王馬の嫉妬を狙って最原をかまう
リクエスト:余裕のない王馬(嫉妬)
「最原!私を大人の女にして!!」
僕は飲んでいたお茶を盛大に噴き出した。
「一体なんの話……!?そういうのは王馬君に頼みなよ!!」
ハンカチで拭きながら、必死に動揺を取り繕う。
そうなのだ。ここまで驚いたのは、みょうじさんが王馬君の彼女だということが大きい。こんなところを彼に見られたらどうなることだろう。忙しなく周囲を見渡すけれど、幸い食堂に王馬君の姿はなかった。
「王馬じゃダメなの」
「聞くだけ聞くけど……どういうこと?」
みょうじさんはふてくされた様子で事情を説明し始める。どうやら王馬君が百田君に、「大人の色気がある人と付き合ってみたい」と打ち明ける場面を目撃してしまったらしい。しかもその際、「東条さんみたいな」と具体的な名前があがったことで、彼女はひどく傷ついたという。
「色気ってどう出すの?男の目線から教えてほしい」
真剣なまなざしに、どうせ王馬君の嘘じゃないのとは言えなくなっていた。彼女はすぐに冗談を真に受けるから、いつも王馬君に振り回されていた。よく付き合えるなとひそかに尊敬していたのだけれど、ここまできたら別れた方が彼女のためなのではないかとすら思えてくる。
「……そんなこと言われたって僕も分からないけどさ……。例えば普段、王馬君とはどういう風に話してるの?」
「え?」
「会話の内容とか」
「そんなの、最原もだいたい知ってるでしょ。見ての通りだよ」
つまり、二人の時に特別な甘い会話はないらしい。
「じゃあデートとかは?どこ行くの?」
「この前はゴジラの映画見たよ!あ、昨日は押し相撲した」
小学生だ……。正直な感想はぐっと飲み込んで、頭を抱える。確かにみょうじさんは大人の色気とは程遠いかもしれない。だけど僕は、そんな彼女が王馬君にはぴったりだと思うのに。
「最原お願い。私とデートして」
「ええ!?」
素っ頓狂な声をあげてしまった僕を気にせず、正面にいた彼女がテーブルを回りこんでくる。僕の隣に座ると、両手を掴んで握り締める。
「私たちのデートだめなんでしょ?練習して、色っぽくなって、王馬に泡吹かせてやりたいんだよね!」
「泡吹かせたいんだ……」
「こんなの他の人に相談できないもん。百田は口が軽いし、キーボはロボットだし、星君とかゴン太君にこんな恥ずかしいこと言えないし……」
「真宮寺君は……」
「無理!怖い!」
すっぱり切り捨てた彼女の気持ちも分からなくはない。必死に頭を下げられると、断りづらかった。しかし、王馬君のその発言が本心かどうかは別として、みょうじさんを大切にしていないようには思えない。例えこちらにその気がなくても、デートしているところを見られた日には、僕が恨まれるんじゃ……。
「なんの話?」
「う……うわあああ!」
いつの間にか王馬君がいた。手を握る僕らの横に立って、頭の後ろで手を組んでいる。表情も声のトーンも普段通りではあったけれど、妙な威圧を感じて素早く彼女の手を振り払った。
「王馬君、これは……」
「私、今週末に最原とデートするから」
まだ行くって言ってないのに!
動揺する僕を気にせず、彼女はますます距離を詰めてきた。恐らく彼への当てつけで、僕の腕へとしがみつく。柔らかい何かが押し付けられるのを感じて、思わずうつむいた。なんだ、全然子供っぽくないじゃん……って僕はなにを考えてるんだ!!
「だから王馬と約束してたババ抜き大会はナシで……」
「そっかー、残念だね。どこ行くの?」
二人だけでババ抜きするの?なんて思っていたら、煽るようにつづけたみょうじさんの言葉を、王馬君がさえぎった。その様子はいつもとまったく変わらず、露骨に暗い顔をした彼女に、こっちがハラハラする。
「……ラブアパートに行く」
多分彼女は王馬君に嫉妬して欲しかったのだろう。そうは分かっても、何の相談もなしに吐き出された言葉に、僕は仰天した。さすがの王馬君も真顔になった。
「へー、そっか。何しに行くの?プロレスとか?」
「そんなお子様みたいなことするのは、王馬だけだよ」
「へー。ふーん、へえー」
やばいよ、みょうじさん。もう王馬君の目、笑ってないって!相づちも変だし!
腕を揺さぶり、彼女に発言の撤回を促すけれど、うつむいているせいでアイコンタクトもとれない。それどころか無駄に動いたせいで、彼女の胸の感触を味わってしまった。煩悩を振り払おうと必死になっている内に、だらだらと汗が流れ落ちた。
「だから、今は最原と話してるから、王馬はどっかいって――」
「じゃあ二人はラブアパートで、××するんだね?」
時間が止まる。さすがに顔を上げたみょうじさんが、困惑した顔で王馬君を見つめていた。
「な、なにそれ」
「違うの?じゃあ☆☆とか?それとも◯◯かなぁ。あ、最原ちゃんって△△プレイとか好きそうだよね!」
「は……?」
だんだんマニアックになる発言に、彼女はすっかり混乱していた。もしかしたら聞き馴染みのない単語だったのかもしれない。助けを求めるような視線を向けられるけど、僕はもう何も言えない。ただ首を横へ振って、自らの潔白を主張していると、彼女は何を思ったのか、ますます僕にしがみついた。
「そうだよ!!私だってそれぐらいできるよ!!大人だもん!!」
いやそれただのビッチだよ……!
「私は王馬に合わせてあげてただけだし。押し相撲なんて、全然楽しくなかったし……。だから最原と大人の付き合いするのわかったらもうほっといてよ!王馬は東条さんのとこにでもいけば――」
「なーんだ、みょうじちゃんって、そんなに大人だったんだね!」
あっけらかんと言ってのけた王馬君に、彼女が怯んで言葉を止めた。
「そっかそっか。オレ、てっきりみょうじちゃんはピュアで何もわかってないんだと思ってたよ。だから気づかって大切に丁重に、それはもう蝶よ花よと扱ってきたけどさ、無駄だったんだね!ごめんね!」
「え、そ、そんなことも……なくない?」
押され始めた彼女はすっかり素に戻っていた。怯えた様子で僕にすがりつこうとしたら、王馬君がその腕を掴んで引きはがす。
「じゃあもう、我慢しなくていいよね」
珍しく低い声に鳥肌が立った。僕でそうだったのだから、それを向けられた彼女の方が恐ろしかっただろう。反射で振り払おうとしたらしい手を、ますます強く握りこまれていた。王馬君はいつの間にか、笑顔を消していた。
「最原ちゃん」
「えっ、う、うん!」
「最原ちゃんも、あんまりこの子のいうこと真に受けないでね。オレのものだから」
「う、受けてないよ」
王馬君はこちらに冷めた目を向けた。けれどすぐににかっと笑って「だよね〜!ごめんね!じゃ、オレたち行くから!」と明るく言った。
まだ抵抗している彼女を連れて、王馬君は食堂を出ていった。僕はみょうじさんの今後を想像し、心の底から同情した。
170126
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