交尾



見本だよ、と言われて渡された小さな冊子を私は何度も何度も見返していた。リナリーさんは「カタログって言っても雑誌の付録に何枚か載せてもらう程度なんだけどね」と言っていたけど、そ、そんなことないです!すごいです!リナリーさんの作られた服がこうして、写真になって、冊子になって、雑誌の、例え何ページでも載るんです!すごいことです!私も僭越ながらすごく嬉しいです、と言いたいけど声は出なかった。首の傷が歯痒い。でも、すごく嬉しい。


「まだ見てんのか?」


後ろからご主人様の匂いがして、あ、ご主人様、と振り向く前に体が持ち上げられて(は、わ、)ご主人様がソファに座るのと一緒に、私はご主人様の膝の上に座る形になった。は、わわ。


「ま、お前のモデルデビューだからな」


なんてからかうように(いや、ご主人様楽しそうだから、多分本気でからかってる?)言われて頬が熱くなる。確かに、写ってるのはリナリーさんの服を着た私とラビさんで、嬉しいような恥ずかしいような。
まったくいつ撮っていたのかわからない、ご主人様に大丈夫って言われた後の一枚とか、ラビさんのサマになってる一枚とか、私とラビさんが手をぎゅっと握ってる一枚(これは、あれ、です、ラビさんのワンエイス聞いた時だ)とか。最後の一枚なんて私びっくりしてて耳と尻尾がびくーんってなってる…恥ずかしい…。そう恥ずかしさを誤魔化すように耳をぐしぐししていると、ご主人様が喉で笑って、私のぐしぐし手を取って、覗き込むように私を見た。ふ、わ、ご主人様の黒目が、近くに。ふと真剣な目を向けられて、息、止まるかと、思いまし、た。


「妬けるな」


そしてまた小さく笑って、私の首の傷を噛み付くように舐めた(あ、ぅ)。ちゅくちゅく、吸うような、舐めるような、でもやっぱり吸うような、ちゅくちゅく、熱く音を立てられて、ちゅくちゅく、自然に喉がのけ反る。ご主人様の、舌、熱い。でも、すごく気持ちいい。尻尾が、細かく、震え、ちゃう(ごしゅ、ご主人様…)。


「俺以外の男がお前を見るとか…」


殺したくなるな、と最後はそう聞こえた気がした。ど、どういう意味だろう、ご主人様、男のヒト、殺したくなるのですか?そう首を傾げる前にご主人様の唇が私の唇を食べる(ぁ、ん、ぅ)。下唇を、まるでプリンを唇で遊ぶように優しく甘く噛まれて、ご主人様、あの、と顔を離す前に頭裏を大きな手で固定されて、もう、ご主人様しか見えない。ご主人様しか視界に、ない。抱き抱えられたまま、唇を甘噛みされたまま、ゆっくり、ソファに押し倒されても、ご主人様のキスは止まらない。ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、て角度を変えてされて、どうしよう、感覚がなくなってしまいそうになる。ご主人様と私は、愛玩という関係なんだという感覚。ちゅ、ちゅ、ちゅ。どきどきとろけてしまいそうなキスに耳と尻尾が取れてしまいそう。くちゅり、舌が入って、ぴくん、ご主人様と私の舌が触れ合う。あ、ご、ご主人様の舌が…、と思ったのは一瞬。ご主人様の舌は私の舌に触れるとすぐに引っ込んで、あ、あれ?といつの間に閉じてた目を開ければ、目の前には、ちょこっと舌を出して笑ってるご主人様の顔があって、え、あの、わ、私、何をして…と顔を反らそうとしたら名前を呼ばれた。


「ナマエ」


近い距離に、吐息に、耳が敏感になる。


「お前から、しろ」


お前から、しろ、というのは、あの行為の続き、ということだよね。しろ、ということは、命令で、ご主人様は、私にあの行為の続きをしろと言ってるわけで、私、して、いいんだよね。しろ、言われたから、しなきゃいけないんだよ。そうだよ、しなきゃ、いけないんだ。これは命令だから、私、う、嬉しいなんて、ご主人様とキスできて嬉しいなんて、思っちゃ、め。

ぺろ

「もっと」

ぺろ、ぺろ

「もっとしろ」

ぺろぺろ、ぺろぺろ

ぺろぺろぺろ…ん、ぅ、ん。

舐めてた舌ごと食べられるキス。ご主人様からのキス。どうしよう。嬉しい。気持ちいい。ご主人様のキス、好き。ご主人様、好き。ご主人様好き。どうしよう。好き。すごく好き。一ミリの隙間がないキスが嬉しい。もっと、もっとご主人様の傍にいたい。触れたい。触りたい。ご主人様。


「………っ」


自分が何をしたのか、わからなかった。
でもとにかくご主人様に触れたくて触りたくて、ご主人様の流れる黒髪を指先でなぞって、ふっくらした喉ぼとけを指で辿った。するとぴくんってご主人様の体が揺れて、はっとした黒眼が私を見下ろした。私は思わず(あっ、)と手を引込めようとしたけど、ご主人様の瞳に、ご主人様の瞳には自分しか映っていないのを見て、手は、そっとその場所に、ご主人様の首元に戻した。どきどきと鳴る心臓がうるさい。怒られるだろうか、殴られるだろうか、触るなって、気安く触るなって、怒られるだろうか、嫌われるだろうか、なんて、自分に問いかけるのに、そんなこと、ないって、誰かが言ってる。私の中で、誰かが、そう、言ってる。


「ナマエ」


ご主人様のお声が正解だった。
やけに獣のような目をされて、声が熱っぽい。襲い掛かるようなキスと同時にご主人様の大きな手が私の胸に置かれて(はっ)、キスとは違う、優しい手つきで胸の形を確かめるように触れられる。そして服の上からその先端を探るように指先が動いて、私の息は上がってしまう。は、ふ。ご主人、様。
激しかったキスからの解放に(は、はぁ、)ご主人様を見上げれば、ご主人様の目はとてもぎらぎらしていたけど、とても、嬉しそうに見えた。それから何か思い出したかのようにポケットに手を入れて、ごそごそ、ちりん、あ、赤いリボンと鈴。(…撮影の時外してて…、)ご主人様はそれを私の首に結んで、指先でちりんと鳴らして、リボンにキスをした。ん、んん。そしてまた持ち上げられる私の体。リビングを出て。


「出来るなら、家猫で一生外に出したくなかったんだがな」


下ろされた場所は、ご主人様のベッドだった。(ぎしり、ベッドのスプリング)



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