掻傷



ご主人様が何となく腕捲りした腕に、私は触れた。


「ナマエ?」


新聞を読もうとしていたご主人様の腕に触れて、するすると撫でる。確か、この辺だったはずだ。私が、引っ掻いた場所。でもあるはずだった赤い線は今はなく、ご主人様の腕は、何もなく綺麗だった。良かった…、と尻尾をへたりと落とす。


「あぁ…、引っ掻き傷か。もう、というかだいぶ前に治ってる。」


本当?もう痛くないですか?そう見上げるとご主人様は私の頭を撫でた。もう大丈夫、みたい。良かった…。良かった。ご主人様に傷なんて、残ってほしくない。まして私が付けた、傷。そうご主人様の腕にさわさわと触れていると、ご主人様が目を細めた。


「もう触って平気なのか?」


そう言われて、首を傾げた。
鈴が、鳴る。


「前まで、俺が触るのも、お前が俺を触るのも駄目だったろう」


びくびくしなくなった、と言われて、…はっ、こ、断りもなく獣人の私ごときがご主人様に触ってごめんなさいっ、とすぐに腕から手を離そうとしたけど、それよりも早くご主人様の手が私の手を取った。


「いい。このままでいいんだよ。」


私の手を取ったご主人様の手が、指が、私の手に絡まるように指と指の間に、ご主人様の指と指が入ってきた。そして引き寄せるように腰に腕が回る。尻尾が、耳がぴんと張った。


「もっと触れてくれ。」


俺も、お前にもっと触れたいから。

と言われた言葉はあの行為によって泡のように消えた。





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