神田先生


「先生、」


私がそう呼べば先生は読んでいた雑誌から顔を上げて私のおでこを人差し指でとん、とつく。


「先生、じゃねぇだろ。」


切れ長の目で私を見つめて形の良い唇で言った。


「ゆ、ゆう…」


私が先生の(あ、また先生言っちゃった。)、ユウの名前を言い直すとユウは目を細めて私の頭を撫でた。


「コーヒーいれたよ。」

「あぁ。」


ユウが選んで買った黒いソファに私が座るとコーヒーを受け取ったユウも隣に座ってくれた。何もない殺風景な部屋だけど、ところどころに置かれた家具はシンプルで、ユウのセンスのよさを語っていた。


「テストはどうだった?」


ユウは長い足を組んで私の肩に腕を回して引き寄せた。先生…じゃなかった、ユウの大きな手にどきどきと心臓を鳴らしながらも私は答える。


「ユウのおかげで大丈夫そう。」

「当たり前だ。俺を誰だと思ってんだ。」

「神田先生。」


ユウは「これで落としたらその担任が馬鹿だ。」と回した手で私の髪に手を滑らせる。そう、今私の隣にいるのは去年私の高校の先生だった神田先生。黒く長い髪を一つに結って(ポニーテールって言うとユウはひどく怒る)授業をしていた新任イケメン神田先生は女子達のハートを確実に鷲掴みにした。そして、私のハートも鷲掴みにしてくれた。先生が授業で女子生徒を指せばその女子生徒は絶対に先生の虜になる。そんな伝説(?)を作った先生と私が付き合い始めたのは今年の3月のこと。たった一年で私の学校を離任することが決まった時、私は泣きながら先生に告白した。先生はずっと泣きっぱなしの私の頭を撫でてくれた。

そして、私の告白を受け止めてくれた。

私は先生のストイックな性格の中に見せるふとした優しさに(大変)溺れております。先生の事が大好きなんです。

今回だっていつも赤点ぎりぎりの私に(超怖かったけど)わかるまで教えてくれた。

本当にかっこよくて、優しくて、自慢の先生…じゃない、か、彼氏です。


「先生、コーヒー美味しい?」

「先生禁止。」


あっついカップを一瞬だけ私の額に当ててユウは言う。


「あつ、」

「はっ、熱さで頭がよくなるかもしれねぇぜ?」

「そんな話、聞いたことない。」


「今言った、」とユウは笑った。(あぁかっこいい…)そのふと見せるかっこいい笑顔に私は何度丸めこめられただろうか。や、本当にたまにしか笑わない人って、たまに笑った時の顔とかやばいよね。心臓に、悪い。(いい意味でね。)

ユウは飲み終わったコーヒーを机において、おもむろにハンガーにかかっていたジャケットを羽織った。


「…ユウ?」


ジャケットから鍵を取り出すユウ。
確か、あの黒い方の鍵は車の鍵だ。


「もう九時半だ。送る。」

「えっ?」


私もコーヒーを机において携帯を開く。
本当だ、9時28分だ。

でも、


「まだいいよ。」


ユウの側にいたいよ。


「駄目だ。十八歳は十時に帰宅だろ。」


そんなの、


「誰も守ってないよ。それに、バイトで10時すぎに帰る時もあるよ。」

「阿呆。」


とん、とまた私の額を突いたユウ。


「俺を誰だと思ってんだ。」

「……神田ユウ。」

「先生、だ。」

「………………………………、」


ずるい。

ずるいよ先生。

理不尽、だ。

そう私が唇を尖らすと先生は私の頭を大きな手で撫でた。


「何かあってからじゃ遅いんだぞ。それから、バイトは早く上がらしてもらえ。」


わかったな?って…


本当に、ずるい。



そこで私の大好きな顔で微笑まないで。

嫌だ、って言えないよ。


「先生の馬鹿…。」

「先生禁止。」

「どっちですか。」


私が下唇を噛むと先生が溜め息を吐いたのが聞こえた。う、泣きそう。我が儘って思われたかも。

やだ。やだやだ。

先生に嫌われるのは嫌だ。

私は慌てて携帯とブレザーと鞄を持って玄関まで走る。


「ごめんなさい先生、私、走って帰るっ」


迷惑とか、思われたくないよ。

ぱたぱたと廊下を走って玄関に揃えておいといたローファーに足を入れる。お邪魔しました、そう言ってドアノブを掴んだ時、目の前のドア以外に、大きな手が目に入った。先生の手だ、と思うより早く、先生の顔が私の顔の横にあって、もう一つの手がまたドアに置かれて、

あれ?私、先生とドアに挟まれた。帰れなくない?

先生のさらさらの髪が私の頬にかかって、わ、近い近い近い。初めてじゃない?こんなにも、先生に近づいたのって。近づいた?近づかれてる?や、もう、どっちでもいいよ。とりあえず、今になって心臓早くなってきました。


「せ、先生…?」


はぁ、ってまた先生が溜息ついた。だから、そんなに溜息吐かれると泣くよ。泣いちゃうぞこのやろう。そう溢れ出しそうな涙を我慢した時、先生が言った。


「お前を心配してんだよ。」


耳元で。(ひゃぁ、耳元だって!)それから先生は私の肩を掴んで、私と先生が向かい合わせになった。


(やべ、まじで近い。って、ちょっと先生、肌綺麗すぎ!私、昨日ニキビできたばっかりなのに!!)


そんな事を思っている私をよそに先生は私との距離を更に縮める。


「せ、せんせ…」


唇を指でなぞられて、(あ、ちょっと、これって、私、大人の階段のぼっちゃう感じ?)もう視界は先生の唇しか見えなくて、(私エロいのかな?)


「先生として、彼氏として。」


ちゅ、って音と一緒に私の唇にふにって感覚がおとずれた。ファースト、キスだ、


「お前の事を心配してるんだよ。黙って俺の言うことを聞け。」


先生、キスってこんな、柔らかいんだね。

初めて知ったよ。

先生に、教えてもらってしまった。


「お、俺様何様神田様…め、…。」


そう悔しげに睨み上げると、そこには形の良い唇を上げて笑うセンセイの顔があった。(かっこいいなぁ、もう。)


「当たり前だ、」



俺を誰だと思ってんだ。


俺様神田先生


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