞踏会と言っても最初は挨拶を延々と繰り返し、誰がどこの女かを紹介させられ、愛想程度に頭を下げる。それを繰り返し今は全ての女性が紹介し終わり王子は二階席で休憩を取っていた。これから気に入った女性の手を取りワルツを踊ることになっているが……。女性達はこれまでの一生で見たことのない程美男子な王子と踊りたくてそわそわしているというのに、王子はつまらなそうに女を見下ろしているだけだ。


「もー王子どんなのがタイプさ!」

「興味ない。」

「王子…!衆道でしたか。気付かずに申し訳御座いません。」

「誰が、いつ、そう言った…!!このクソモヤシ!」


抜刀したくなる手を抑え王子は座り直した。だいたいこんな合コンもどきな舞踏会で結婚相手を選んでいいのだろうか。例えここで(絶対ないが)自分の好み(好みと言っても自分の好みもよくわかっていないが)の女が現れたとしても、美人は三日で飽きるという。好みの女もきっとそうだ。そう舞踏会が始まる前に零せばアレンが「三日で飽きない美女を選ぶか既成事実を作るか、僕はどちらでも構いませんよ」と言ったので実は舞踏会が始まる前に軽く剣を交えている。


「ラビ、蓮の女の子はいないんですか?」

「ん〜。さっきの顔合わせで一通り見たけどいなかったさ。」

「…居ないって事は二年も黙って待たした男をまだ待ってる、とか?」

「ハッ、んな訳ないだろ。」


聞いて鼻で笑ってしまう。そんな事、あるはずがない。彼女はきっと、いい男が出来たのだ。それか、結婚したか。見目は悪くない方だった。多分、いや贔屓目無しで見ても先程顔を合わせた女達より群を抜いて美しい女だった。光りに当たればダークエメラルドに輝く髪に、同色の瞳。片手で包み込めるような小さな顔に雪を散らした白皙。ふっくらとした唇は果実のようで触れればとても柔らかい。それに体は貴族の娘とは思えない程ほっそりとしていて、強く抱き締めたら折れてしまいそうな細腰だ。

そう、ちょうど、

あの奥にいる女のような……


「っ!」


思わず椅子から身を乗り出した。城の広間入り口、たっぷりと流したカーテンに隠れるようにその女はいた。何かを探すように辺りを見回し、足をさ迷せている。

支えたくなる程の細いウエストラインから花の蕾を下げたようなドレスだ。鎖骨を魅せるかのように肩口が大きく開き、細い肩が出ていて艶かしいドレスだが、それ以上に上品なドレスの色が彼女を美しく演出していた。蓮の花のような、淡い、薄桃色のドレスだ。彼女が足をさ迷せるたびに広間の光りがダークエメラルドの髪を輝かせ、いつか彼女に贈った花が髪に挿さっている。

心臓が高鳴る。
間違いない、彼女だ。

女は広間には決して入ろうとはせず、ちょうどそこに通りかかったメイドに声をかけて何か一言二言会話をした後、背中を向けた。行ってしまう。王子は椅子から立ち上がり、踵を返した。


「王子?」

「少し席を外す。何とかしてろ。」

「何とかって……ん?」

「ちょ、バ神田!」

「ちょい待ちアレン」


王子の腕を引き止めようとしたアレンの腕をラビが引いた。彼の翡翠に何処かで見た女の子が映ったからだ。


「ラビ…?バカが行ってしまいましたよ……どうするんですか。」


主役が居なくなってどうするんですか、とじとり王子を逃がしたラビをアレンが睨んだが、ラビは隻眼の翡翠でウインクをした。


「それを何とかするのが俺らの仕事さ。」




***.




水瓶を抱えた女神像は今も静かに優しく微笑んでいた。今は広間に人が集まっているせいか人はまったく通らないし、照明もどこか寂しげに灯っているだけだった。少し忘れかけていたここまでの道のりを先程メイドに聞いてここに辿り着けた。ナマエはそこに腰掛け、変わらないその場所に一息を吐いた。夜風が気持ちいい。

あれから魔女見習いのミランダにこのドレスを魔法で仕立ててもらい(何度か失敗したのは目を瞑っておく)、化粧を軽くリナリーにしてもらった。ここまでの馬車はまさかのコムリンV弐型。見てくれはあれだったが流石天才であるコムイ。機能性に関してはまったく問題がなかった。しかし魔女見習いであるミランダに仕立ててもらったドレスの魔法は12時までが限界だと言う。それに付け加えてコムイがナマエに言い付けた門限は12時だった。どっちにしろ12時には帰宅しなければならないのだ。城に入る前に見た時計の針は11時で、あまり時間が無いのが悔しい。

こうして待っているだけじゃ彼を見つける事なんて出来ないのに。彼との唯一の手がかりと思い出がここしかないから動けない。

やっぱり会えないのだろうか。忘れ去られているから、会えないのだろうか。そう息を吐いた。その時だ。


「…今日は、月が綺麗だ。」


甘い、テノールが耳を擽った。
忘れるはずが無かった声にナマエは立ち上がり声の元へと振り返ろうとした。しかししばらく着ていなかったドレスというそれに足を取られガクンと膝を折った。が、その膝は落ちることなく、腰に大きな手が回って立ち戻れた。目の前には上質な布を纏った広い胸板がある。漆黒に純金の飾りが施された縦襟の礼服、すらりと伸びた足には艶々の革靴、ゆっくりと見上げたそこには息を忘れる程の黒真珠の瞳があった。薄い唇に、整った鼻筋、涼しげな瞳にかかる純黒の長い髪。指が、足が、震える。


「…私の事、覚えてる……?」

「思い出さない日なんてなかった。」


そう切なげに囁かれて指先まで汗をかいているのがわかる。どうしよう。あの人だ。


「お前こそ。俺の事、覚えてるか?」

「…ずっと、会いたかった。」


心臓にも汗をかいてる気がする。とくとくと早鳴って、彼の指が私の髪を撫でると髪まで汗をかいている気がしてきた。彼が触れてくる全ての場所が熱い。腰も髪も、見つめられている瞳も。


「蓮の花…。」

「…え……?」

「どうして枯れてない…?」

「あ、これは母が亡くなる前に…。そう、私…」


髪に触れる彼の大きな手を取ってナマエはずっと言いたかった言葉を少しずつ吐き出した。


「父と母が亡くなって…、それで登城できなくなって…。だから貴方に会いたくても、会えなくなって。でも、蓮の花はここにあるから。あの、わたし、」


少しずつでも、詰まってしまう。言いたいことがありすぎて、喉が狭くて言葉が詰まっている。詰まっているから上手く吐き出せない。仕舞いには何て言っていいのかわからなくなって、困ったように彼を見上げれば彼の指が蓮の花を触った。いつかの、蓮の花を愛でるようにしている彼のように。


「俺も、会いたかった。」


腰を抱かれて、頬が彼の胸板に押し付けられた。心臓がぎゅううっと苦しくなる。嬉しいのか、恥ずかしいのか、泣きたいのか、わからない。心臓が苦しい。

恐る恐る彼の腰に手を回した。大きくて回しきれないが、彼の温もりが全身に伝わってきそうだった。

肩をゆっくりと離されて、視線が絡み合う。呼吸が出来ない程の美しい黒真珠に魅入られた。動けない。ただ、彼の手のひらが自分の頬を包んで、震える睫毛を落ち着かせるように目尻にキスをされて、ぎゅ、と瞑れば今度は唇にキスをされた。触れたかどうか疑いたくなるような、淡い、キス。蓮の花のように儚い、しかし必ずそこにある、キス。もう一度唇が落ちた時にはもう、呼吸の仕方など忘れていた。


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