バイオリズム急降下!(2/3)



バーの定休日。私はフレンをデートに呼び出した。もちろんただ呼び出すだけではない。フレンは騎士だ、休みなんて日を選べるほど暇じゃない。本来なら私がフレンの休日を聞いてそれに予定を合わすところをデートの日を指定してやった。どうだ困るだろう自分の都合しか考えてない女に見えるだろう、そう様子を窺ってみるもフレンはいつも通りだった。おまけに「ナマエの定休日くらい、いつだって空けてみせるよ」なんて言われてしまった。
『フレンが私を嫌いになる作戦』。出鼻を挫かれてしまったが私の作戦はそれだけでは終わらない。今に見てろフレン・シーフォ!


「…律儀に待ってたのね…。ま、それも計算内よ。」


待ち合わせ時間より一時間……後。これくらいは当たり前よね。15分程度の遅刻はあまり効果はないわ。一時間くらいたっぷり待ってもらわないと。せっかくの休日。こちらから日を決め時間を決めたのにこっちが遅刻する。いつもは待ち合わせ5分前に到着するようにしている私の心は律儀に待ち合わせ場所から一時間ずっとそこに立ってるフレンにぎしぎしと悲鳴を上げているが仕方がない。これはフレンのためでもある。私とフレン、どう見てもお似合いじゃないわ。貴方にはもっと相応しい可愛らしい女性が隣にあるべきよ。
私は纏めた髪を耳に掛け、何事も無かったかのようにワンピースの裾を揺らして噴水前に立つフレンの元へと行った。こつこつとゆっくりミュールを鳴らせばその音に気付いたのかフレンが私を見付けた。さあ怒りなさいフレン。待ち合わせ時間に一時間も遅れたのも関わらず歩いて寄ってきた女を!さあ!


「ナマエ…!」


来た!フレンの肩が大きく動いた。フレンは当たり前だけどいつもの甲冑じゃなく小ざっぱりとしたシャツにチノパン。へぇそんな私服持ってたんだ…似合うじゃないと心の中で合格点を出しながらも怒りだしそうなフレンにわくわくした。どんな言葉を浴びせてくれるのかしら。…ってなんか彼の罵声を待ってる変態みたいな言い方になっちゃった。フレンは歩み寄った私に更に歩み寄ってくれて私の両腕を掴む。…うん?


「どうしよう…、何て言えばいいのかな…!すごく、すごく可愛いよ!」

「…は?」

「そのワンピース、初めて見たけどまるでキミのためにあるみたいだ。」

「え、ちょっと、」

「今度、僕から服を贈らせてくれないかな。そしてその服を着て出掛けよう。今度は僕から誘いに行くから。」


どうしよう怒られるどころか喜ばせてかつ服を贈ってくれ、さらに次の約束まで話が行った。どうすればいいの私。私の中の流れでは待ち合わせ時間に遅れた彼女を怒るフレンを期待したのだけど。そうでなくても一時間待っても来ない私に痺れを切らして帰っちゃう、とか。今日はもう帰らせてもらうプンプンとか。色々あるでしょー。遅刻した彼女にすること言うことあるでしょー。遅刻の理由聞いてー。これでもないくらいイラッする内容を考えてきたんだからー。


「フ、フレン、ごめんなさい。あの、私、歩いてたら友達に会っちゃって…話が盛り上がって待ち合わせのことすっかり忘れたの…」

「ははっ、ナマエは意外にうっかりさんなんだね。でも、そんな可愛い姿をしたら誰でも呼び止めたくなっちゃうよ。ちなみに男?女?」

「おんなのこ!」

「うん、良かった。」


聞かれたらユーリだよって言おうとしたけど、言われた瞬間得体の知れない黒い影が彼の背後に見えて思わず女の子と答えた。一瞬ユーリの命の危険を感じたからだ。男と言ったらどうするつもりだったんだ…。それにしても怒らないの、フレン?私あなたとの待ち合わせをすっかり忘れたって言ったのよ。それなのにどうして話がワンピースに行くの?聞こえてなかったの?うっかりでも何でもないよね、最低な女だよ今の流れ。ここで少しでも何か言ってくれないの私の良心がさっきからぎゃあぎゃあと悲鳴を上げて既に呼吸が意識しないと出来ないレベルだよ。


「じゃ、行こっか。この間言ったオススメの店。」


いいえ、駄目よナマエ。挫けるのにはまだ早い。今日はまだ始まったばかり。これが駄目でも用意してきた作戦はまだまだあるんだから。どうにかフレンに嫌われるのよ。


「待って、フレン。」


私はフレンを呼び止めた。フレンが言っていたオススメのお店、そう今日はそこに行くことになっている。フレンがこの間「すっごく美味しかったんだ、ナマエが隣にいればもっと美味しいと思えたよ」と言っていたのを私はちゃんと覚えていた。むしろあんな言葉いわれたら忘れる方が無理だわ。だからこのデートを取り付ける時言ったのだ。以前フレンが言っていたお店に連れて行って欲しいと。当然、昼前…と言っても一時間経ったせいで立派にお昼時だけど…待ち合わせた二人はご飯を取る流れになる。そして今日の私は嫌な女。


「私、今日はやっぱり別のお店にしたいんです。」

「え、でも…」


眉を下げたフレン。これはいい反応!やっと反応らしい反応してくれた!そうだよね!やっぱりそうだよね!貴方のことだからきっとそのお店予約とかしてくれてたんでしょう?彼女がそのお店行きたいって言ったら真面目な貴方は予約をするでしょう、そして予約したのにも関わらず違う店に行きたいという女。黙って私の良心!泣かないで!!これはフレンが抱いている私の謎なイメージを払拭する作戦なの!


「…いいよ、何処のお店?」

「こっちよ。」


困った顔のフレンに満足した私はくるりと踵を返したところで小さくガッツポーズをした。良い感じ。いい感じじゃない。いつもはフレンにリードされっぱなしだけど今日は違うんだから。フレンがもうこんな女の顔見たくもないと腕を突っぱねるくらいの嫌な女を演じるんだから。

私が行きたいとフレンを連れて到着したお店は下町の最近オープンしたばかりの出店式のお店だ。屋台に近いそのお店は店主の趣向で、注文をしたら無造作に置かれてる机と椅子に各自座って食べるという何ともデートにはそぐわないお店。だがしかしこれお昼休憩を取るにはいいんだよねぇ。値段も使い勝手も味も申し分なし。サンドイッチとかホットドッグとかありきたりなメニューがこれまた美味しいのよ。と、まぁ、デートには合わないでしょ。だって恋人同士だったらゆっくり顔を見合せてお話とかしたいもの。ねぇ、フレン。


「ここかい、ナマエ。」

「ええ。」


驚いたような声を出すフレンに私は自身たっぷり満足気に頷く。するとフレンは口元に手の甲を押しあてて黙った。どうかしら、もう耐えられないかしら。そうよね、連れて行きたいお店が下町の軽食屋なんだから。さあ、帰ってもいいのよ。


「今日は…嬉しいことばかりだ…。」

「…はい?」

「僕も、ここにキミを連れていこうと思ってたんだ…。」

「…………は…?」

「店の好みが一緒なんて…、僕達気が合うんだね。」


私が帰りたくなってきた!!
ちょっとそれは計算外よ。貴方のことだからもっとこう、おっ洒落ーなところに連れて行かれると思ってたのに。ああ違うの店主さん。ここがお洒落じゃないとか言いたいわけじゃないの。店主さん自ら手造りの看板とかオススメメニューが書かれてるボードとか屋台のカウンターに置かれてる可愛い小物とかすっごい私大好きなの。だからこのお店がどうとかそういうわけじゃなくて…。私は…フレンが……はあ…。


「そ、そうかしら。たまたまじゃないんですか?」

「たまたまでも嬉しいよ。キミと僕の共通が一つ増えた。」

「あっははー…お腹すいたなー」

「そうだね。何がいい?」


まるで付き合い始めた15歳くらいの子かって思うくらい嬉しそうに笑ったフレンにもう乾いた笑いしか出てこなかった。でもお腹すいたのは事実だ。一時間遅れで待ち合わせ場所に来た私だけど本当に一時間遅れで来たわけではない。フレンが来る前、そう、待ち合わせ時刻より30分前から私はスタンバイしていたのだ。つまり私は一時間半前から出掛ける準備をしてかつフレンを見張っていたの。正直足はくたくただしお腹だって朝ご飯何時間前に食べたと思ってるのよ。もういいわ、店作戦は失敗。それよりも次の作戦のためにも腹ごしらえよ。思ったより肉体的疲れより精神的疲れが大きくて少し休んだだけじゃ治らないけど少し休めるだけでも良しとする。

私達は一緒にホットドッグを注文して席に着いた。もちろん、支払は全てフレン。男に払ってもらうなんて当たり前でしょ、みたいな顔をして注文してやってわ。そんな私に「じゃ、ナマエと一緒にしようかな」と嬉しそうに財布を出したフレンにあまり効果はなかったけど。席には昼休憩の人がちらほらいるだけで混雑している様子はなかった。それは良かった。こんな大口を開けてホットドッグにかじり付いてる姿なんて例え演技でもあまり人様には見られたくない。
どう?フレン・シーフォ。恥じらいもなくホットドッグにかぶり付く彼女の光景は。幻滅でしょう。百年の恋も冷めちゃうでしょう。そう、もっと驚いた顔をしなさい。もっと困った顔をしなさい。もっともじもじしな……え?もじもじ?


「ナマエ。」


机を挟んで座るフレンの指が私の伸びてきた。そして私の口端にちょんとついてしまったケチャップを拭い取って、そのまま口に運んだ。その光景をどういうことなのと見ていた私にフレンが恥ずかしそうに笑った。


「美味しいね、ホットドッグ。」



[*prev] [next#]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -