とある5月23日
このまま書き続けたら私腱鞘炎になるんじゃないだろうか(…腱鞘炎になったらテスト受けなくてもいいかな…)。まとめたノートに限界まで走らせたシャーペンを投げて私は後ろのソファに凭れかかった。そのソファにはさっきからずっと小難しそうな雑誌(全部英文なの…。)(発狂レベルだよ…。)を開いてるユウがいて、ぐでんと倒れ込んだ私に苦笑してた。
「テスト勉強は終わりか?」
「…休憩ください…」
「テスト前に勉強しないで毎日予習復習してればテスト前に時間かけなくて済む。」
「………ムリムリ…。ムリムリ。」
ユウの言葉にちょっとなるほどねーと思ったけどそれはすぐに打ち棄てる。一瞬考え直してみるけどやっぱりそれは無理だと思うよ!そんなの誰も出来なかったから一夜漬けという単語があるんだよ。
「これでもちゃんと配分して勉強するようになった方だよぉ」
「ほう」
「今まで一夜漬けは当たり前だったし…、ユウがテスト勉強のやり方教えてくれなかったら今絶対血眼になって勉強してるよ…。」
今まではテスト一週間前になったら本気出す、三日前になったら本気出す、明日になったら本気出す、…12時過ぎたら本気出るはず、とか常に追いこんで活路作戦(活路どころではない)だったけど、ユウにテスト勉強の仕方を教えてもらってからは割りとスムーズに勉強できている方だ。…テスト成績もそれなりに上がったし…。今回もこのままやっていけばそれなりの点数は取れると、思う。それに今までと同じ勉強の仕方だったら余裕無いし、こうしてユウの家に来れてなかったと思う。
「10分くらい休憩。」
「そうだな、許そう。」
許可制なんだ…!テスト勉強の休憩って許可制だったんだ…!(俺様め…。)長い足を組んで座ってるユウの太ももあたりに頬をぺたりとくっつけて長い(そこまで長くないけど…)勉強時間から解放された疲れを吐き出す。ふう、と一息つけばユウは読んでいた雑誌を机に置いて私の頭を撫でてくれた。うわ…、幸せ…。これ一生やられたいカモ。ユウの大きい手が私の頭のてっぺんから首の裏あたりまで行ったり来たりして、優しくて、穏やかで。つい目を閉じそうになったらユウが私の頬を軽く摘まんだ。
「おい寝るな。」
「寝てないよっ。目閉じただけ。」
「どうだか。」
「〜〜っ」
口端をくっと上げるように笑うユウはやっぱり意地悪だ。人がせっかくいい気持ちになってるのを、いい気持ちにしてくれた本人が壊してくれた。こ、こんちくしょう…。むっとユウを睨んでいるとユウはおもむろに組んでる足を解いてそのところを軽く叩いた。そのところって、その、ユウの足の上なんだけど。
「え…、あの…は?」
「ほら早くしろ。」
「ちょっと待って、なに、そこに座るの?」
「早く。いーち、にー、」
「あ、待ってまって!」
ユウの口からカウントダウンが始まってつい慌ててユウの膝に乗ることになってしまった。(だ、だってあのカウントダウン無視すると何されるか…!)ひ、膝って、あの、どう座るの?そのまま?横向き?ど、ど、どっち?ともたもたしてるとユウが私の手を引っ張って、結局、ユウに跨って向き合う感じで座るようになってしまった。あ、足が…。(跨いで座るなんて…は、はずかし…い…!!)
「あ、あの、…ゆう?」
ユウの手が腰ともお尻とも言えないようなぎりぎりのところに回って、た、多分ユウのことだから変な意味で触ってるわけじゃないんだろうけど、位置が位置なだけに、す、すごくどきどきするんですけど。もっというと、ユウの顔がホントすぐそこにある…!
「何顔そらしてんだよ。」
「だ、だって、ちかい…っ」
「ナマエ。」
「…っ」
とろけるような甘い声で名前を囁かれてしまった。すでにユウという男の人に全てを握られたように"教育"されてる私は自分の名前だけでも心臓の鼓動が速くなる。
「こっち。」
「…ヤ、」
む、向いたらユウの綺麗な顔がすぐそこにあっちゃうじゃない…!存在しちゃうじゃない…!!そ、そんなのって恥ずかしいよ!!(ただでさえ膝上に乗って恥ずかしいのに!)ユウの声に死んでも振り向くかぐらいの勢いで突っぱねていると、ユウがふう、と溜息を吐いて、あ、諦めてくれたかな…?とおそるおそる目だけそちらに向けると、ユウは首元のネクタイを少し緩めただけで、さ、さらに私の第二ボタンまで空いてるそこに手を伸ばしてきて、
「っ、ちょ、ちょっと…!?」
「ボタンは第一までって言ってるだろ。」
「……え…?…あ…は、はい。」
ボタンを一つ、ひとつ、留めていく。
び、びっくり、した…。な、何かされるかと…………っな、何かって!いや、あの、その、べ、別に変な意味じゃなくて…!!
されるがまま第一までボタンを留められてしまって、ちょっと息苦しいけど、さっきまでの変なフンイキからこの流れにいくとは思わなかったので、思わず「あ、ありがとうございます…」なんて言ってしまった、
次の瞬間、
隙ありとばかりに笑ったユウの顔がすぐそこにあって、唇に、甘いと息とそれが触れる。
「っ、」
「ばーか。」
ちゅ、と間髪入れずにまたユウの唇が、今度は唇の横をついた。
「〜〜〜〜っ、な、あ、ぅ」
キスされたそこに手をあてれば楽しそうにくすくす笑ってるユウがすぐそこにいて(跨いで座ってるからすぐそこなんて当たり前なんだけどっ)抑えてる私の手をやんわりと退こうとしている。ど、退かしたら、ま、また来るの…?それは、う、嬉しいような、まだ心の準備が整ってないのでしばし待って頂きたいような気持ちがごちゃごちゃと入り混ざって、ど、どんな顔をすればいいのかわかんなくなるっ。
「ゆ、ゆう…っ、あ、あの、」
「待ったなし。」
「えぇっ?」
言おうとしてた言葉をユウが先に封じて、え、じゃぁ、じゃぁ、えっと…、と言葉を探している内にまた触れるだけのキスが。
「っ、」
「テスト勉強で待たされる俺の身にもなってみろ。」
「ふえ…?ぁっ、ん」
「そんなこと言われたら立場上邪魔できないだろ。」
「〜っ、ん」
あむ、と唇を甘噛みされて(あ、あまがみ…っ!?)、それが一回とかじゃなくて、まるでプリンの食感を楽しむみたいに何度かあむあむされて、ひとしきり甘噛まれたそこからやっとユウの唇が離れて、あ、や、やっと終わった、と思ったら最後にまた、キス、された。
す、少しでも身じろぎをすれば再度触れてしまいそうな唇の距離に、浅い小さな呼吸をしていると、頬にユウの手が。親指で唇を撫でながらも頬を包むようにしてくれるそれは、すき。なんか、ほぐされてる気分。私という物体が。心臓は爆発しちゃいそうなくらいばくばくしてるんだけど。
「ゆ、ゆう…、あの、休憩、10分…」
緩められたネクタイの向こうがやけに目に入ってきて眩暈がするくらい。張り出た鎖骨、喉仏、シャープな顎、意地悪そうに弧を描く、薄い、くちびる。
「あともう10分やるよ。」
細められた、黒い瞳。
押し付けられた唇は何にも例えることができないくらい、優しくて、柔らかくて、官能的で。私が息苦しく呼吸をしていてもユウは知ったこっちゃない。本当に苦しくなったら呼吸をやっとくれて、ほんの二秒も満たない内にまた口付けは再開される。静かな部屋に衣ずれの音と呼吸、そして微かなリップノイズが響くだけ。何度も触れるだけのキスをして、角度を変えて深く、より深く。ゆっくりとソファに押し倒されて見下ろされた黒い瞳に掴まって私の逃げ場は無くなる。ううん、そもそもユウが目の前にいる時点で私に逃げ場などないのだけど。
「ゆ、ゆう…、私からも、しても…いい…?」
(……10分じゃ足らないな。)
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