06



帰巣本能なんて言うけど、猫の獣人である私にもそれは一応付いている。以前、ご主人様に言われてお使いをしていた時、ひらひら飛んでる蝶々を追い掛けて知らない場所に行ったことがある。その時はなんとなく歩いて、なんとなく帰っていたら、なんとなく知ってる道に戻ってきて、なんとなく無事に帰ってきた。多分、これが帰巣本能だと思う。私の猫としての体内時計や生体磁石が知らない所でいっぱい働いてて、私の体には確実に獣の血が流れていることを、なんとなく理解した。つまり何が言いたいかと言うと、私はやっぱり獣人だから、猫としてふわふわしたものを目で追ってしまうし、それを仕留めたくなってふらふら追ってしまう。そしてそのふらふら歩いた結果、ご主人様達とはぐれたとしても、帰巣本能を使えばご主人様のお家に辿り着けるであろうと思うんだけど、

ショッピングモール内ではぐれた場合は、どうすればいいのだろう。

人間の子供が持ってたふわふわ揺れる風船に目を奪われた。狙ってはいけないとわかってはいるのだけど、つい目で追ってしまって、いやいや追ったところで仕留めることなんてしてはいけない(むしろ出来ないかもしれない。ご主人様の猫じゃらし、うまく仕留められない、から。)と我に戻ったところで気が付いた。

私、はぐれました。

どうしよう。はぐれました。さっきまでご主人様と手を繋いでた(…はず)なのに、あう、どうしよう。はぐれました、どうしよう、と私は耳をぐしぐしするのだけど、ぐしぐししたところで何か変わるわけでもなく。(でもとりあえずぐしぐしする。ぐしぐしぐしぐし。)たくさんの音で私の耳はご主人様の足音を聞き分けできない。たくさんの匂いで私の鼻はご主人様の匂いを嗅ぎきれない。どうしよう。

動いた方がいいのかな。
動き回らない方がいいのかな。
むしろご主人様達を探していいのかな。

ご主人様達を見付けて、嫌な顔をされたらどうしよう。ご主人様、もしかして私を捨てるためにショッピングモール連れてきたのかな。そうだったら、探さない方が、いいのかな。ずっとここにいた方が、いいの、かな。

そう、人間用ベンチの隣にある獣人用ベンチにふらふらと腰掛けて、私は目を強く強く瞑った。


だめ。
どうしよう。
わかってるのに。


ちかちかする脳内に、私は目をぎゅう、と瞑って、頭を振った。

どうしよう。
違うって、わかってるのに。
わかってるのに。

なんだろう。

そんなこと、ない。と思ってしまう自分が、そこに、いた。

そんなこと、ない。ご主人様はそんな事しない。ご主人様達はそんな事しない。私の事、探して、くれている。心配、してくれているかもしれない。

なんて事を、考えてしまった。(そんなこと、あるわけない。だって私は獣人だもん。ご主人様の愛玩だもん。いつ捨てられても、おかしく、ない。)獣人は、獣人。人間は、人間だよ、わたし。はぐれた獣人を探すとか、心配とか、そんなの人間次第。獣人を思う気持ちなんて、人間次第だよ。


そう自分に言い聞かせると、頭のちかちかが止んだ気がした。(その代わり、喉が焼けるように痛んだ。)ちかちかが止むと、たくさんの音と匂いが溢れるこのショッピングモールで、私の匂いを感じた。私の匂いというか、正確には、「猫の匂い」。猫が、いる。その匂いにつられて足を動かすと、鳴き声が聞こえた。その声につられてまた足を動かすと、私はペットショップの前にいた。

目の前にいるのは、仔猫。私と違って、純粋な猫。動物。ペット。元は同じ猫なのに、どうしてこんなに境遇が違うかな。ウィンドウ越しににゃあにゃあ(遊んで、遊んで)と鳴く猫はふわふわのクッショッンに囲まれて、おもちゃもいっぱいあって、ショップの店員さんと人間の人達にたくさん可愛がられる。今じゃペットに何十万もつぎ込む人間も珍しくないと言うけど、獣人の立ち位置は、変わらない。

にゃあにゃあ(獣人のお姉ちゃん、遊んで、遊んで)と鳴く可愛い、今人気のスコティッシュの猫に私は自分の尻尾をふわふわさせると、仔猫はウィンドウ越しに元気よく跳ねた。可愛いなぁ。いいなぁ。私もただの猫だったら、良かったのになぁ。そしたらご主人様に、好きなだけ、触れられるのに。たくさん触れてくれるご主人様に、私も、触れたい。もっと近い位置にいたい。

なんて烏滸がましい考えなんだろう。


「ナマエ」


聞こえた私の名前に、私は振り返った。(甘い、大好きな低音の声に私の耳奥が一瞬にしてとろとろになりそうだった。)
振り返った先に居たのは、ご主人様。


「…探した。急に見えなくなったから…。」


ご主人様はウィンドウにくっつくようにしてた私の頭を肩口に持っていって、ふう、と息を吐いた。(あぅ、)息が耳にかかった。


「心配させんな。」


耳元で言われたご主人様の声は小さく呟くようで、耳奥で囁かれたようだった。低くて、よく通る、大好きなご主人様の声。耳から、蕩けてしまいそうになる。そんな…。獣人の私に、そんなやさしい言葉を言わないでくださいご主人様。そう伝えたいのに、私の口は何も喋れなくて。私はご主人様が優しいのをいいことに、ご主人様の肩口に顔を埋めた。きっと普通の人間なら私を叩く。獣人風情が、って。でもご主人様は優しいから。そうご主人様の優しさに甘えて、私はご主人様の肩口にすりすりと額を擦った。


するとご主人様が私の耳を、

ぱくりとくわえた。(ふみゃあっ)




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