0221(3/3)

ラッピングも包装もされていないそれに神田は本当にこれで良かったんだろうか、と地下水道のゴンドラから降りた。何か女用に装飾を付けてやれば良かったが、店を見つけた時間とホームまで戻る時間が時間だった。それに店の店主に何か詮索されるのも嫌だったためごくシンプルな仕上がりになったが、まぁいいだろう。(きっと。)モノはモノでもこんなモノになってしまったが、果たしてナマエが喜んでくれるモノかどうか、自信が無くなってきた。自分なりに、答えを出した結果でもあるのだが。


「ユウ、」

「ナマエ…」


ゴンドラから降りてホーム内へと繋がる階段を登りきってすぐ、ちょうど自分を見付けたように彼女がこちらへとやってきた。


「お帰りなさい、買い物は終わった?」

「あぁ、まぁ…」

「はっきりしない返事ね。一体何を買いに行ってたの?」


くすくすと笑う彼女に何を買いに行ったなんて、本当は気付いているんじゃないかと思ったがナマエの様子にそれは感じられない。出掛ける前の遣り取りといい、今のナマエといい変な違和感はあるが神田はまぁいい、とナマエの手を引っ張った。


「ユウ?ちょっと…。食堂にみんないるよ?私、あっち戻らなきゃだし、ユウも行こう?」

「後だ。」

「もう…、リナに怒られちゃう。」


すぐ戻るって言ったのに、とナマエは言ったが関係ない。リナリーに怒られるなら更に関係ない。リナリーはいつも自分とナマエの邪魔をする。今日だって、この後ナマエを返せば返ってこない確率は非常に高い。その前に、あれを渡してしまいたいし、ナマエを返したくもない。
神田は彼女の手を引っ張るのを途中で繋ぎ直して、自室の扉前で止まった。辺りに誰も居ないのを確認して(この日は食堂が宴会会場になるのはさっき思い出した)、手をほどいた。


「部屋入らないの?」

「…ナマエ、」

「はい…?」


神田の部屋の前に連れてこられたはいいが中に入ろうとしない神田にこてんと首を傾げたナマエに、神田が何やら目をあちこちに泳がせて名を呼んだ。


「色々考えたが…、いらなかったら好きにしろ。」

「…は…?」

「使うのも、使わないのもお前次第だから、」

「ちょ、ちょっと待って、ユウ。一体全体何のことだか…」

「…あ?」

「だから…。何を好きにして、何を使ったり…、何くれるの…?」

「………………」

「……ユウ…?」

「…誕生日」

「…たんじょうび?」

「誕生日なんだろ…、今日…」


ぱちりと、ナマエが大きく瞬きした。
それからまたぱちぱちと瞬きを繰り返した後、ナマエがゆっくりと破顔して、小さな手をおかしそうに口元にあてた。


「ふ、ふふ…、」


小さく肩を震わすナマエに神田は最初どういうことだと顔を顰めたが、ナマエがおかしそうに笑っているのを見て口をへの字に曲げた。


「…おい、どういうことだ。」

「ふふ、ごめ…、そう、だから、ついてくるなって…。そうだったの、ふ…、」

「ナマエ、」


強めに名前を呼べばナマエは口元にあてていた手を待ってと手振りして、すーはーと呼吸を整え、「ごめんね」と笑った。


「誕生日、そうね、誕生日だよ。」

「だから、」

「もうすぐでね。」

「………あ…?」


にっこりと微笑んだナマエに神田はぽかりと口を開けた。


「私とリナリー、実は誕生日が違うのよ。」

「は、」

「日付跨いで生まれたの。だから、20日がリナリーの誕生日で、21日が私の誕生日。」


双子で誕生日が違うなんて、普通わからないよね。と言うナマエに神田は今の今まで感じていた違和感が全て、かちりと音をたてて消し飛んだ。ああ、だから…。だから、ナマエは『リナリーのパーティー』と言って、出掛ける自分にも気を留めないし、何を求めに行ったかも…。


「…明日、なのか…」

「って言ってもあと数時間だけどね。」


情けない舌打ちと溜息が一緒に出てしまう。何だか格好の付かない事をしてしまったようで、隠すように顔を逸らしてもやってしまった後では意味がない。マフラーで口元を隠すも、目元まで隠せなくて隠れ場所がない。そんな神田にナマエは苦笑しながらも、神田の胸に両手を置いて、ゆっくりと額を胸にのせた。


「ありがとうユウ。お祝い、してくれるんだね。」


すり、と額を胸に擦り寄せたナマエに、マフラーからではなく本人からあの香りが香った。甘い、神田の大好きな優しい香り。何となくやってしまった後ではナマエを両手で抱き締めるのが気恥ずかしくて、片手で腰を抱いた。


「悪かった」

「え?」

「誕生日、間違えて」

「そんなこと…。……ユウがお祝いしようとしてくれてる気持ちだけで、すごく嬉しいよ。」


ふわりと笑うナマエは本当に幸せそうな顔をしていて、自分が祝おうとするだけでこんな顔をしてくれるのかと神田は彼女を抱き締め直した。


「ということは、食堂のパーティーは…」

「夜通しだよ。」

「…はぁ、」

「ふふ、ご飯だけもらって部屋で食べるといいよ。」


パーティーなど騒がしい行事は得意ではない。毎回食堂でパーティーなど行われる時は食事はそこから調達しなければならないのでいつものカウンター制ではない。神田はあの五月蝿い会場から食事を持って来なければならないのかとうんざりした感じで言えばナマエが「持ってきてあげるよ」と言ってくれた。
神田が祝ってくれることがそんなに嬉しかったのか、ふわふわと笑っているナマエに神田は渡しそびれない内に、と体を離した。そして自分のポケットからそれを取り出し、「手、出せ」と言って出された小さな手にそれをのせた。ぽとん、と手の中に落とされたそれにナマエは丸い目を更に丸くさせて神田とそれを交互に見比べた。


「えっ…!あ、あの、こ、これ…!!」

「さっき言ったろ…。使う使わないはお前に任せるし、いらなかったら捨てて、」

「す、捨てない!絶対!!絶対、つ、使いますし、あの、私、あ、あの、」


渡されたそれをぎゅううと両手で、祈るように握ってナマエは頬を紅潮させた。渡されたそれに戸惑っているのか、喜んでいるのか。嬉しすぎて戸惑っているように見えるのは、神田の自惚れか。


「…いいの…?もらって……?」

「ただの合鍵だ。」

「でも、これ……。いつでもユウの部屋、入れちゃうよ?」

「入っていいから、渡してんだよ。」


ナマエの手に握られているのは、神田の部屋の合鍵だった。装飾も何もされていない、ただの合鍵。神田の部屋にいつでも入ることができる、ただの合鍵。ナマエは握っていた手を恐る恐る開いて再び鍵を見詰めた。


「本当に、ユウの合鍵?」

「開けてみるか?」


そう扉の前に立たされて、ナマエは小さく深呼吸をして、鍵を両手で握って扉の鍵穴にさした。先が止まらず入っていく鍵はすぐに奥まで入った。その後は両手に神田の手が重なって、がちゃりと鍵と鍵穴が音をたてて鍵が開いた感触が指に残った。


「開いた…。」

「合鍵だからな。」

「ゆ、ゆう…っ」


開いた鍵をまた両手で握ってナマエが神田に振り返った。まるで泣いてしまいそうな程目元を赤くさせているナマエに神田は少し驚く。まさか、合鍵でそこまで、


「ありがとう…!ありがとう、嬉し、すごく、嬉しい…」


勢いよく神田に抱き付いてきたナマエに一瞬言葉を失う。勢いよくと言っても、細くて小さいナマエの体で何をされても神田は何ともないのだが、ぎゅうぎゅうと腰に回った手に、言葉がなくなる。


「大事にする、ずっと、ずっと…!」


抱き付いてくれたナマエを抱き締め直す。
本当に、細くて小さい体は守ってあげたくなる程弱そうで、脆そうで。香る優しい香りは自分のものだけにしたくて。愛しいこの存在を、ずっと閉じ込めたくて。閉じ込める事が出来たらどんなに楽だろうか。だけど、彼女はそんな人間じゃなくて、でも、閉じ込められていて欲しくて。渡した合鍵に、束縛の言葉を隠し込めて渡した。


「そんなに、嬉しいかよ…。」

「嬉しいよ、すごく。」


泣いてしまいそうだ、ナマエが。
額にかかる柔らかい前髪を指先で分けて、白い額に唇を落とした。赤い目元を慰めるように目尻にキスをして、ついでに頬にもキスをした。細い腰を強く抱き寄せて、体を隙間なくくっ付ける。それから落とされた唇はゆっくりと、呼吸を止める程ゆっくりと近付いて、ナマエの唇と合わさった。柔らかい唇に優しく押し返されるように唇を離して、また口付ける。ナマエは神田の服をきゅ、と握って、神田はナマエの頬を手で包んで何度もキスをした。何度も何度も合わさる唇に、その口付けから「おめでとう」と言われている気がしてナマエは何度もその唇を受け止めた。

自分の誕生日まであと数時間だったが、予定よりも早く行われた二人だけのバースデーパーティーは、誰にも知られることもなく甘い口付けの音を残して部屋の中へと消えていった。


0221



「リナリーとナマエにお兄ちゃんからコムビータンMX号のプレゼントッ!!」

(全力でいらない)
(全力でいらない)



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