彼女─3

「君はどこから来たんだい?」

 ほどよく耳に馴染む声。それが通り過ぎて行くのを惜しいと思う自分がいた。

 決して受け入れざる相手なのに。

 常日頃から恐怖の対象であると教え込まれた相手である。恐ろしいと思うことには慣れていた。だがその声を再び聞いてみたいと思うことには慣れていない。

 なぜだろう。首を傾げたかったが、動くことも許されない気がした。それが自身が放つ緊張によるものだとは、彼女は気付かなかった。

 もう一度だけ、と思わず口を開く。そう思った自分に驚き、口をつぐんだ。

 頭の中であの声が消えようとしている。必死になってその声を再形成しようとするも、たった一度聞いた声は風のように過ぎ去っていった。

 足に触れる笹が彼女を急かす。早く言わねばならないよ、早く言わねば消えてしまうよ。

 男は視線を落とし、立ち去ろうかと思索中だろうか。

──行かないで。

 まだ待って。まだ行かないで。もう一度だけその声を聞きたいの。

 未だかつてない衝動にかられ、彼女は足を踏み出す。がさりと踏んだ笹の音が異様に大きく響いた。男が驚いたように顔をあげる。

──あなたなら、きっと。

 言葉を忘れかけていた口は渇き、彼女は唾を飲む。

 足元でそよぐ笹、風になびく木々、草花の香りが彼女の背中を押した。応援のようでもあり、決して踏み入ってはならない所へ入ろうとする彼女への、警告のようでもある。

 どちらでもいい。こんな衝動は今まで抱いたことがない。これは大切なものだという自覚がある。

 男に視線をひた、と合わせた。震える喉に手を添え、大きく息を吸い込む。

「……あなたは、村の人?」

 彼には、どんな声に聞こえたのだろうか。

 ふと気になった。

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