知人



今日の夕飯は鰤の照り焼きにしようと少し遠くのスーパーへと買い物に出掛けていた時でした。(遠くのスーパーになってしまったのは白いひらひらの蝶々を追ってたからじゃ、ないです、本当です。)帰りの道で本屋さんの前を通り掛かって、その店頭に並んでるファッション誌の表紙にリナリーさんを見付けて思わず立ち止まった。わああ、リナリーさんだ。大きな瞳をくりっとさせて、すべすべの白い頬を輝かせて、ぷるっとした唇を薄く開けて写るリナリーさんはとても綺麗で可愛くて。


「…もし、」


本当に素敵な人間だなぁ、と売れ行き好調な、残り冊数の少ないその雑誌の表紙をしばらく見ていると、聞いたことのある声が聞こえて、私は耳をぴくりとさせた。
少し長い金髪を後ろで綺麗に三つ編みにした、目尻がくっと上がった身なりのいい男の人だ。額にちょんちょんとついた二つのホクロには見覚えがあって、あ、と口を開けるとその人は少し安心したような顔をしたけど、それはまたすぐに引き締まる。


「やはり貴女でしたか。」


そう言われて私は頷く。
はい、私です。

そう頷いてみせた相手は、ハワード、さん。わたしが、前の街に居た時に知り合った、知り合いです。彼は何処かのすごいお金持ちですごい偉い人に仕えている獣人で、烏の獣付きです。でもパッと見て全然人間に見えてて、そこまで獣人っぽくないのは彼が獣人のクオーターだから。獣の血が四分の一なのです。おまけにあまり獣の血は濃くない方で、獣としての能力は無いに等しいみたい(獣の声はちょっとしか聞き取れないらしい)。烏なのに金髪だし。


「お久しぶりです。最近見掛けなかったので。」


と言われて、戸惑う。
あ、そ、そうなの。ご主人様が変わって、今は違うとこに住んでて、あ、今日はちょっと白いひらひらの蝶々を追ってたらここまで来ちゃってね、と言いたくても言えない。身振りでも伝えきれなくて、…はう、と耳を垂らすとハワードが目を細めて私を見た。


「…どうしました?それに、その喉の傷、」


本屋でまたお菓子の本を買っていたのか、片手に紙袋を抱え直してハワードは私の喉の傷を触れようとして、私はその喉に手をあてて首を横に振った。鈴が小さく鳴って、ハワードは眉を寄せた。


「喋れないのですか…?なぜ…と聞くのは愚問ですね。」


そう静かに怒ったように聞こえたハワードの声に私は慌ててハワードの手を握って首を振る。さっき喉に手をあてて振ったのとは、違う、まったく違う意味。違う。違うよハワード。


「では誰がその傷を?不意の怪我にしては不自然な切り傷ですね。」


責めるように言われて、ぐっと詰まる。ハワードには、わかってしまうんだね。でもね、違う。違うの。りるちゃんは悪くないの。私が、私がね。
そう伝えようとハワードの手のひらを取って、そこにあの日のことを書こうとしたその時だった。

ぐっと体が後ろに引かれて、ぽすん、と引かれたままの体が何かにあたる。固い、けどそこまで固くなくて、温かい、私の大好きな匂いがして自然と胸がとくんと鳴った。

ご主人、様っ

涼しげな切れ長の瞳でハワードを睨むようにして、私の体を引いたのはご主人様だった。ご主人様、どうしてここに?そう見上げてもご主人様は目の前のハワードを睨むだけだった。


「貴方は…彼女の新しい主人ですか。」

「主人じゃねぇ。」


さっくり。

言ったご主人様の言葉に私は全身の毛が逆立って、全部抜けてしまうような感覚に陥った。さっくりが、ざっくりに感じた。


「主人なんかじゃねぇ。」


ご主人様は、

私の、

ご主人様では、ないのですか?

足元ががらがら崩れていくような、気がした。視界がぐらぐらする。今にもずるって落ちてしまいそうな足を、なんとか踏みとどまらせた。

ご主人様が私のご主人様でなければ、私は、ご主人様の何なの、ですか。召し使いでも奴隷でも愛玩でもない。ご主人様が、主人でないなら、私は、わたしは。


「テメーは誰だ。」

「彼女の知り合いです。今久しぶりに会って、話をしていました。彼女の喉の傷のことです。」

「何か知ってるのか。」

「それを聞こうとしていたんですよ。ま、貴方に邪魔されましたが…少なくとも貴方より私の方が知っているみたいですね。」

「ナマエ、どういうことだ。…ナマエ、」


呼ばれて、我に帰った。
ご主人様が私の肩を掴んでりるちゃんのことを聞こうとしていた。私はそれにどうも答えられなくて、答えることができなくて、ただ違う、違うと首を振ることしか出来なかった。


「彼女の、」


そして「りるちゃん」を言いかけたハワードに私は慌ててハワードの肩口を掴んで、鈴をぢりんぢりん鳴らした。ぢりんぢりん、ぢりんぢりん、鳴らして、その肩口に顔を埋めた。やめて。言わないで。おねがいハワード。言ってほしくない。りるちゃんは悪くないの。私が悪いの。獣人の私が悪いの。だからお願い言わないで。りるちゃんは悪くない。それに、この話は、ご主人様に聞かれて欲しくない。

でも、ご主人様は、私のご主人様じゃ、ないらしい。







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