バイオリズム急降下!(1/3)


今思えばあの時きちんと断れば良かったのだ。だって明らかにいつも飄々としてるユーリが顔を引き攣らせて「紹介したい相手がいるんだ」とか言うんだよ、あのユーリが。あの時少しでも感じた不安要素を信じて帰れば良かった。でなければこんな事にはならなかった。

あの、帝国騎士団のフレン・シーフォとお付き合いをするだなんて。





まず、私という人物を紹介しよう。と言っても紹介される程のすごい人物でも何でもない言えばただの村人Aなのだが、一応帝都下町のバーでアルバイトをしている女だ。帝都には数か月前に越してきたばかりで今だに下町のなんちゃらとかはよくわかっていないけど優しい下町の皆に支えられて何とかうまくやっている。困った時は互いに助け合う、そんな精神の下町は住み心地がいい。たまに巡回に来る甲冑を着た兵を見るのは嫌だけど、人もご飯も美味しいここは私の人生の中でも指折りな土地上位だ。
で、そんなこんな、つまらない私の事なんてどうでもいいんだよ。そう、どうでもいい。私の目の前に立つ、私の頭より一個半ぐらい背の高いフレンを前にしたら。


「あの…」

「ん?何だい?」

「どうして…ここに…?」

「マスターに聞いたら買出しに行ってるって聞いて…。だから市場にいるのかなって。」


小さく首を横に倒して私に笑い掛けるフレンからありったけの花が飛んだ。もちろん現実花は飛んでないのだが、表現だ、花がぽこぽこ咲いて見えたっていう表現。フレンは市場にはそぐわない騎士団の甲冑を纏い、私の手にある荷物を見るとすぐに持ってくれた。動くたびに甲冑ががしゃがしゃ音をたてて、よくいつもそんなもの着てられるわね…と思いつつも買い物に来ている主婦や商人しかいない市場でその格好は目立つからやめて欲しいと思う。


「お仕事は…いいんですか…」

「今、休憩中なんだ。こっそり抜けて来た。」


まるで昼休みに学校を抜けだしてこっそりお菓子を買いに行ってきた子供のようだ。私はそんなフレンに口端をひくひくさせながらも懸命に笑みを浮かべた。頑張った方だ。


「いつもは髪をそんな風にしているのかい?」

「髪?ああ…買出しだけなんで纏めてないですが、うざったいですか?」

「ううん、すごく可愛いと思うよ。いつもと違うナマエが見れて嬉しいよ。」


…ぎゃあ。

出た。フレンの歯の浮くようなセリフ!そんな事言われるなら髪縛ってくれば良かった!可愛いとか嬉しいとかやめてよね!照れる以前に鳥肌なのよ、アンタに言われるのはっ!少しでもいつも通りにしたくて髪をかき集めて横耳に流す。もう何なのこの人。ってこっち見てるし!にこにこしてるし!!休日や買出しの時ぐらい髪おろしていたかったけどもう止めた。休日も買出しも纏めていよう。この人にまたそんな事言われたらたまったもんじゃないわ。


「あの、ここまででいいです。この道一本でバーですし…。」

「この道一本なら最後まで送らせてもらうよ。荷物もあるし。」


いや仕事なんで大丈夫です貴方も仕事あるでしょうし早く戻った方がいいんじゃないですかていうか戻れ今すぐ。持とうとした荷物をひょいと上に上げられてついムッとした顔を見したら「そんな顔も可愛いね」と言われた。死んでくれ。今すぐ豆腐の角に頭をぶつけて死んでくれフレン・シーフォ。



結局買い物を終わらせて市場から抜けた先からバーまで送られてしまった。荷物があるから、という理由でバーまで入っていき、元は下町育ちというフレンにマスターが嬉しそうにしていた。私は楽しそうに私のことをマスターに話しているフレンの背中を押して無理矢理バーから追い出す。そして「今日はありがとうございました、お仕事大変だと思うので無理して顔を出さなくていいですよ。」と言ったのにも関わらず「そうだね、今度は仕事を全部終わらしてから来るよ。一時間でも長くキミといたいからね。」なんて言われてしまってああもうどうしよう、とバーのカウンターで頭を抱えた。


「よっ。ナマエ。」

「ユーリ…」


バーの開店時間から少し落ち着いた時、下町では色々と人気者のユーリが店にやってきた。今日のお客さんはまちまち。大して忙しいってわけじゃないけど暇ってわけでもない。迷わずカウンター席についたユーリを思わず恨めしく睨んでその隣に座る。


「塩梅はどうだぁ?」

「どっかの瘋癲者のおかげで順調です。」

「はっはー……そりゃ悪かったな。」


本当に悪いと思っているのか、形程度に出したグラスの水をユーリは口だけ笑って飲み干した。悪いと思ってるなら今すぐどうにかしてよね、あのフレンを。と言えるのは私とフレンの接点を作ったのがこの男だからである。下町の皆曰くユーリとフレンは幼馴染のような友人のような兄弟のような。つまりは切っても切れぬ縁で結ばれた関係とか。下町に越してユーリと仲良くなるには時間がいらなかった。いつもどっかしらをふらふらして夜にはこのバーにやって来て一杯の酒を飲んで帰るユーリ。歳はまぁ近いし片っ苦しいから敬語とかサン付けで呼ぶのとか勘弁してくれという男を敬遠する方が変な話だ。


「どうして私にあの男を紹介したのよ。」

「紹介してくれって言われたんだよ。」

「だからどうしてそこで紹介すんのよ。」

「俺、あいつに言われたら断れないから。」


…本当かよ。何か絶対弱味みたいなもの握られてて逆らえないとかそんなもんじゃないの?いやでも弱味を握られていようが紹介する相手は選んでくれ。私側としても、フレン側としてもだ。フレンは帝国騎士団に所属する騎士。また階級が上がった、と下町でも噂が絶えないデキる人間だ。そんな人間に私を紹介してどうする。こんなしがない村人Aをだ。


「でも結構上手くやってんだろ?今日も市場でお前等を見たって聞いたぜ。仲良く二人並んで歩いてたって。」

「仲良く二人並んで歩かせられたのよ。買出しで市場に行ってたのを偶然会って荷物持ってあげるって取られたのよ。」


仲良くなんて見間違いだ。私は常にフレンの横に人一人分のスペースを開けて歩いていたし私から会話を吹っ掛けるようなことはしていない。つまり仲良くなんてしていない!…と、まぁ、力強く否定しても無駄だろう。下町奥様の最近の井戸端会議では私とフレンの話題で持ちきりなのだ。どんな小さなことでもどんな間違いでもそれはあることないことくっ付いて下町全体に広がる。下町は祝福モード全開なのである。私とフレンが付き合っていることに。


「ユーリ、ほんとごめん。まじでごめん。気の間違いだった。嘘、あれ嘘。今私フリーとか嘘。私、ユーリのことを愛してるの。だからフレンに謝っといて。」

「馬鹿野郎オメー嘘でもそんな事言うな俺が殺される。」


マスターに一杯のお酒を頼んでそれを一口付けるユーリ。黙ってそれとなくしていれば好青年フレンとは正反対なちょい悪兄さんでかっこよくも見えるユーリだがその足元が震えていたら何とも言えない。この人絶対フレンに逆らえないんだな。ま、でも確かにあのフレンは敵に回したくないタイプ。


「もー!だってユーリ私無理!フレン無理!だって全てが胡散臭い!笑顔も言葉も全部!!」

「声でけぇって…!死にてぇのか…!!つうか友達からならいいって言ったのお前だろ!」

「だって紹介される前はフレンがあんな人だとは知らなかったんだもん!」

「顔良し将来良しの男にどこが不満あるんだよ!」

「性格よ!胡散臭いだって!!笑顔からいかにも黒いオーラが見え隠れしてるんだって!」

「………」


あ、黙った。きっとユーリも同じことフレンに感じてるんだろうな。でも逆らえないから何も言えないだろうな。…苦労してんのね、アンタも。


「…別れたいのなら好きにしろ。ただし俺は絶っっっ対手伝わないからな。自分で言え。」

「自分で駄目だったからアンタに言ってんのよ。」

「は?言ったのか?自分からお前…」

「言ったわよ、とっくの昔にね。『ごめんなさい、やっぱりお付き合いできません。私に貴方は勿体ないわ』って丁ー重ーにね。」

「お前よく生きてたな…。いや、それよりも…で?」

「何がアンタをそこまで怖がらせてるのよ…。…そしたら、『他人の目なんて気にすることはないよ。大事なのは当人の心だ』って。」

「…おう。」

「それからそれとなく付き合えないとは言ってるんだけど……何かかわされるだよね。しかも要らない言葉と一緒に。」

「要らない言葉?」

「『キミが僕のことをそんなに考えてくれていたなんて…嬉しいよ』って…。」

「アウトだな。完全にお前逃げられないぞ。」

「うるさいわね。」


そんなのとっくの前に気付いてるわよ。自分がすっごい愛されてるなんて自惚れたくないけど何か落とし穴がない限りすっごい愛されちゃっているのは事実だ。ちなみにその落とし穴はいつでも受け入れ態勢OKっていうかすぐに欲しいくらいなんだけど今だに来てはくれない。一応ね、付き合い当初は探したよ?落とし穴。だってあのフレンだよ。騎士団のフレン・シーフォだよ。そんな相手と村人Aが交際を始めるなんて何か罠に違いないって思ったけど罠のワの字もない。そしてそんな落とし穴をはらはら待っている内にフレンのあの笑顔や言葉達に今ではその落とし穴を探す方になってしまった。フレンとはやっぱり駄目だ、付き合えない。確かに顔良し将来良し性格も…一途に思ってくれるのは良いことよね…だけど、性格の相性があってないのよ。だって私、あんな台詞まともに言う人なんて怖くて長続きしないよ。もし、あんな言葉を真に受けてそれを信じた後、別れたらどうなるの?それは全て嘘になってしまうでしょ。そんなの、そうだったら要らないわ。


「…仕方がない。これは使いたくは無かったけど…。」

「?何か対策あんのか。」

「まあね。出来れば使いたくなかったけど。」


やんわり断るのもそれとなく断るのもはっきり断るのも駄目ならもう仕方がない。あの人はよく分からないけど私に対して変なイメージや妄想を抱いているに違いない。そうだとしたら猛烈ビンタで目を覚まさせてやらなくちゃ。これは本当、ホントのホントーに使いたくなかったけど…仕方がないわ。


「私から断るのが駄目なら、あっちから断るように仕向けるのよ。」


その名も『フレンが私を嫌いになる作戦』。
開始だ!!


[*prev] [next#]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -