アスベル・わんこ(2/3)




夜解散する前に、朝起きたら何時にここね。という待ち合わせみたいなものに間に合わず寝坊してしまったのは結局私の方だった。
普段は、待ち合わせ時刻前に各々起きて朝食は一緒にとるのだが、それさえも間に合わなかった私は出発する時パンをくわえて歩いていた。ゲッソリした顔で昨夜のバーの代金を払った後ヒューバートからいい歳して寝坊なんて…とくどくど言われたがまったくもってその通りなので「はい本当に申し訳ありませんでした以後無いよう気を付けます」と頭を下げた。ソフィからは具合悪いの?と心配されるし、教官には大して飲んでもないのに情けないと言われるし、パスカルは千鳥足だったくせにケロッとしてるし、なにより、アスベルは綺麗さっぱり忘れてるし。


「アスベルは…平気?」

「ん?」


何が?って顔をされた。
一応ね、キミの行動にお姉さんは結局ドキドキしてしまって眠りにつくの遅かったんだよ。窓見て空が明るくなってきたのを見て焦ったよ。朝になってしまう!!でも寝よう寝ようと思えばなかなか眠りにつけないもので、でも寝ようとしなければバーでアスベルが私の指舐めたり部屋の前で額にキスされたことを思い出してしまって。いつも可愛いなっ、仔犬みたいだなっ、て思ってたキミがそんなことするからお姉さんギャップというものにやられてしまってだな。


「あー、覚えてないならイイデス。はい。今日も一日頑張りましょー。」

「ああ!」


うわっ、まぶしっ!若さってまぶしい!!私がやる気なく片腕を上げたらアスベルは全力で返してくれた。
でも、ま、これはこれでいいか。覚えてたらアスベルきっと一日中顔真っ赤にして頭下げてただろうし。本音を言うとそれをちょこっと期待してたりしてたんだけど、覚えてないなら覚えてないでいーや。私も綺麗さっぱり指舐められたり額にちゅーされたり、………すっごい甘い声でおやすみ言われたの忘れま…すん。
あれ…でも、私それ以外に何か忘れてないか…?ん………?


「………ま、いっか。」

「どうしたんだ?ナマエ。」

「あ、ううん。なんでもない。」


その内思い出すでしょ。首を傾げたアスベルに大丈夫だよと笑ってみせたらアスベルも「そうか」と笑い返してくれた。にっこり笑ってくれた顔はやっぱり、わんこなんだよねー。



アスベルは頑張りやさんだった。仲間を、友達を、ソフィを、守りたいと常言っている。最初それを聞いた時、正直甘っちょろいというか若いというか、目の前の人を守りたいなんてどれほど難しい事か、まだまだわかってない子供だと思ってた。時には守りたかったソフィに守られたり、守れなかったりしたけれど。でも、それでも守り抜きたいと言ってのける真っ直ぐさ、そして何度倒れても立ち上がって守ろうとする姿勢に、この子の言葉は本物なんだと理解した。だからどんな甘っちょろいく若いセリフだとしても、アスベルがやれるだけやってみればいいよ、難しい時は私が、私達が貴方の信念ごと貴方を守るよと思えるようになった。


「ナマエ」

「あっと、ごめん。」

「いいさ。怪我はないか?」

「ん、大丈夫。ちょっと滑っただけだから。」


今日の足場はあまり良くなかった。目的地の次の街まで結構厳しい岩場を通るんだけど、昨日の夜ここら辺は降っていたようで足場がちょっと悪い。ソフィはひょいひょいと先を進み、パスカルはわざと足場の悪いとこを選んで楽しんでいる。…のを、ヒューバートが追いかけ、教官が足場を選びながらシェリアをリードしてくれている。私はアスベルの後ろをついていく感じだ。アスベルが危ないよと手を伸ばしてくれたところを、言ってるそばから滑りかけてアスベルに手を引かれた。引かれた手に、昨日も思ったけど、アスベル意外と手が大きいのを再確認。やっぱ男の子だし剣士だから大きいんだろうな。


「アスベル、手大きいね。」

「え…、そうかな。自分で計ったことも気にしたことも無かったから。」

「大きいよ。ほら。」


自分の手に目を落としたアスベルの手を取って、私は掌をアスベルの掌とくっ付けた。私の指の先がアスベルの第一関節よりちょっと下にあって、ね、大きいでしょ?と言えばアスベルの頬は少しだけ色付いた。ふふ、可愛いのう。女の子と手を合わせて赤くなるなんて。…って、こらそこ!誰が女の子だよっつった!子でもなくとも女じゃ!


「あ、あ、ああ足場が悪いから、ナマエ、手をつなごう。」

「いいって平気だよ。滑ったらアスベル巻き添いにするから。」

「…それが怖いんじゃないか…。いいから、ほら。」


今度はアスベルに手をとられた。さっきの恥ずかしかったのかな。耳まで赤くなっちゃってかーわいい。って言ったらきっと拗ねちゃうのかなと思ったので黙って手を繋がれた。これだけでこんな反応しちゃって。昨日の夜のこと教えたらきっとすごい驚くんだろうな。タコみたいに真っ赤になってくれそう。いいなー、それも。


「ナマエ、なんか変なこと考えてないか?」

「え?」

「ずっとニヤニヤしてる。」

「えーしてないよ〜。アスベルはほんと若いなーと。」

「……………」

「…アスベル?」


アスベルがむすっと目を細めてこちらを見たのでそれとなく返したらアスベルはぷいっと顔をそらしてしまった。………あ、ありゃりゃ?な、なにかマズイことでも言った?お、おーいアスベルー?って顔を覗こうとしたら、繋いでる手と手が絡まった。


「ア、アスベル?」

「足場がさっきより悪くなってる。しっかり握ってるんだ。」

「え、…あ、うん…」


割と強めに握られた手は指と指の間にアスベルの指が入って、これって、そーゆー繋ぎ方、だよね。え、でも足場が悪いから、しっかり握るためにこう繋いだ、とか。これは、いいのだろうか。だってそれってそーゆー子とするもんでしょ…?で、でもアスベルだし…わんこだし…。うーん、いつもならそんな深く考えなかったんだろうけど、ちょっと昨日のことで感覚がおかしいな、私。次の街でテキトーな男ひっかけて事済ましちゃった方がいいのか…?なんて子供には聞かせられない事を考えていたのが悪かった。そっちに気を取られ、濡れた岩に足を滑らせた時一瞬で頭がヒヤッする。まずいアスベルまで…!


「ッ…!」


しかし訪れるであろう私の災害も、二次災害もどんなに目を強く瞑っても訪れなかった。その代わり訪れたのは、私の体を包む腕と、抱えてくれた広い胸だった。アスベルの肩口に顔がぽふっと当たっていて、アスベルの香りがする。そして次に訪れるのは、昨日聞いた、甘いアスベルの囁きに近い声だった。


「大丈夫か」

「あ……う、うん…。」


その声に体が昨日の事を思い出したかのように火照った。耳からアスベルの声が響いて脳が昨夜の色々をフラッシュバックさせた。どうしよう、どきどきしてきた、わたし。アスベルが抱きとめてくれた腕から衣ずれの音がして、アスベルに抱かれてるということに熱がこもる。手だけじゃない、体も思った以上に大きくて、すっぽりそこに収まってしまった自分が大人げなくどきどきしてしまっている。


「ナマエッ、大丈夫?」

「ソフィ、大丈夫だよ。ちょっと、滑っただけ。」


心配して駆けつけてくれたソフィにそう言ってアスベルの腕から離れた。今少しでも離れておかないと勘違いしてしまいそうだ。酒が飲めるような歳になって一日二日じゃあるまいし、何今更ロマンス小説みたいな展開にときめいてんの私。アスベルに「ありがと」と短く言って距離を取ろうとしたけど、離れた腕は私の腕を掴んで離さなかった。


「ア、アスベル?」

「今日のナマエは寝坊するし、ぼーっとしてるし、何か変だ。」


へ、変なのはアスベルだよーっ!しかも昨日からだよ!なんかやけにべたべたしてくるし、声もなんかいつもと違う感じだし、距離だって、いつも、こんな、近くない!おかしいのはアスベルだ!私じゃない!


「ナマエ、やっぱり具合悪いの?」

「そんなことないよソフィ。私、いつも通りだよ?」

「ううん、ナマエ顔真っ赤。きっと熱あるんだよ。」

「い、いやこれは今あまり取り上げて欲しくない事柄だけど大して熱でも何でもないから!」

「街までもう少しだナマエ、さ。」


な、なんか病人扱いみたいになってない!?全然平気だからね私!パスカルもヒューバートも教官もシェリアも心配そうにこっち見なくていいから!ソフィ!そんな綺麗な目で私を見上げないで!なんでもないんだって!むしろ今、私に手を差し伸べてるわんこっぽいのから離れれば全然問題ないから!むしろ解決だから!だから!


「ナマエ、握るの駄目ならアスベルにおぶってもらう?」

「手でお願いします!!」


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