優しさの温度
『メ、ガ…フレア…!!』
力が入らない足をなんとか踏ん張って震える手を前にかざす
皆に魔法が当たらないよう細心の注意を払って最大魔法をモンスターに放った
魔力がもう持たない、それは自身でも痛いほど分かっていた
でも気が付いたら最前線に立って魔法を放っていたのだ
少し前からいくら休んでも魔力が回復しない事は分かっていた。でもそのうち治るだろうと思っていたし皆に相談はしなかった、オルティシエに行かなければならないのに不安要素を増やしたくないし言う事でもないだろうと…でもまさか討伐以来のあったモンスターと同じ場所に危険度が高いと言われているモンスターがいるなんて誰が思っただろうか
他の4人もまさかそんな事は想定しておらず、瀕死を繰り返していた。このままじゃまずいと皆を守る為に私は枯渇していた魔力を無理に引き出して使ってしまったのだ
ヴェスペル湖付近は強いモンスターが多い、一気に倒すしか方法は思い浮かばなかった
敵を一掃すると身体に力が入らず、ガクンっとその場にへたり込むとそれに気が付いたイグニスとプロンプトが駆け寄ってくる
「エメラルドの魔法のお陰で助かった〜ありがとうエメラルド!…あれ、エメラルド…?」
「エメラルド、どうしたんだ」
「大丈夫!?!」
「どこか怪我でもしたのか」
『っ、へー、き…』
「すまない、少し触るぞ」
姿勢を低くして私に合わせてくれる2人。
呼吸を整えようとするが荒くなる一方の私にイグニスは不審に思い自身のグローブを外してそっと私の額に手を当てる
プロンプトは心配そうにその一部始終をイグニスの隣で見ていた
「熱が高い、エメラルド…この熱はいつからだ」
『…へーきだって…ほんと、に…ちょっと寝れば…治るから…』
大丈夫、とイグニスの手を優しく取り自分の額から離すと立ち上がろうと足に力を入れるが思うようにうまく行かずフラフラと身体が揺れる
足元がおぼつかずイグニス達がいる方向とは逆の方向に倒れ込みそうになるといつの間にか誰かに身体を支えられた
誰だ、と相手の顔を見ようとゆっくりとした動作で見上げると珍しく怒ったような、優しいとは言えない彼の顔があった
『の、く…と?』
「バカ、具合悪いなら黙って甘えとけ」
地面につけていたはずの足がふわっと軽くなる
どうやらノクトが横抱きにしてくれているようだった
私を抱えたままノクトはレガリアの方まで歩き出す
きっと困らせて怒ってるんだろうな、なんて考えながら彼の暖かい体温とゆらゆらと揺れる振動が心地よくて、重だるかった瞼をゆっくりと閉じた
モンスター討伐の場所から車で30分、あまり近いとは言えないが幸いにもアルビオンと言う街があり急いで向かうとホテルで部屋を取り高熱で倒れた○○をベッドに寝かせた
イグニスはもう一度エメラルドの額に手を当てると、先程よりも熱くなっている事に気がついたようで少し焦る
「…急いで医者を呼んでこよう、」
「プロンプト、急いで医者探しに行くぞ」
「うん、わかった」
「頼んだぞ、2人とも。ノクト、こっちを手伝ってくれないか」
「…ん」
グラディオとプロンプトは街の何処かにいる医者を探しに外に出る。俺はイグニスに指示をされながらエメラルドを看病する準備を手伝った
簡易キッチンで陶器で出来た桶に冷たい水を入れると眠っているエメラルドの枕元にある台に置き、少し厚手の手拭いを水につけて絞りそっとエメラルドの前髪を避けて額の上に乗せる
苦しそうに呼吸をする彼女を見て起こさないように手の甲で頬に触れた
凄く熱くて、見ていると胸が締め付けられた。
なぜ辛かったなら頼ってくれなかったのだろうか、せめて自分にだけでも、と言う疑問がどうしても拭えなかったのだ
そんな自身の考えを見透かしたのか、少し離れた所で準備をしていたイグニスが話しかけてきた
「…ここの所まともに休まなかったからな、俺たちに心配をかけまいと言わなかったんだろう」
「…そうかもしんねーけどよ、」
「言えない環境を作ってしまった俺達にも非はある」
「でもだからって…!」
ベッドの側にあった椅子に力なく腰掛けるとイグニスが側に来て俺の肩に手を乗せた
「きっと、エメラルドにもエメラルドの考えがあるはずだ。とにかく…今は休ませてやろう」
「…ああ」
暫くすると2人が医者を連れて部屋に戻ってきた
診察の間、イグニスだけが部屋に残り俺達はもう一つの部屋で待機していた。
暫くすると終わったぞ、とイグニスが声を掛けて部屋に入って来た
プロンプトがすかさず病状を確認する
「お医者さんはなんて?」
「…実は、憶測でしか判断出来ないと言われたんだが…可能性としては魔力の過剰な枯渇みたいなんだ」
「…魔力の枯渇?」
「ああ、本来魔法は…ルシス王家しか使うことの出来ないものだ。それをなぜエメラルドが扱えるかは分からないが、先程の医師は昔何度か魔力を持つ者の診察をした事があるらしく、魔力の過剰枯渇をした者を診たそうだ、その時の症状と酷似していると言っていた」
「枯渇しちまった原因は分かるのか?」
「魔力を停止させる力を持つモンスターが稀にいるそうなんだ、ハンターや普通の人ならまず魔力を持っていないから普段なら気が付かないが…俺達が討伐してきた奴らの中にきっと居たとしか思えない」
「普通に戦って、知らない間にそいつから攻撃を受けてた可能性はあるな…」
「それって、どうしたら治るの…?」
「ポーション等のアイテムでは回復しないらしい。唯一の治療は、魔力を持つ者が枯渇している者に魔力を分け与える事で徐々に回復すると言っていた」
「魔力を持つ者って…ノクトしかいないじゃん!」
「ただ、一気に分け与えるのでは駄目なんだ。1日に少しずつ…枯渇している者の魔力に馴染むようにしなければならない」
「簡単にはいかねェって訳か」
「それに…魔力を持つ者にとって長期間の枯渇は、命の危険にも関わるらしい」
「そんな…!」
「だろうな、俺も魔力無くなるとすげー怠くて動けなくなるし」
「魔法が使えるのも、楽だけじゃないんだね…」
「ノクト、魔力の分け与えは少し難しいらしい」
「上手く出来んのか」
「…とりあえずやってみねーとわかんねーだろ」
「俺とノクトはエメラルドの看病に戻る…2人は、王の墓所についての情報を集めて欲しい」
「うん、分かった」
「頼んだぞ、エメラルドの事。戻ったらまた部屋に寄るからよ」
プロンプトとグラディオは外へ、イグニスと俺は4人でいた部屋を後にしエメラルドが眠っている部屋へと移動する
俺は眠っているエメラルドのベッドのそばの椅子に座ると優しくエメラルドの片手を取り両手で手を包み込むと頭の中でイメージし、自身の魔力を少しずつ流し込むようにする。するとほんのりと手元が光に包まれた
「出来そうか?」
「…なんとかな、ただ長時間はつれーかも」
「そうか…、暫くは街で身体を休めよう。今までの分、エメラルドの負担は大きいはずだ」
「…そうだな」
イグニスはエメラルドが起きた時に何か少しでも食べれる物を、とキッチンに戻って行く
俺は、魔力を与えながら苦しそうに眠っている彼女の横顔を見つめていた
「…なんで一人で抱え込むんだよ」
一人で抱え込まないで欲しいと言う願いは届く事もなく、独り言のように呟いて消えていった
頭が重くてだるくて、目を開けるのもしんどく感じた
まだ眠っていたい…でも何故か左手が凄く暖かくて心地よくて、この正体は一体なんだろうと思いゆっくりと瞼を持ち上げようと眠気に逆らう
小綺麗な天井から視線を横にすると少し眠そうにしている顔の、うつらうつらとしているノクトがいた
『の、…と』
「…!、目ぇ覚めたのか」
『…こ、こ』
「ホテルだ、アルビオンって街の」
『み、んなは…?』
「グラディオとプロンプトは情報集め、イグニスはちょっと買い出しだ」
『…そ、か』
眠っていたせいか、熱のせいか声が掠れて上手く出ない。ぼーっとする頭を必死に動かし、辺りを見渡そうとゆっくりと上半身を起こそうとする。空いている手を使いノクトが背中を支えてくれていた
飲めるか、と手渡されたコップの水を一口飲むとカラカラだった喉が潤って行くのが分かった
コップを返し、今だに私の左手を重ねて光っているノクトの手に疑問を持ち話をなげかけた
『…手 何して…?』
「俺の魔力を、今エメラルドに分け与えてる」
『…ぁ、』
「偶々見てくれた医者がエメラルドの症状に似てる状態を見たことがあって分かった。なんでそんな大事な事隠してたんだよ…」
『…ごめん』
「…いつから魔力が回復しなかったんだ?」
『…2週間、くらい…まえ』
「おま、っ…なんでもっと早く言わねぇんだよ」
『…ごめん…迷惑かけて…』
「っそうじゃなくて…!」
『…ごめ…』
「…っ!」
熱のせいで情緒が不安なのか、あるいは皆に申し訳なくてとかノクトが怒っているような気がするからか、段々と悲しくなって来て俯いたままぼろぼろと涙を流してしまう
誰の前でも泣いた事など無かったのに、何かの糸が切れたかのように涙は溢れ出した
早くオルティシエに行くために準備をしているのに、足止めをしてしまうと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいだった
そんな私を見てノクトは動揺して魔力を送る手を一旦止めたが、手は繋がれたままだった
こんな顔を見られたくないからと私は空いている方の腕で目元を隠す
ああ、どうして自分はこんなにも弱いのだろうか
もっと強かったら皆にも迷惑をかけなかったのに、と
考えれば考えるほど涙は止まらなかった
静かな空間に私の嗚咽だけが響き暫く無言が続いたかと思うと、ぐいっといきなり腕を引っ張られて嗚咽と共にぅぇっ、と変な声が出た
気がつくと私は、すっぽりと横からノクトに抱きしめられている形になっていた
「…ごめんな、泣かせるつもりは無かった。」
『…わ、たしが…っ…め、わくかけて…ごめ…っ』
「バカ…誰もお前のこと迷惑だなんて思ってねーよ…そうじゃなくて…なんで言ってくれなかったのかって思うと、なんか…すげーモヤモヤして、」
『っ、ぅ…』
「…お前が、たまに一人で色々考えてんのは分かってた…。時々悲しそうな顔してたし…でも言いたくない事かもしんねーし、無理には聞くつもりなかった」
『…う、ん』
「それとも、俺らじゃそんなに頼りねーのかな、とか色々考えた」
『っ、ちが…う…!』
頼りない、なんて言葉に真っ先に否定をした
いつも助けてくれて…心の支えばかりしてもらっているのに。頼りないなんて思った事は一度も無かった
言えなかった理由は迷惑をかけるだけだからじゃない。でもどうしても本音を言うのが怖くて、誰にもずっと言ったことのなかった言葉を彼に伝えるのが怖かった
でもちゃんと理由を言わないと、きっと彼は私のせいで自分を責めてしまうと思った
嗚咽混じりの声でゆっくりと、恐る恐るノクトに伝わるように話を切り出す
『っ、…こわ、いの…』
「…怖い…?」
『み、なに…っ、使えな、いって…思われ、て…捨てられ、るのが…、こわっ、い…ぅっ…だ、から…頑張らなきゃっ、て…っ』
「…ん、」
『…何よ、りも…みんなが私を、嫌いになって…離れて行っちゃう、のが…怖くて…仕方な、いの、っ!』
ぐしゃぐしゃな感情でなんとか言葉を繋ぐ。初めて打ち明けた本音だった、嫌われるかもしれない。皆が思っている程私はいい子でもなんでもなくて…皆が離れて行ってしまうかもしれない。でもどうしたら良いのか分からなくて、彼に傷ついて欲しくなくて…
彼の肩に顔を預けて恐る恐る腕を彼の背中に回す。
お互いに何も言わない時間が出来るとどんな返事が返ってくるのかと思うと怖くて、身体が自然と強張る
するとノクトは私の背中をとんとん、とあやすように叩き大丈夫だ、と言ってくれているかのようだった
不思議と彼の腕の中は凄く落ち着いて居心地が良くて…そのまま身を委ねていると先に沈黙を破ったのはノクトだった
「…嫌いになんか、なる訳ねぇだろ…」
『…ごめ、…』
「嫌われるとか、嫌われないとか…気にすんのはすげー分かる。でもよ、俺達がもしエメラルドの事迷惑とか…嫌いだと思ってたら、こんなに心配しねーよ」
『…っ、』
「つーか…俺は、俺の周りにいてくれるやつらが使えねーとか、いらねーとか思うようなやつ誰一人いねーから。」
心に開いていたぽっかりとした穴が塞がれて行くような気分になる
いくら皆と楽しく居ても、いつも心のどこかで色々考えていた。
自分はここにいるべきじゃないんじゃないかって
居てはいけないんだろうって
でもノクトは、私に居場所を与えてくれた。
自分は、この人の…この人達の周りにいていいんだって
あんなに孤独だったのに、ノクトの言葉一つ一つに温かさを感じて…彼の言葉に何度救われただろうかと思った
嬉しくて、また瞳から涙が溢れ出す
「真面目すぎんだよエメラルドは…、難しい事考えねーで良いからもっと胸張って自信持ってろ。迷惑とか、そんなん思わねーし…また今日みたいに不安な事とか、嫌な事とかあったら…そん時は俺が全部聞いてやるから」
『…っ…ぅぅ…の、くと…ぉ』
「ほら、もう泣くなって…」
『…うん、分かって…る…っ』
「明日、目ぇ腫れんぞ」
『…の、くと…』
「…どした?」
『っ…ありがと…』
「ん、どーいたしまして」
ノクトの優しい声が耳元で響く
彼はゆっくりと私の頭を撫で始めて
さら、と髪を触る手が少しだけくすぐったい
沢山泣いた上に考え込んでいた想いを伝えられて安心してしまったのかゆっくりと眠気が襲ってくる
お互いに離れる事無く抱き合っていると
ノクトが撫でてくれる手に酷く安心して、微睡の中に意識を委ね瞼を閉じた
暫くエメラルドの頭を撫でていると、すーすーと寝息が聞こえて来る
俺の背中を回っていたエメラルドの手は力なくベッドの落ちていて、肩に埋められている横顔をそっと覗くと少し落ち着いたのか先程よりは柔らかい表情で眠っていた
撫でる手を止め、あどけなく眠っている表情に愛しさが込み上げるとエメラルドの目元に唇を近づけそっと触れた
熱が下がっていない彼女の身体はまだ熱かった
起こさないようゆっくりベッドに身体を横たえると布団をかけ直す
起きた時に額から落ちてしまったタオルを回収し、また濡らして額に乗せると、コンコンとドアをノックされる
どーぞ、と伝えドアが開くと…丁度出かけていたイグニスが戻って来た
「すまない、遅くなった」
「いや、大丈夫だ」
「エメラルドの調子はどうだ?」
「…さっき一回起きて、色々話したわ」
「そうか…次に起きた時に、何か食べられれば良いんだが…」
「…なぁイグニス」
「どうしたノクト」
「…なんか、よくわかんねーけど…俺らが思ってる以上にエメラルドは色んなモン抱え込んでんじゃねーかなって」
「…思っている事を打ち明けるのは簡単なようで難しいからな…。それはノクト、お前も同じだぞ」
「わーってるよ、でも俺には…お前らがいたから」
「…そうだな。今はまだ、エメラルドには時間が必要なのかもしれない。俺達や誰か1人にでもいいから彼女が抱えているものを話せる時がくるといいな」
「…そーだな」
その時は自分がその役割を担えたらいいのに、と
淡い期待を抱いてしまう
自分にだけ話してくれれば良いのにと思ってしまう気持ちは我儘なのだろうか…
今はただ、早く彼女が元気になってくれればいいと願いプロンプトとグラディオが帰ってくるまで眠っているエメラルドの横顔を眺めていた
END
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