あの森の奥には、悪魔がいる
2012/07/10 03:13







そう聞いて、好奇心の赴くままに来てみたはいいが……まさか本当にいるとは思ってもいなかった。

昼間の蒸し暑さが体に残っているようで、涼しい夜風を浴びにちょっとした散歩で森へ行こうと思い立っただけなんだ。

悪魔なんて、いてもいなくても俺には関係ない。しかし最近じゃあ、何かと悪いことがあれば「悪魔のせい」。物を無くせば悪魔のせい、子どもがコケれば悪魔のせい、雨が降れば悪魔のせい、ついには酒場で酔った男が大暴れした挙げ句、「悪魔がとり憑いたんだ!!」なんて言いやがる。
それでも尚、俺に関係ないことには代わりないんだが……いや、ただの"食あたり"だと言っているのに「悪魔の仕業です!!」と言われた時は流石に、悪魔が憎くなった。

さて、そういうわけで俺の住んでいる街では「あの森の奥には、悪魔がいる。だから絶対に奥へ入ってはいけないよ」と子どもに言い聞かせているらしい。
だが、俺は大人だ。まぁ、いなかったらいなかったでそれまでだ。いたらいたで、どうするつもりもない。


そう思っていたんだが……。


「……お前が、悪魔か?」

真っ直ぐ森の奥へ向かうと、いた。
悪魔が。

「……そういうテメェは……人間、か?」

どうやら会話は出来るらしい。
木の上、この星明かりしかない薄暗い闇の中でもわかる血を凝縮したような二つの瞳がこちらを見ている。

「あぁ。俺は人間だ」

ついでに医者だ。
そう言う俺を、身動ぎもせずにじっと見ている。
暫く黙っていたが、不意にあるものを思い出した。それは白衣の左ポケット、散歩に出る直前になんとなく視界に入った、赤い林檎だった。

ごそごそと手を入れると直ぐに、指がしっとりとした果皮に触れた。この林檎は昼間に助手が買ってきてくれたものだ。食後に美味いと言いながら食べていた気がする。

林檎を取り出し、悪魔に差し出す。

「食うか?」

俺を見ていた視線が、手の上の林檎へ集中する。

林檎一つとは言え、いい加減腕が疲れてきた時。

目の前の悪魔がやっと腰を上げた。かと思うと、トスッと見事に地面に着地してみせた。警戒はしているようだが、ゆっくりと近づいてくる。林檎の側まで近づいてくると漸く悪魔の全容が見えた。
上にいたときは思わなかったが、背が高く、体格も良い。だがよくよく観察すると、体のあちこちに傷があった。治療なんてせずに自然治癒したのであろう古い傷から、まだ血の滲むかすり傷まで。

「……いいのか?」

犬のように匂いをかぐ姿が少しだけ可愛かった。


―――――――


とりあえず手近な木の根に二人で腰かける。
悪魔と医者……なんとも奇妙な組み合わせだ。

「さっきの質問だけどよ」

良い音を響かせながら林檎を咀嚼していた悪魔が言った。

「あー……俺は悪魔、ではねぇ」

……悪魔ではないらしい。
容姿だけで勝手に悪魔と判断していた……言っては悪いが、ここまで悪魔っぽいヤツもそうそういないだろう。

「じゃあ何者なんだ?お前」

まさか普通の人間でもあるまい。そう思って再び問う。

「ドラゴン?」

「……わからねぇのか?」

「んー…ドラゴンなんだけど、人間?」

意味がわからない。
しかも本人もよくわかっていないらしいので、余計にわからない。

「とにかく……普通の人間ではねぇんだな?」

「おう。人間じゃねぇ。あと俺、キッド」

林檎ありがと。
そう言って人懐っこい笑顔で笑った彼、キッド。

「どういたしまして。俺はローだ。トラファルガー・ロー」

結局何者かはよくわからないが、これで一通り自己紹介は終わった。
後はどうしようか。実は長居するにはこの場所は少し寒かったりする。この時期でも夜は冷える油断して薄着で来てしまった。
だが、このままキッドと別れてしまうのも惜しい気がした。彼に、興味が湧いた。

「なぁキッド」

「ん?」

「ソレ、治療してやろうか?」

血の滲んだ傷を指差して言う。

「ほっときゃ治る」

「あのなぁ、菌が入って腐ってもしらねぇぞ?」

「……」

想像したのだろうか。眉間の皺が更に深くなる。
思わず吹き出すと拗ねた目線を寄越した。

「さて、行くか」

体は思ったより冷えていたらしく、立ち上がって伸びをすると、固まった関節がミシミシと唸る感覚がした。

「ロー」

名前を呼ばれてキッドを見ると、地面にしゃがみこんで自分の背中を指差していた。

「……乗れってか」

「その方が早ェ」

「重いぞ?」

「テメェ1人くらい乗せて飛べる」

一応渋ってはみたが、抑えきれない好奇心が「よろしく」と言った。

「失礼するぜ?」

一言断ってキッドの白い肩に手をかけた。

そして、肩に手をかけて驚いた。

「冷てぇ!!」

「そりゃ元はドラゴンだからな」

なんだそれは……。
赤い見た目とは反して、キッドの体はひんやりとしていた。
……というより、そもそもドラゴンは爬虫類なのだろうか。

そう思いつつ、俺より一回りは大きいキッドの背中に股がる。俺が乗った事を確かめると「おし!!飛ぶぞ!!」と威勢の良い声がした。


そして、キッドが地面を強く蹴った。

追記

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