君は

「俺、用事があるので先に行っててください。」
「おう。待っとるで、馬場ちゃん。」

 冴島さんを置いて、早足で人目のない道へ向かう。あの子のアパートは確かこの先だった。
 俺には壁の中に入るまで、付き合っていた女がいた。俺はにはとっても釣り合わないくらい綺麗で別世界の女だった。だった、というのはもちろん俺がヤクザだったのもあるが、壁の中に入るからだった。その時はまだ気づいていなかったのだ。彼女がどれだけ苦労してくれていたのか、どれほど自分が彼女のことを好きなのか。

 何度も共に夜を過ごした。裸の肩を掴んで抱きしめる。女ってやっぱいい匂いすんな。

「私、茂樹のことほんとにほんとに大好きだよ。」

 普段から愛の言葉を囁くようなそんな軽い女じゃなかった。長い睫毛がゆっくり動いているみたいだ。俺は心底綺麗だと感じたが、その時はその気持ちをうまく言葉にできねえからうまく誤魔化した。髪に口付けて抱きしめる。なんだか暖かい気持ちになって、幸せが胸から溢れるみてえで、ついそれに気づかないフリをした。

 自分が使っていた箪笥の中に入っているのはどれも知らない服ばかりだ。いや、気づかずに着ていたんだろう。あの頃の俺は本当に鈍感で、ユリに合わせるために必死だった。そんな俺を見て「無理しなくていいよ。」と笑った彼女の気持ちもわからなかった。
 繋いだ手からは温もりが少しだけ伝わっていた。俺の手があったかすぎたんだ。彼女は少し冷え性でそのことを気にしていた気がする。ああどうしよう。あんなに好きだったのに、あんなに覚えていると思ったのに、いざユリのアパートの前までくると記憶が薄れていく気がした。でもあいつにはたくさん迷惑かけた。ごめんな、ごめんな。来る日も来る日も同じ朝を過ごしてユリを想って泣いた。ごめんな。もしもう一度会えるなら「好きだ。結婚しよう。」と言える。本気で愛してるんだ。
 アパートから出てきたユリの姿は変わっていなかった。その様子に少し頬が緩む。しかし、後から出てきた影は俺の喉を詰まらせた。そうだよな、10年近く経ってりゃ彼氏だってできる。それもあんな可愛い子。俺は幸せそうに笑いあい、手を繋ぐ二人のことを見て見ぬ振りして仕事に戻った。


(BGM:繋いだ手から)

***
香坂さまお待たせしました。大変遅くなりました、リクエスト有難うございました〜!
個人的には恋に恋してる馬場ちゃんがかけてたら嬉しいですが、こんなものでよろしかったでしょうか・・・
楽しく書かせて頂きました!リクエス有り難うございます。
イメージ曲はbacknumberの「繋いだ手から」でした。今後とも0120と櫻をよろしくお願い致します。

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