アスベル・わんこ(1/3)




彼の第一印象は真面目な好青年。少し頭が固過ぎるような感じがしたけど、18歳ならこれから色々学んでいくのだろうと思った。それから皆と旅を続ける内に砕けた雰囲気を見せるようになって、少し抜けている天然さと純粋な素直さが可愛らしいと感じた。真面目で少し抜けてて素直なんて、まるで仔犬。そう、仔犬みたいなの。彼を見てると仔犬を見てる気分になる。
そんな仔犬っぽい可愛い彼から思ってもみない衝撃発言が発せられ、その手にはお酒が握られるのを見て先程「先に寝るねー」とバーのカウンターから千鳥足で部屋へと帰ったパスカルを恨んだ。


「アスベル、大丈夫?今自分が何言ったか理解できる?」

「理解してる、ぞ。俺は、ナマエに触りたいんだ。」


空色の目は傍から見てもぽわぽわしてて何処かを彷徨いながらも私を見詰めていた。そんないつもの守りたい文句のように触りたい言われても意味がわからんのだけど。ああでも、触りたいってきっとそーゆー意味じゃないんだろうなっ。まぁ、この歳になればそれなりの経験だってある私なので触りたいとか言われたら、え?とか思ってしまったけど落ち着け、相手はアスベルじゃ。しかも酔ってるってね。これは衝撃発言なんかではない、ただの酔っぱらい発言だ。


「あーもうパスカルったら。アスベルもだよ。お酒は大人になってから。」

「む。これは酒だったのか?」

「えーえーお酒ですよ。気付かなかったの?」

「ああ。甘くて美味しかった。」


感想なんて聞いてねぇよ!マスターからお水をもらって頭がふらふらしてるアスベルに渡すんだけど手は何処か覚束なくて仕方なく一緒にグラスを握って飲ませた。こんにゃろう、明日教官に言って叱ってもらおうか。…いや駄目だ、あの人も最近いらん茶目っ気を見せるようになってきたからな…。もしかするとアスベルで遊ぶ可能性も無きにしも非ず。今日もソフィに変な知識を植え付けているのかと思うといつかあのブーメランみたいな剣をフリスビーとすり替えてやろうかと思う。


「お水、まだ飲む?」

「大丈夫…いや、やっぱり欲しい。」

「どっちよ。」


一気に水を飲ませれば少しはスッキリだろうと飲ませたけど、アスベルの目はまだぽわぽわしてる。そんなアスベルに苦笑しつつ可愛いと思っていたら、グラスを一緒に握っていた手がぎゅっともう片方のアスベルの手に握られた。


「アスベル…?」

「ナマエの手、握った。」

「あー…うん握ってるね。触られてるよ。」


そう言えば触りたいって言ってたね。女子力高いシェリアみたいにコマ目に手入れしてない少しも女っぽくない手だけど、こんなんでよければ触ればいいよ。なんて占い師に見せるみたいにアスベルの前に手のひらを出せば、グラスを机に置いたアスベルは私の手をぺたぺたと触れてきた。


「何があって私に触りたいなんて言ったんだか。」


お酒のせいで楽しそうにしてるアスベルを見ながら空いてる腕でカウンターに肘をついた。少し渋みがある葡萄酒のような髪の奥に空色の瞳が見える。将来有望間違いなしの整った顔は今にも鼻歌でも歌いそうな程機嫌が良さそうで、ほんと、まるで仔犬みたいだった。


「ナマエが好きだから触りたいんだ。」

「そりゃありがとうございます。」


何言ってるんだ?みたいな目で見られて笑ってしまう。仲間に向けられる言葉でも、アスベルのようなそれなりの若い子に言われると気分はいいものだ。もちろん、シェリアやソフィに言われても嬉しいし、素直じゃないヒューバートが遠まわしに言ってくれても嬉しい。私の掌をむにむにと触るアスベルに思わず、あーそこそこ、それ気持ちいいといいたくなる。ハンドマッサージ、行きたい。ハンドどころか全身行きたい。シェリア程お洒落にこだわってはいないがエステくらいそろそろ行きたいな。落ち付いたらどっか見付けて行こうとアスベルの旋毛を見ながらぼんやりしているとアスベルの手がぺたぺた触るのを止めた。


「ナマエ、なんか違うこと思ってないか?」

「んー?」


でも私の手は離さず、私の手を両手でサンドするようにアスベルは言った。


「俺は、仲間とかそういう意味で好きって言ったんじゃない。」

「………ん?」


聞き直したのはアスベルの言葉だけじゃない。さっきまでむにむにと感触を楽しんでいたアスベルの手が私の掌を親指でゆっくり撫で始めて、間違いなく先程はマッサージか何かみたいな力加減だったのに、今じゃ少しくすぐったいと感じてしまう加減だ。思わず肘をついていたのから顔を上げてアスベルの顔を窺うようにして見た。


「…あんまり、鈍すぎるのも辛いな。」

「……は…、」


今度は私がアスベルに何言ってんだコイツみたいな目をしたのだけど、アスベルはゆったりとした手付きで私の掌をほぐすように撫で続ける。ちょっと…、この子、領主よりマッサージの素質ある。なんて最初はアスベルの言葉を深く考えず黙っていたのだけど、その手つきがどうも、おかしい。


「ちょ、ちょっとアスベル。タイム、タイム。」

「どうして?」

「ど、どうしてって…」


お酒も飲めない子に手を撫でられてちょっと変な気分になってきました、なんて言えるか!多分自分が飲んだお酒のせいもあるんだけど、優しく触れてくるくすぐったいアスベルの手付きにどうも胸がざわついてきてしまった。アスベルの指は私の掌にくるりと円を描いて、そこから抜けるように人差し指の腹を撫でて離れた。ゆったりとした動きに私の人差し指は甘い痺れを感じたみたいにジンとした。


「もう遅いし、寝よう。お酒飲んじゃってるし、朝起きれなかったらシェリア怒るよ?」

「今は、ナマエの話をしてるんだけどな。」

「ア、スベル…!?」


アスベルが私の手を軽く持ち上げたと思ったら撫でられた指先に柔らかいものが触れた。薄くて形のいい唇に目を奪われていたら、その指先にキスと一緒に、な、舐められた…!や、やばい!こいつ酔うとこうなるのか!キス魔?それともペロリスト?いやいやそんなことはどうでもいい!早くコイツも静め(寝かせ)なければ!
私は掴まれてる手を思いっきり引き上げ半分引き摺るようにしてバーから出ていき階段を駆け上がる。マスターには会計は明日の朝必ず!とだけ告げてアスベルを部屋まで連れていき、部屋の前で手を振りほどいた。


「アスベル!寝なさい!おやすみ!」

「………ああ。」


これ以上酔ったこの子といたら私の身が色々ともたない!女だってそれなりに事情があるのですよ!男部屋を指さし、ハウス!!と言えばアスベルはこっくりと頷いた。こ、この酔っぱらいわんこめ!この火照りかけそうになった体は無理矢理寝て忘れることにしよう。どうせ明日のアスベルにこの記憶がなかろうとあろうと無かったことにしてやるのだから。


「じゃあね!ちゃんとお腹冷やさないようにするんだよ!」

「ああ、おやすみナマエ。」


なんか所帯じみた台詞を言って隣の女部屋に逃げ込もうとした。もう寝よう。寝る。こんなわんこなアスベルに変な気分になるなんて悔しい通り越して大人として情けない!そうドアを開けようとしたのだけど。


「ナマエ」


開けようとしたドアにアスベルの手が置かれて、少し目を横にやればアスベルの腕がそこにあった。


「アスベル…?」


まだどうかしたの…?と恐る恐る振り返れば、ドアを押さえていない方の手が私の額に触れて、流れた前髪を横に分けた。そして、


「っ…」

「おやすみ。」


額にキスをされた。
耳元で囁かれたアスベルの声はとても艶っぽくて、私はアスベルが男部屋に戻ったにも関わらずその場を動けず固まってしまった。


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