部屋に甘酸っぱい香りが広がったと思えばご主人様が白い大きな箱を持っていた。ご主人様はソファに座って見るからに上等そうな包装紙を躊躇いなく破って、舌を打った。


「あいつ…、俺が甘いの嫌いなの知ってて送りやがったな…。」


フローリングに散った包装紙をくんくんと嗅げば少し甘酸っぱい香りが移っていた。その幸せな香りにびりびりになった包装紙を集めると、送り主がわかる。神田、ユウ、は、ご主人様の名前だ。そう、ご主人様の名前は神田ユウ、という。だけど私は喋れないからお呼びできないし、ご主人様はご主人様だから、それはそれで終わってしまう。紙と紙を合わせると名前がわかった。
ら、び、


「やっぱり…。こんなに喰うかよ。」


甘酸っぱい香りが強くなった。ご主人様が箱を開けたんだ。それを見ているとご主人様がそんな私に気付いて箱の中身を見せてくれた。白い大きな箱には、赤い宝石がいっぱいいっぱい詰まっていた。


「苺。お前、苺好きか?」


苺!いちご!いちごだ!ショートケーキの上に乗ってるやつだ!前、一口だけ食べたことがある。甘くて酸っぱくて、幸せの味がするやつ!赤い宝石に私が目をきらきらさせていると、ご主人様がぎっしり詰まった苺のパックから苺を一つ取って、私の前に出した。


「ほら。」


とヘタを取って出されたそれに首を傾げる。鈴が小さく鳴った。苺、どうするの?そうご主人様に目で問えばご主人様が笑った。


「遠慮しないで喰え。どうせ俺は喰えない。」


喰え…、てことは、え、食べて、いいの?苺、私食べていいの?ご主人様と苺を交互に見てるとご主人様が「はやくしろ。」と言った。わわ、ころん、と私の手に赤い宝石が転がった。大きい、赤い、香りが強い、苺。もう一度匂いを嗅げば目眩がしそうだった。し、しあわせの香り!そう目の前の苺に感動してるとご主人様が「はやく喰えよ。」と言って手の上の苺を取って私の口に突っ込んだ。(むぎゅっ)


もぐ、

もぐ、

もぐもぐ、ごくん。


「うまいか?」


う…、

う、うまい…ってレベルじゃないですご主人様!!苺!美味しい!幸せの味!前に一口食べた苺よりずっと美味しい!甘くて、甘くて、甘くて、甘い!ちょっとだけ酸っぱい!お、美味しい…!この美味しさ、少しでも逃がしたくなくて飲み込んだ口元を手で抑えたら、ご主人様がまた苺を出してきた。


「まだたくさんある。」


そう苺を私の口に持っていく。食べて、いいのかな。もうもらったよ。苺、もうもらったよ。


「ほら、口開けろ。」


言われるがまま、口を開ければ(あむ。)苺が入る。もぐ、もぐもぐ、ごくん。またご主人様が「ほら」と言った。苺を飲み込んだ口の中に、また苺が入る。幸せの味が次々に広がる。お、美味しい。


「そんな美味いもんか?」


そうご主人様が言って、私は首を力強く縦に振った。美味しい。すごく美味しいですよご主人様。ご主人様も食べてみてください、そうすすめたくても声が出ない。私はまた苺を取り出したご主人様の手に触れて、その手を、苺を、ご主人様の口元に持っていった。ご主人様はそれに少し目を丸くして、私を見つめた。


「喰ってみろ、…か?」


ちりん、鈴が鳴った。
ご主人様は頷いた私の手を取って、苺を持たせた。そして、その、私の手から苺を、はくり、食べた。ご主人様の唇が指に触れて、舌が苺の甘酸っぱさを拭った。その指先から来る甘い甘い蕩けてしまいそうな感覚に耳と尻尾がぴんと張って、ふにゃ、と落ちる。


「…やっぱ甘いな。」


そう言ってご主人様は私の指先をぺろぺろ舐める。あ、やっ、ご、ご主人様っ。ぺろぺろ、ぺろぺろ。指先から指の付け根、手の平、手首、ぺろぺろ、ぺろぺろ。

ぺろぺろ、ぺろぺろ。


「お前も甘いな。」


私は苺じゃないです、ご主人様。




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